Back to toppage このページでは彫刻家・田中等および宮崎の彫刻に関する最新情報をお届けします。 過去の日記 2026 1-2 3-4 5-6 7-8 9-10 11-12 2025 1-2 3-4 5-6 7-8 9-10 11-12 2024 1-2 3-4 5-6 7-8 9-10 11-12 2023 1-2 3-4 5-6 7-8 9-10 11-12 2022 1-2 3-4 5-6 7-8 9-10 11-12 |
| 2026 | 2月3日(火) ☆快晴。 陽射しが強かったが、空気はとても冷たい一日。 夕刻からはしんしんと冷え込む。 ☆三兄が進めている叔母13回忌に合わせた叔母追悼集の校正作業を、昨日から取り掛かっていた。 午後までにはなんとかまとめ上げて、三兄に送る。 ☆午後は妻の絵画教室作品展のキャプションを作成。 ☆搬入した作品が破損していたコンペの事務局から、プラスチック梱包枠の写真が送られて来た。 しかしどこにも大きな外圧による損傷はなかった。 つまり輸送中に落下等の激しいアクションがかかったことによる破損であり、これは発送側の梱包不十分という処理になる。 昨年の空港展ではこれまでになかった数の破損事故が生じていた(ただし今回の私の作品のような大きな破損では無かった)ので、今年の空港展では、 作家の皆さんへの搬入案内時に充分な対策を講じるように伝える必要がある。 その旨を、空港展運営関係者へラインで伝える。 ☆夕刻は短歌の作業。 ☆今日は節分。 こんな時節に、昨夜は「福の神」の”仙台四郎”の夢を見続けたなんて、あまりにも出来過ぎている。 2月2日(月) ☆快晴。 今夜はスノームーン。 ☆今朝の宮日文芸に、なんと4週連続で掲載。 しかも今年3度目の特選! 選者は吉川宏志氏。 やはりこの歌も吉川氏には評価してもらえるのではと思っていた歌である。 重心の低く流るるちぎれ雲尾鈴山越え雪となりたり この歌は正月に日向市へ年始と墓参に行った時に、途中から雪雲が出て墓地で霙になったことを詠った歌である。 特異な表情の雪雲の表現に、何度も推敲を重ねた苦心の歌である。 ☆花見の屋形船は、息子たちと妻の友人の関係者の追加参加があり、7名での参加となった。 夕刻までには無事に料金も振り込んだ。 楽しい花見の船旅となりそうだ。 ☆そういう気分上々の午後に、とんでもない地獄落ちの情報が届いた。 某国内コンペへ送った作品が破損していた。 こんなことは初めてである。 何時もは保険を掛けていたが、これまでに殆ど作品が破損する事故は起きて来なかったので、近年は保険は掛けないようになった。 宅急便の事務所に話を伺いに行くと、プラスチックでの梱包枠での荷破損事故は補償の対象外だと言うことである。 ただプラスチック梱包枠が大きく損傷していた場合は運送側の取り扱いが原因になるので、補償の対象になるということである。 それで事務局に梱包の破損状態の写真を送ってもらうことにした。 また破損した作品は審査対象にならないのかと思ったが、破損しても審査の対象にはなるということであった。 ただ近年はこうした作品の破損事故が多い。 昨年の空港展でも複数の作品が破損していた。 どうにも荷物の扱い方が雑になっている気がする。 ☆昨夜は一晩中、「仙台四郎」の夢を見ていた。 私が岩手シンポジウムに行った時に、岩手町のお菓子屋さんに汚らしい格好の知恵遅れのような男の写真が飾ってあった。 なぜこんな写真が?と尋ねると、彼は宮城県の仙台に江戸末期から明治時代に実在した人で、会話もできない知的障碍者であったが、彼が立ち寄った店は 必ず繁盛し、笑顔を絶やさず多くの人たちから愛され、商売繁盛の「福の神」としてあがめられたという。 そして大正時代になって、写真館が「四郎の写真を飾れば商売繁盛のご利益がある」と宣伝し、写真の販売を始めたという。 景気が悪い時代には、たびたび四郎のブームが起き、商売繁盛の神様としてグッズを購入してご利益を得るという信仰へと変化していったという。 現在でも、仙台市内の多くの商店には商売繁盛の神様として仙台四郎の置物や色紙、写真が飾られているということで、岩手町の商店主もあやかって お店に「仙台四郎」の写真を飾っておられたのである。 なぜ今になって「仙台四郎」の夢を見たのだろうか。 しかも何度目が覚めても、ずっと朝まで「仙台四郎」の夢を見ていた。 「仙台四郎」が私に会いに来てくれたのだろうか? 2月1日(日) ☆快晴。 夜中はヒーターが暑くて、毛布を外して寝る。 日中もとても暖かく、リビングの暖房は不要だった。 そして今夜は月齢13,3の月がゆらめく。 ☆午前と午後に、バグダッド・マケットの金箔貼り作業。 凹凸の激しい部分がなかなか納まらない。 ☆午後は妻の絵画教室作品展フライヤーの最終修正。 フライヤーに子どもたちの写真を載せるので、親御さんたちの了承を取って最終確定をする。 ☆昨年11月末に、エジプトから帰国してそのまま直行した屋形船がとても良かったので、妻が次は春の花見に行きたいという。 それで3月末の日程で、とりあえずホテル込みの航空券を手配してあった。 そして屋形船の3月運行の予約が今日解禁だったので、朝一に妻の大学同窓友人達たちのスケジュールを確認して、ネットで予約をした。 午後に屋形船から連絡があり、無事に仮予約が出来た。 今のところ私達夫妻と妻の友人2人との4名での参加であるが、息子達にも声は掛けてある。 ☆10月に注文して代金も振り込んでいた版画用の手漉き和紙がようやく今日になって届いた。 前回も長いこと届かなかったのだが、先方の説明だとネットで注文されて振り込まれたら、どういう種類の紙を注文されたのかわからない。 それで紙が届いてから支払いをしてくださいということである。 だがネット注文では、支払い手続きを済ませないと注文が確定しない。 どうやらウエブサイトは外注らしく、国際取引きスタイルのおしゃれなサイトで、代金支払いも経験のないスタイルの支払い方法である。 だが製紙工場の方たちは伝統和紙の職人さんたちなので、ウェブサイトを使いこなせていないようだ。 次からはネットからでは無く、文書で注文して、梱包に同封された請求書で振り込むようにしよう。 ☆バグダッドから、シンポジウム会場の整備の様子の画像が届いた。 ☆エジプトはオルガナイザーが最終支払期限を2月14日に設定したので、作家たちはそれまで支払いを待ち、約束が履行されなかったら、それ以降は各作家の 個人的な判断で対応するという合意を取った。 それでしばらくはWhatsAppでのメッセージがストップして静かになっていた。 しかし昨夜からまた騒々しくなって来て、オルガナイザーの悪口をわめきたて始めた。 それで私は交渉役の立場として、皆で合意したことを守って欲しいと伝える。 最終履行期限を設定しているのだから、またオルガナイザーへの罵詈雑言をWhatsAppのなかでぶつけ合っても何もならない。 1月31日(土) ☆午前は曇天。 午後からは雲が切れて来る。 今朝も夜中はヒーターが暑く、日中も曇天ながら気温の冷え込みはなし。 ☆午前はバグダッド・マケットの金箔貼り作業の続き。 凹凸の激しい部分への貼り込みがなかなかスムーズに進まない。 ☆午後は短歌の作業。 もう一日一首が滞って来ている。 ようやく先日の温泉の歌を詠む。 ☆夕食時に美味しいワインをたらふく呑んでいたら、経験のない頭部の鈍痛感が生じてきて、不安になる。 私は脳梗塞等の脳疾患の経験が全くないので、不安に駆られる。 念のために早々に床に就く。 もうこの年齢になると、高血圧と痛風以外には何の病状も無い私のような存在は、同窓生の中では稀な方である。 1月30日(金) ☆快晴。 風もなく暖かい一日。 午後半ばからは少し雲が出る。 ☆午後に来訪者あり。 近況を語る。 ☆夕刻にアンジェラスの森へ上がる。 都城のオブジェの台座が手持ちの石で対応できるかどうかのチェック。 アンジェラスの森へ上がったのは年が明けてからは初めてだが、作業場に車が侵入した跡があった。 何をしたのかは分からないが、侵入口の作業台座が動かされ、作業場に侵入した轍がくっきりと残っていた。 リフトのエンジンを掛けた状態で石を捜す。 なんとか図面の近似値の石が確保出来た。 ☆帰宅して、オブジェの本体分の大理石を石販店に発注する。 来月2日から中国は春節で長い休みになる。 ☆夜になって、ようやくバグダッドから近況報告が届いた。 イランとの関連が気になっていたが、それは問題なく、準備は順当に進んでいるようだ。 ただし輸入の石の全ての到着が遅れているということで、シンポジウム開始が4日ほど送れそうだと言うこと。 会期については全く問題ない。 ビザの発行手続きが完了次第、チケットの購入に取り掛かると言うこと。 1月29日(木) ☆快晴。 ☆朝食前に大浴場の露天風呂に這入る。 露天風呂からも錦江湾、桜島、開聞岳が見渡せる。 正月の宮崎観光ホテルの露天風呂も快晴で、爽快だった。 1月に2回も露天風呂に這入れて、幸せな年の初めとなった。 ☆朝食を摂って、10時前にチェックアウト。 観光シーズンには予約が取れないので、今年の大晦日の宿泊をキャンセル待ちで予約する。 ☆ホテルを出て、霧島神宮に参拝する。 霧島神宮には40年近く前に参拝している。 当時、高千穂町から木花咲耶姫のブロンズ像を依頼されていて、毎日のようにイメージ作りのために資料を漁っていた。 或る日の夢に、高鍋町の舞鶴公園に在る高鍋城の住居跡の俯瞰画像みたいな画像が出て来た。 ところが後日に宮崎県立図書館で古事記関係の本をめくっていたら、夢で見た画像と全く同じ写真が掲載されていて驚いた。 その写真は霧島神宮の古宮址と説明されていた。 古宮とは、当初の霧島神宮で、霧島山の噴火で焼失したものであった。 さらに霧島神宮の祭神を調べたら、なんと木花咲耶姫のお父さんである大山祇神であり、木花咲耶姫も夫である瓊瓊杵尊とともに相殿神として祀られていることが解った。 それで霧島神宮の古宮址へ行けば何かインスピレーションを得られるかもしれないと思い、妻、母、姪っ子たちと一緒に参拝に来たのである。 残念ながら、元宮址ではなんのインスピレーションも得られなかったが、霧島神宮を出た直後の下り坂で車のブレーキが全く効かなくなった。 その恐怖の中で、私は大山祇神と木花咲耶姫の魂の存在を強く感じたのであった。 ☆霧島神宮を出てからは、九州自動車道には乗らず、ひたすら地道を走って帰路に就いた。 九州自動車道は宮崎市経由になって走る距離が倍近くになり、時間的には地道を走る時間とほぼ変わらない。 ☆途中、買い物で佐土原町に立ち寄って帰る。 ずっと快晴で、最高に気持ちよい旅であった。 ☆帰宅して某国内コンペの作品の梱包をして、宅急便で送る。 夕刻までに、短歌を推敲して宮日文芸へ3首を投稿する。 霧島温泉での歌は後日に詠もう。 1月28日(水) ☆快晴。 とても気持ちの好い上天気の一日。 ☆午前に妻と都城市へ。 10時半にオブジェの依頼先に着く。 昨夜にまとめたプランも快く受諾していただき、設置場所の打合せもスムーズに進む。 ☆その足で”道の駅”に立ち寄って、軽い昼食を摂り、次に都城美術館へ。 都城美術館では企画展を見て、併催中のグループ展で妻と私の共通の友人たちに遭う。 ☆都城美術館からはそのまま霧島へ向かう。 道中の昔ながらの田舎の風景に感激しながら、霧島温泉へ。 2時半に予約を入れていた”旅行人山荘”に着き、チェックイン。 妻は何度か訪れているのだが、私は初めてであった。 これまで何度か予約を試みたがいつも満室で、ようやくチェックイン出来た。 ☆チェックインして、直ぐに妻と貸し切り露天風呂へ。 妻はこの露天風呂で野生の鹿に遭遇したことがあるのだそうだが、今日はまだ明るかったからか、鹿は出て来なかった。 ☆小休止して、5時半から夕食。 夕食会場が錦江湾と櫻島を眺めることの出来る環境だったので、暗くなっては台無しなので、夕食開始時間早々に夕食時間を設定してもらった。 案の定、私たち夫婦だけの貸し切り空間で、夕焼けの錦江湾と櫻島を堪能することが出来た。 ☆私は初めての”旅行人山荘”だったが、館内に”丸尾旅館温泉”という表示がある。 気になって調べてみると、この”旅行人山荘”の前身はなんと私が小学6年の修学旅行で泊まった、忘れもしない”丸尾温泉旅館”だった。 1月27日(火) ☆快晴。 昨夜はヒーターが暑かった。 日中も気温が高い。 ☆エジプトの報酬支払が最悪の事態になった。 夜中に届いていたオルガナイザーからの連絡で、私への支払いは近いうちに全て上手くいく、そしてほかの作家たちへの支払いも彼を貶めようとしている 作家を除いて支払われる、言って来た。 それで私は彼のメッセージをコピーし、オルガナイザーをネットで批判すれば私たちは永遠に報酬を受け取ることはできないだろうと作家たちに伝えた。 折り返し、彼らから合意の返事が届き、明日が期限のネット公開は中止となった。 ☆そこで私は鹿児島のウエスタンユニオンの取扱店に電話を入れた。 だが事態は最悪のものとなった。 今の世界の金融情勢によるマネーロンダリング対策で、国際間のビジネス取引送金は扱わない傾向になっていて、ウエスタンユニオンでもビジネス関係の送金取り扱いは 全てが禁止されていて、私は報酬の受け取りは出来ないと言う。 たといエジプト側が他の名目で送金しても、ウエスタンユニオンの内部調査でほぼ取り扱いを拒否されるし、ブラックリストに登録されてしまうと言う。 考えられるのは銀行口座への振込しかないという。 だが、オルガナイザーは銀行振り込みはできない、と昨日の連絡で言って来た。 と言うことは、私は報酬の受け取りが出来ない、ということである。 ☆オルガナイザーにその旨を伝えた。 銀行口座振込しか送金できない旨も伝えた。 ところが今日は2人の作家へ銀行口座への振込手続きをしたが、エジプトは一親等の親戚(息子、父親、兄弟)以外には銀行口座経由で送金できず、 送金を拒否されたと言う。 それでは私は完全に報酬を受け取る術がないではないか。 他に何か可能性のある方法を捜すように依頼する。 ☆折り返し、知人にお金を渡し、エジプト以外の国から送金すればどこの国にでも送金できると返事してきた。 エジプト国内では対応の仕様がないので、もうそれしか無い方法はない、迅速に対応してもらうようにお願いした。 しかし、これも私一人のために国外に人を遣るなんてことはできないから、何時になるか全く不透明であろう。 ☆作家たちからは、ネット公開を取りやめた代わりに支払い最終日を明示してくれという返事が届いた。 オルガナイザーは2月14日まで全ての支払いを完了すると伝えて来て、作家たちも同意した。 だが2月14日の最終日が守られなかったら、もう全体の意志統一は無視して、作家個人での対応をするという作家たちからの反応であった。 そう成るだろう。 作家代表としての私の権限もそこまでだ。 作家が個人的な怒りでどう対応しようが、もう私には制限はかけられない。 ☆そうしたエジプト報酬支払のやり取りをしながら、都城のオブジェのプランを考える。 明日が発注先でのプラン打合せなのだが、まったくプランが纏まらない。 ようやく夜になってプランをまとめ、図面を引く。 細かい打合せは、明日の現場打合せで進めよう。 1月26日(月) ☆晴れ。 朝のうちは雲が一面に拡がっていたが、直きに快晴となる。 日中は風も無く、陽射しの強い穏やかな気候。 ☆今朝の宮日文芸に、またも伊藤先生と吉川宏志氏の選で掲載された。 先週の2週連続特選も驚きだったが、まさか3週連続で掲載されるとは思ってもみなかった。 満月に至れる月が電線の狭間に光る新年の宵 この歌は、正月2日の高校同窓新年会の帰路にホロ酔いで見上げた月を詠ったものである。 私の抒情的な感性の歌は吉川氏から共感していただくことが多いので、吉川氏には選んでもらえるかなという望みのあった歌である。 ☆一日、都城のオブジェのプランを考える。 なかなか先に進まないが、この産みの苦しみこそが人間の創作である。 AIはたんなるデータの寄せ集めなので、人間の創造とはまったく別物である。 それを勘違いしている人間が余りにも多過ぎる。 創作は時間効率の問題では無いのである。 ☆併行して、短歌の一日一首の作業。 ☆エジプトの動きが限界状態になって来た。 朝目覚めると、スマホのWhatsAppに作家たちから50通目のメッセージが届いていた。 それを1つ1つコピーして翻訳アプリに掛けるのは大変な手間作業である。 オルガナイザーとの交渉は私に一任されているので、私は無反応では済まされない。 今日はオルガナイザーが私への支払いを必ず実行すると約束した日である。 その経過を作家たちに伝えると言う返事をする。 ☆だが案の定、オルガナイザーは私への振込を実行しなかった。 それどころか彼の支払いに使用するウエスタンユニオンは、私の口座である宮崎銀行は対応していないことがわかった。 日本にあるウエスタンユニオンの取り扱い店へ現金を受け取りに行かなければならないと言う。 しかも九州には福岡と鹿児島にしか取り扱い店が無い。 とろあえず鹿児島の取り扱い店で受け取ることにして、手続きを進めてもらことになった。 ところがオルガナイザーは、お金が這入ったら送金の手続きをするという。 えっつ?、オルガナイザーはお金も無いのに今日振り込むと私に約束したのか? これではいつ送金できるようになるのかまったく分からない。 しかも全ての支払いを28日までに実行すると約束したのに、そんなことが出来るかとキレる。 28日までに送金が無いと、作家たちはネットで彼を告発する予定なのだが、そうしてしまったら、オルガナイザーは永遠に私達の報酬を支払わないだろう。 1月25日(日) ☆快晴。 今日も冷え込んだが、日中は風のない陽射しの気持ちの良い陽気。 ☆今朝の宮日新聞に、第6回みやざき総合美術展の審査結果が掲載されていた。 彫刻部門は15点の応募のうち、受賞が5点、入選が2点という相変わらずの公募展レベルとはかけ離れた審査結果。 この状態がもう何年続いているのだろう。 県美展と宮日総合美術展を統合して新しく始まった公募展なのに、統合される前からの状況がまったく是正されていない。 何のためのリニュアル統合だったのだ。 ☆午前11時から、高鍋高校OB美術展の新年打合せ会。 昨年は台湾・韓国と会期が重なってしまったが、今年は搬入も懇親会も参加できそうである。 会長から進退伺いが出されたが、確かに存続してゆくには若い作家たちに引き継いで行って貰わなければならない。 ☆朝と午後に、バグダッドのマケット金箔貼りの作業を少し。 1月24日(土) ☆快晴。 今日も冷え込んだ。 高鍋町は氷点下3,3℃。 そして今日は風が強くて、とても凍えた。 ☆午前は2階書斎で短歌の作業と読書。 伊藤先生の「古樹を想へ」を読み進めているが、伊藤先生の博識、読みの深さには驚愕するばかりである。 ☆午後は都城のオブジェのプラン。 いったん立ち止まってしまうと、それから先をなかなか打ち破れない。 ☆今夜は妻の絵画サークルの新年会。 独りで夕食を摂るが、まったく食欲なし。 最近は独酌はちっとも美味しくない。 1月23日(金) ☆快晴。 冷え込んだ一日。 高鍋町は氷点下5,4℃だったらしい。 空気がとても冷たくて、室内に居ても外に出ても凍える。 しかし風が全くなかったので、快晴の蒼穹がとてもキリリと気持ちよい。 ☆朝のうちにバグダッドのマケットの金箔貼り作業を少し。 その後は、2階書斎で短歌の作業。 ☆午後は都城市のオブジェのプラン作成。 凡そのラフデッサンは描いていたのだが、フォルムを詰めて行くと最初から考え直さないといけなくなる。 ☆今日はエジプト関係は全く動きが無い。 イスラム国のエジプトは、今日と明日は銀行が休みなのでお金の動きはない。 ☆一方、イランの情勢はあれから何の動きも伝わってこない。 ネットで調べても、激しい動きのあった1週間前くらいからトランプが攻撃を踏みとどまったというニュースから以降の動きが無い。 この状態では、バグダッドもシンポジウム開催をどう判断すれば良いのか迷っているだろう。 ☆痛風はもう足の腫れはすっかり引いてしまって、痛みが少し残っている程度だ。 今夜から飲酒を正常に戻す。 1月22日(木) ☆快晴。 冷え込んだ朝。 しかし日中は快晴の強い陽射しなので、気分的には気持ちは明るい。 ☆午前はバグダッド・マケットの金箔貼りの作業。 やはり乾燥が不十分なままで次の作業をすると、せっかく作業したところが傷んでしまう。 ☆昼前から2階書斎で短歌の作業。 冷え込んでヒーターでも暖まらない冷たさの中で、一日一首の作業。 そして何度も推敲して、お昼には宮日文芸に3首を投稿。 ☆午後も2階書斎で短歌の作業。 「心の花」2月歌会の一首選の歌を選び、担当者へ送付。 選歌評をまとめる。 ☆併行して、韓国の木彫シンポジウムのための資料をネットで検索。 ”オニ”がテーマの木彫なので、日本の鬼の画像を集めている。 1月21日(水) ☆晴れ。 日中は穏やかな気候で冷え込みはなし。 午後からは風が出て、しんしんと急激に冷えこんでくる。 今夜から一気に真冬の寒さに突入するようだ。 ☆日中は、バグダッドのマケットへの金箔貼りの作業。 ☆午後半ばからは、短歌作業。 あっという間に宮日文芸への投稿日がやって来る。 何も考えないまま、一日一首は数日間の空白が出来てしまう。 ☆「心の花」宮崎歌会の2月例会のホテルを予約する。 2月はプロ野球のキャンプ期間となり、何時もの定宿は2月は全て満室であった。 市内中心部のホテルはまだわずかに空きがあったので、予約をする。 ☆エジプトの報酬未払いの件は、日曜日に支払いが行われなければ、カイロのシンポジウムに参加した作家たちはオルガナイザーをネットで告発するということであった。 オルガナイザーもそれに同意した。 しかし、今日になっても誰もお金を受け取っていない。 海外送金には1日から3日は掛かるので、様子を見て欲しいと作家たちには伝えてあった、 だがオルガナイザーからのお金は誰にも届いていない。 その旨をオルガナイザーに伝えたら、直ぐに彼から電話が入った。 約束は守る、という1点張りである。 そうか、きちんと守ってくれよ、というしかない。 1月20日(火) ☆午前は曇天で、気温は上がらず。 午後からはすっきりとした快晴となり、暖かくなる。 ☆日中はバグダッドマケットの金箔張り作業。 やはり完全に接着剤が乾燥してから次の作業に掛からないと、せっかくの作業が台無しになってしまう。 ☆夕刻からは、韓国の木彫シンポジウムのプラン作成に必要な資料をネットで検索。 ☆今夜は妻が、公民館の婦人会観音講で外食。 1月19日(月) ☆晴れ。 とても暖かく、春のような陽気。 ☆朝一に、知人からのライン着信音で起こされた。 何事かと思ってスマホを開くと、今朝の宮日文芸の一面写真であった。 なんと、今朝は大口玲子さんの選で、私の短歌が特選に選ばれていた。 宮日文芸に2週連続で掲載されたのも初めてだったが、それが連続特選なのでびっくりであった。 しらすぼし百匹の眼とめんたいこ十万個の卵我が朝餉なり この歌はエジプトに行く前に凡その構成は考えていて、エジプトに着いた日あたりにまとめたものである。 そして宮日文芸には投稿せず、「心の花」例会での一首として提出しようと思っていたものである。 だが結局は「心の花」例会には提出せず、昨年暮れになって何も短歌の題材が見つからなかったので、12月25日に投稿したものである。 「心の花」例会の歌評でいつも具体的な内容を詠むように言われているので、それで出来るだけ具体的な形を考えて作った歌である。 朝食で食べるしらす干しと明太子の量をネットで検索し、その量でしらす干しは何匹相当になるのか、明太子の卵は何個相当になるのかかなり綿密に計算した。 おそらく大口さんが特選に選んでいただいた理由は、これだけの具体的な数の犠牲の上に私たち人間の生活が成り立っていると言う事への共感だったのだろう。 大口さんは”闘う歌人”として伊藤先生に評されていて、反戦の歌が多い。 これは年明けから上々の歩みとなった。 ☆日中は、バグダッドのマケットへの金箔貼りの作業の続き。 ☆夜は中町公民館の新年会。 コロナ禍の時から新年会開催が無くなってしまって、5年ぶりの公民館新年会である。 痛風が再発してからビールは一切呑んでいない。 担当医は1週間は禁酒しなさいと言うことだったが、もう10日経ったので、今夜はビールを呑む。 痛風の痛みも足の腫れもかなり正常に戻って来た。 ☆昨日から起き抜けに左腰裏に激痛がする。 しかし日中は何とも無い。 気になってネットで調べてみると、どうやら寝癖が悪いことによるものらしい。 1月18日(日) ☆晴れ。 昼前から雲が出て、薄日の射す曇天模様。 暖かい一日。 ☆昨夜、夕食の準備をしているところへ、エジプトのオルガナイザーから電話があった。 予定通りに今月中には支払いを済ませるし、明日には銀行へ行くという。 イスラム国なので、金曜は公官庁や銀行は休日で、日曜日は営業している。 その後に、メッセンジャーでの返事も届いたので、カイロの彫刻家のWhatsAppに上げる。 反応は分かり切っているので、大量に投稿されたメッセージは読まない。 案の定、オルガナイザーがアレクサンドリアの女性彫刻家のシンポジウムはちゃんとしたスポンサー提供によるホテルと食事だと書いているので、作家たちからは Facebookの彼女たちの豪華なホテルと食事の写真と、私達の犬のエサに等しい食事との写真をアップして怒り狂っている。 オルガナイザーの言うことはその通りだが、犬のエサ待遇だった私達がそれでどういう気持ちになるのかの配慮が全く無い。 ☆お昼前から、作業途中だったバグダッドマケットの金箔張り作業の続きをする。 接着剤の乾燥に数日かかるので、乾燥する前に金箔をいじると剥離してしまう。 辛抱強く、時間をかけて作業しばければならない。 それにしてもイランの情勢がどうなるのか。 今のところイランがデモの参加者の処刑を止めたということで、トランプがイランへの攻撃を踏みとどまっているが、これからどうなるのかは予測がつかない。 イランが攻撃されれば、イラクの情勢にも影響してくるのは確実だろう。 ☆痛風はかなり良くなって来た。 まだ足の腫れはあるが、ずい分と普通に近くなって来た。 1月17日(土) ☆晴れ。 とても暖かい陽気。 ☆車のフロントガラスが昨日からかなり汚れている。 妻の話だと、黄砂の予報が出ていたということ。 ☆朝一に、エジプトのオルガナイザーへカイロの彫刻家たちの意向を伝える。 ”これはカイロの同志たちからのメッセージです。 私は最年長なので、彼らを代表して彼らの意見をあなたに伝えるよう依頼されました。 日曜日までに支払いが行われない場合、1月28日深夜にあなたの行動をオンラインで公表します。 このようなことが起こらないよう、約束を守っていただけることを願っています。 毎日、アレクサンドリアの女性彫刻家たちの待遇がFacebookで公開されています。 彼女たちは天国にいるかもしれませんが、私たちは地獄のような扱いを受けています。 カイロの同志たちの怒りは限界に達しています。 どうか私たちに誠意を示し、最悪の事態を防いでください。” ☆今日も一日、デスクワーク。 妻の子ども絵画教室作品展フライヤーの修正作業。 そして夕刻には短歌の作業。 一日一首の作業。 1月16日(金) ☆快晴。 今日は天気予報通りにとても暖かい一日。 快晴の蒼穹が眩しい。 ☆母、28回目の命日。 亡くなった日はすごく寒い日だった。 ☆今朝もエジプトの報酬未払いの件で、作家たちから大量のメッセージが届いていて、読む気にもなれない。 しかし肝心のオルガナイザーは、世界で初めての女性彫刻家だけのシンポジウムの画像を大量にフェイスブックに挙げている。 私たちのシンポジウムとは待遇が雲泥の差である。 こんな女性たちに囲まれてにやけたオルガナイザーの画像を見せられたら、作家たちは怒りしか湧かないだろうに。 ☆そして、夕刻には作家たちからこういうメッセージが届いた。 ”日曜日までに支払いが行われない場合、著名な芸術家である田中先輩が、私達全員を代表して手紙を書き、月末までに支払いをするよう期限を伝えることを 提案します。皆様、そして田中氏も同意されますか?” いよいよ、私が動かなくてはならなくなったようだ。 ☆朝一に、この夏の某海外シンポジウムのエントリーデータをまとめて、エントリーをする。 ☆午後は、妻の子ども絵画教室の作品展のフライヤー原稿の手直し編集作業。 1月15日(木) ☆晴れ。 天気予報では今日は気温が高いということだったが、しんしんと冷え込む。 夕刻からは雲が出る。 ☆エジプトの報酬未払いの件で、夜中に作家たちから30以上のメーッセージが届いていた。 一向に入金の気配がないと言うものなのだが、手続きをしても入金までには数日かかる。 しかし作家たちの我慢の限界が極限に達してきている。 特に今日からアレクサンドリアでの女性彫刻家だけのシンポジウムが始まり、フェイスブックにオルガナイザーが彼女たちとにこやかに過ごしている画像を アップしているので、作家たちはその前にお金を支払えと怒り狂っている。 私としてはこの女性彫刻家のシンポジウム開催によって、オルガナイザーは私達への支払いのお金を得るのだから、それを理解して欲しい。 (確かにフェイスブックの写真は、ピラミッドを見下ろすホテルのレストランで、私達が食べたことも無い豪華な食事を彼女たちが摂っている!) だが彼らはこの先にも入金が無かったら、1月28日にオルガナイザーの行状をネットに上げるので皆の同意が欲しいと言い始めた。 何人かは私と同様に、みんなで意思統一して動くことに反対である。 それでまずオルガナイザーに個人的に問いあわせてみることにした。 私としてはネットに上げることは好まないし、オルガナイザー自身も最も避けてほしいことであるから、そう成らないために作家たちへの明確なメッセージを 発して欲しい。 ☆夕刻近くになって、オルガナイザーから、今月中には必ず支払う段取りをしているという返事が届いたが、同時に気になる情報も届いた。 オルガナイザーにはバグダッドへ行くことを伝えてあるのだが、今日明日中にイランとアメリカとの戦争が始まり、イラクも戦争に巻き込まれるという警告である。 私も妻もそれは大きな懸念である。 外務省からの広報でも今日付けの情報として、”最近のイラン情勢に端を発した中東情勢の緊迫化の可能性”という ものが発令されている。 ☆実は午後から、バグダッドへ持って行くマケットの仕上げ作業をしていた。 FRPの着色が良くないので、金箔を貼ってみようとFRPに金箔を貼る接着剤を買っていたのだが、まったく上手くいかない。 そうしているところへの、エジプトのオルガナイザーからの警告だったので、これはやはりバグダッドは無理なのかもと思い始めた。 ☆今日は「心の花」2月例会の一首締め切り日なので、バグダッドのマケット作業は中断して短歌の作業をする。 昨日までまとめた歌を更に何度も推敲して、「心の花」担当者へ一首、宮日文芸へ3首投稿する。 1月14日(水) ☆晴れ。 昨日までの冷え込みはなし。 ☆午前は昨日に引続き、2階書斎でエジプト滞在中の新聞に目を通す。 ☆午後は短歌作業。 明日が「心の花」宮崎歌会2月例会の一首締め切りなので、明日までになんとか一首まとめなければならない。 何度も何度も推敲を重ねて、整えて行く。 ☆幕の内を過ぎて、もう年賀状は届かなくなった。 昨年までは前年度に届いた方には年賀状を出していたが、今年は年賀状が届いた方のみに出したので、私たち夫婦が出した年賀状は65枚だった。 このやり方だと来年は親戚関係のみの賀状になるかもしれない。 年賀状廃止には反対派なのだが、状況的には時代の流れに流されてしまっている。 かといって、今年はネットでの新年挨拶もしなかった。 1月13日(火) ☆晴れ。 今朝は昨日ほどの冷え込みはなし。 日中も風も無く、穏やかな一日。 ☆今日は2階書斎で、エジプト滞在中の新聞(宮崎日日新聞)に目を通す。 俳人・布施伊夜子さんの自分史「俳句好日」が面白くて、ずっと連載を読む。 相変わらず伊藤一彦先生の記事も多い。 ☆そこへ宮崎市内の方からラインが這入る。 ”今日午後、橘通りを車で走ってましたら、白髪の格好良い老人を発見。田中さんに似ておられました。宮崎市内に来られてませんでしたか? 道を挟んでなのでお声をかけられませんでした!” ”白髪の格好良い老人”なんて、私は短足猫背で髪も白髪ではないし・・・・、でも”恰好良い”と言われるとちょっと嬉しい。 ☆なかなか痛風が納まらない。 痛風は出来るだけ水を飲むことと言われるし、先日の診察の時にも医者に言われた。 しかし私は真夏に屋外で作業していてもほとんど水を飲まない。 病院勤務の長男からは1日2リットルの水を飲むように言われているが、いくら努力しても飲めない。 それで妻から、まずこの水を飲み干す努力をしなさい!と590mlのペットボトルを渡されたが、やはり一日経って半分も飲めていない。 ☆バグダッドから、ポスター用のポートレートを送るようにとの指示。 準備は順調に進んでいるようだ。 1月12日(月・祝) ☆晴れ。 今朝も氷点下の冷え込み。 日中も室内はしんしんと冷えて、凍える。 ☆今朝の宮日文芸に久しぶりに採用された。 前回が12月8日だったので1カ月ぶりである。 しかも伊藤先生からは2回目の特選採用で、吉川氏からも選んでもらった。 今回は添削も無く、好い正月のプレゼントとなった。 胸うちのざらつきに似るけふもまたクリームパスタの黒胡椒噛む ☆今日は一日、短歌の作業。 なかなか取り掛かりが掴めないし、1首纏めてみても、推敲、推敲で先に進めない。 午前は2階書斎で作業をしたが、寒くて、ヒーターを入れてもヒーターの当たる面は暖かいが、当たらない面は氷の世界であった。 夜までに、ようやく正月から今日までの一日一首12首を詠む。 ☆エジプトの担当者から報酬の支払いスケジュールが届いた。 やはりアレクサンドリアで近日開催される、女性だけの彫刻シンポジウムのお金が這入るので、先ずはそれを私たちの支払いに充てるということ。 なんとか無事に解決に向かって欲しい。 昨夜は作家たちから長い長いメッセージのやり取りが交わされていたが、私としてはオルガナイザーを死刑判決に等しい窮状に追い込まないこと、 辛抱強く報酬の入金を待つという方向しかないので、私は彼らのメッセージには一切目を通さなかった。 ☆イランに日本からの渡航中止勧告が出された。 デモの死者はすでに550人以上となっているようだ。 イランにもウクライナにも多くの友人が居るので、状況は辛い。 1月11日(日) ☆晴れ。 朝のうちは冷え込みは無かったが、次第に風が出て冷え込んで来る。 そしてまたもや正月に霙が降ったと同じ骨格の重い千切れ雲が出て来て、しんしんと冷え込んできて、この冬一番の冷え込みとなる。 やはり宮崎県内の山間部では積雪となった。 ☆午前に妻と都農町へ。 ”道の駅つの”の裏手にある”一の宮交流館”で、高鍋高校美術部の大先輩である故・大上敏男先輩の作品展が開催されているので出かける。 大上先輩は都農町出身であり、亡くなる直前まで都農町でも絵画教室を開催されていた。 今回の展覧会は、宮崎大学地域資源創成学部の学生たちの地域の文化資源について考えるプロジェクトの一環として、大上絵画教室の受講生徒たち (代表は私と高校同級生だった黒木れい子さん)の協力を得て、大上先輩の作品の所在調査を進めていたことの成果発表である。 今回の展覧会はその調査した作品リストの中から選んだ作品を、今日と明日の2日間に渡って開催されているものである。 ☆展覧会を見た後は、”道の駅つの”で、食べたかった鱧(はも)天蕎麦を食べる。 ”道の駅つの”にはオープンした時期に来たことがあるが、それ以来訪れて来たことが無い。 風のたよりに日向灘で獲れる鱧の食事メニューがあると聞いていたので、何時か訪ねたいとは思っていた。 蕎麦は石臼挽の手打ちで、とても腰が強くて美味しかった。 他にも港町・都農らしい海鮮の丼メニューも豊富で、また訪れたい。 今日は3連休の中日なので、店内は大混雑だった。 ☆”道の駅つの”を出て、直ぐ近くの妻の絵画サークル仲間のご自宅を訪ねて、近況を語る。 ☆帰宅して、確定申告の経費算出の残りの作業を済ませ、それから短歌の作業をする。 もう間もなく「心の花」宮崎歌会の2月例会の一首締め切りがやって来る。 頭の中には何の構想も無い。 ☆痛風の脚の腫れが一向に引かない。 発症してもう1週間になる。 1月10日(土) ☆快晴。 今朝も冷え込んだが、やはり日中はとても暖かく、なんと宮崎県内は各地で4月上旬並みの気温となった。 午後には強い風が出るが、夕刻までには落ち着く。 ☆昨夜は痛風の痛みがぶり返して来た感じだったが、今朝までには脚の腫れの方はかなり治まってくれていた。 ☆先日から我が家の玄関引き戸のシリンダー錠がかからなくなった。 それで昨日にホームセンターで新しい鍵を買って来たのだが、扉の厚みを考えていなかったので適合しなかった。 しかしこの引き戸のシリンダー錠はとても高い。 エジプトからの報酬が這入らないので、無収入の身にはとてもではないが直ぐに新しい鍵を買いには走れない。 それでネットで修理方法を捜してみたり、メーカーに問いあわせたりしながら、午後はずっと修理を試みたが不可だった。 結局、ネットで今まで使っていたのと同じ型番のシリンダー錠を発注する。 ☆夕刻から確定申告の経費出しの続き。 ☆エジプトの報酬未払いの件での作家たちのやり取りに、私同様にウクライナのVasylからも”不愉快”だというメッセージが届いた。 以前にも、他の作家たちから彼らの論議に加わらない私とVasylに対しての名指しでの批判があったことはこの日記にも書いた。 そして、私とVasylからのオルガナイザーへの公開処刑への反対表明を受けて、セルビアのJikiaからも”人を破滅させることは悪いことだ”というメッセージが 届いた。 私達はオルガナイザーを公開処刑するような問い詰め方はせず、頻繁に彼と綿密な連絡を取りながら、彼からの支払いを求め続けて行くしかないと思う。 1月9日(金) ☆快晴。 朝はこの冬一番の冷え込みで車のフロントガラスが氷結。 日中は風も無く陽射しも強く、外に出ると陽射しが暑かった。 しかし室内はしんしんと冷え込む。 ☆痛風の痛みがかなり治まって来たので、午前に行政事務連絡員の仕事で、公民館各戸に”お知らせ たかなべ”等を配る。 その後に高鍋町役場へ出かけて、税務課へ償却資産申告書を提出する。 ☆それで思い出したのが、今年の確定申告の時期である。 申告の時期が2月16日から3月16日なので、私はその期間はスッポリとバグダッド滞在で日本にいない。 スマホのアプリが簡単だと言うけれど、昨年試みてみたが上手くいかなかった。 それでとりあえず、今のうちに確定申告の準備をしておくことにした。 午後は2階の書斎に籠って、経費の算出の作業をする。 昨年の総収入は、最悪だった一昨年よりわずかに多くなった程度であった。 ☆ところでどうもイランの情勢が気になる。 おそらく今の宗教権力者支配の社会からの変換が起きるだろう。 私がイランに行った当時でも、若者たちは宗教に対して憎悪感を抱いていた。 なにしろホメイニ師による宗教革命以前のイランは、ワイン生産は世界一であり、女性たちはヨーロッパ並みに肌を露出した自由な服装だった。 イランの変動が何か一気に周辺国に拡がったら、イラクにも影響が出て来るのではと思うが、今のところはイラン国内の問題である。 夜になって、バグダッドのオルガナイザーからメッセンジャーで、先日にメールで送ったフライトの空港情報の催促が届いた。 つまり、今のところはイラクの情勢は安定していて、予定通りの開催で進めているようだ。 ☆一方の報酬未払いのエジプトの件は、新年が過ぎて作家たちのやり取りが激しくなって来た。 私もオルガナイザーとは今日中に日本の銀行口座に入金してくれないと大変なことになると伝えてあったのだが、その気配は全く無い。 にもかかわらず、オルガナイザーは1月14日から2月6日まで、アレクサンドリアで女性だけの彫刻シンポジウムを開催する告知をしていて、目を疑った。 アレクサンドリアではスポンサーが確保できていると言う事だろう。 それで業を煮やした作家たちが、彫刻のネットワークでオルガナイザーの不誠実を明らかにして晒そうと相談している。 だが、私は大きな懸念を抱く。 何故なら、オルガナイザーは再三にわたって、自分の行為をネットで上げないでくれ、誰にも言わないでくれと要望してきた。 もし、彫刻ネットワークで世界中の彫刻家達に彼の不誠実を晒してしまったら、彼にとっては死刑宣告に等しい。 そしてその結果、彼はその報復として、私達に支払うべき報酬を支払わなくなる。 こういう報酬未払いの件は、あちこちで耳にする。 私も直近では一昨年10月の中国・恵安での報酬の支払いは、10カ月の昨年8月になってからだった。 その間、誰も彫刻のオープンなネットワークで中国の主催者を批難していない。 もっとじっと耐えて待つべきではないのだろうか。 1月8日(木) ☆快晴。 冷え込みはなし。 ☆ようやく一段落したので、午前に内科医院へ。 やはり痛風で間違いないということで、これから1週間ほどは禁酒を命じられた。 振り返ってみれば、確かに年末から飲むことが多かった気もする。 バグダッドへ行く前に痛みを抑えておかなくては。 ☆午後は2階書斎で短歌の作業。 一日一首の短歌が全くできない。 夕刻までにやっと一首まとめ、さらに正月から作った短歌を何度も何度も推敲して、やっと夕刻に宮日文芸へ3首を投稿した。 ☆短歌の作業をしていて、ふっと気が付いた。 痛風の痛みがかなり治まっている。 やはり病院の薬は効果抜群なのだ。 お風呂に這入って確認すると、左足の腫れはむしろ拡大していて、膝の上までパンパンに腫れあがって来ている。 しかし痛みはかなり減って来ている。 1月7日(水) ☆快晴で、暖かい一日。 ☆夜中じゅう、痛風が痛んだ。 何故か知らないが、何度か頭部がブルブル来て目が覚めてしまった。 ☆朝食は七草粥を摂る。 別に暮れ正月に暴飲暴食して、痛風になった訳でも無いと思うが、七草粥を食べると体の芯がホッとした。 ☆午前に都城市へ出向いて、設置するオブジェの打合せ。 今日は全き快晴で、都城までのドライブは快適だった。 都城市まで走るのは何年ぶりだろうか。 目的地の有隣園は五十市にあって、行ったこともない地域なので、ずい分遠回りしてしまった。 今は昨年の3月に高規格道路の都城志布志道路が開通していて、九州自動車道と連動している。 この都城志布志道路に乗れば、直ぐに有隣園の近くで降りられたのだが、私が直近で都城市に来た時にはまだ工事中だった。 ☆有隣園の宮城園長と設置場所等の打合せをする。 ☆帰路は国道の地道で帰る。 ☆帰宅して石販店と連絡を取る。 私がバグダッドへ発つ前に石が届けば、ある程度の段取りが出来るのだが、なんと中国の春節のことを忘れていた。 春節を中心にした2カ月は、中国の石材店はどこも休日なのだった。 結局、これからプランをまとめて石を発注しても、石が届くのは3月末なのだ。 ☆夜は石井記念友愛社・児嶋理事長と高鍋町地域おこし協力隊の市川さんとの顔合わせ酒宴。 つくづく、市川さんは児嶋理事長と出会うために高鍋に導かれて来たのではないのか。 私と児嶋理事長、そして石井十次とは不思議としか言いようのない縁で結ばれている。 そして市川さんは「田中等彫刻公園」の実現化のために導かれて来たとしか思えない。 今夜は久しぶりにたらふく飲んだ。 痛風で痛くてたまらない足を引きずって、2次会まで同行する。 ☆バグダッドからチケット手配のための出発空港、帰着空港への問いあわせが届く。 私も国内線の手配のために、出来るだけ早くフライト情報を知りたいと思っていたところだった。 1月6日(火) ☆快晴。 朝は冷え込んだが、日中は風も無く、陽射しがとても強く、暑いほどの陽気。 ☆午前に明倫保育園で、石井記念友愛社・児嶋理事長と高鍋町の地域おこし協力隊・アートによるまちおこし隊員の市川さんとの3人で、児嶋理事長が 進めようとしている彫刻公園についての打合せ。 市川さんは高鍋に協力隊員として赴任するまでは、東京や海外での一流の環境デザイナーの仕事をしていたので、児嶋理事長の高鍋独自の歴史背景を 絡ませた壮大な彫刻公園のプランを聞き取り、それを図面や3Dプランとして描いてもらうことになった。 これは地域おこしの仕事とは全く別の、市川氏個人の彫刻公園構想への参与希望によるものであり、また児嶋理事長にとっても彫刻設置経費の協力を お願いする企業へのアプローチを高めてもらうためには願っても無いサポート体制を組むことが出来る。 児嶋理事長にとっては、この彫刻公園構想の実現のために、市川氏がわざわざ高鍋に来てくれたと言う感触を得ているようだ。 ☆午後は短歌の作業。 なかなか一日一首が進まない。 先日の「心の花」宮崎歌会新年会で、皆さんの自己紹介の中での作歌方法を聞いていると、やはり思いついた言葉をメモしながら少しずつ全体の構想を まとめて行かれることが多いようだ。 その肝心の言葉を思いつくのがなかなかに困難なのだ。 ☆痛風の痛みが次第に強烈になって来る。 日中はなんとか動けるが、やはり夕刻から徐々に痛みが激しくなって来る。 それに連動して、昨夜から歯茎が浮いてきてしまっている。 首筋もかなり強張っているので、それらは体の中で連動しているのだろう。 1月5日(月) ☆晴れ。 日中は雲が出て陽射しが弱く、気温は上がらず。 ☆朝8時にホテルをチェックアウト。 ☆今朝の宮日文芸短歌欄には採用はなし。 ☆一日、デスクワーク。 伊藤先生からいただいた「古樹を想へ」に目を通す。 伊藤先生の短歌も文章も、読み込む対象の奥深くまで降りて行く暖かさがあって、伊藤先生の懐の大きさを感じる。 ☆午後は短歌の作業。 正月から完全に一日一首がストップしていて、もう今週半ばには宮日文芸の3首投稿がやって来るので慌てる。 多分、一度投稿を中座させると、生来の怠けものなので、そのままずるずるとなってしまうのが目に見えている。 昨夜の懇親会の皆さんのお話でも、そこを乗り越えて頑張って作歌を続けておられる。 ☆昨日から左足の親指付け根に痛みが出て来て、次第に歩くのが辛くなって来た。 入浴時に親指を見たら真っ赤になってパンパンに腫れている。 どうやら痛風の再発のようだ。 薬は毎日服用しているのだが、時々痛みが再発する。 1月4日(日) ☆晴れ。 今日も冷え込んだが、風も無く、陽射しが強くて、車の中はとても暑く窓を空けて走る。 ☆午後から宮崎市へ出る。 今日は短歌会「心の花」宮崎歌会の1月例会と新年会。 会場は私の定宿のニューウェルシティー宮崎。 何時ものようにチェックインをして例会へ。 ☆私の一首は残念ながら、今回は1票も票が這入らなかった。 だがやはり、かなりのベテラン歌人の方たちが、結構な割合で無票の方たちがおられる。 ☆また私が選んだ一首は私一人の票であったが、どちらにしようかと迷われた方と、歌評者の伊藤先生と大口玲子さんも票を入れておられて、私の選歌は ちゃんとその歌を評価していたことがわかって嬉しかった。 また私の選歌理由の説明についても、某放送局のアナウンサーの方が”田中さんはいつも素敵な歌評をされますね!”と褒めていただいた。 ”いや、私はいつもダラダラと長いので、今回はきちんと原稿を書いて短くまとめて来ました。” ”いえ、田中さんの感性はとても優しい世界というか、素晴らしいです。” ☆途中で、選歌理由を述べようとされた方が突然に意識を失われて騒然となる場面もあったが、しばらくしたら意識も戻られた。 私の友人の妹さんだったので、心配であった。 ☆歌会の後は、会場を宴会場に移しての新年会。 私は「百年の孤独」を提供する。 何時もはただ歌会で顔を合わせるだけなので、それぞれの方との面識が全くない。 しかし今日はみなさんと言葉を交わすことが出来たので、私の高鍋高校の後輩が何名か居られたり、我が家の隣にあった宮崎日日新聞高鍋支局の支局長の 奥さんがおられたりと驚きの連続であった。 ☆また今年度の新会員の自己紹介があり、私も演台に立たされて、伊藤先生との関係、この「心の花」入会のいきさつなど語る。 さらに全員の自己紹介があり、伊藤先生からの指示で、短歌をどのようにして作っているか、題材の選び方、メモの仕方、メモの素材等のあれこれを各自が 語って行かれた。 やはり皆さんは同じような試行錯誤で締め切りに合わせて歌を作っておられて、安心した。 楽しい新年会であった。 ☆伊藤先生も超多忙なので、2次会は無く、1次会でお開きとなった。 私は近くのコンビニでカンビールとおつまみを買って来て、部屋で独りで飲み直す。 伊藤先生から、新刊の講演集「古樹を想へ」をいただく。 1月3日(土) ☆快晴。 今日も冷え込んだが、風も無く、陽射しが強くて冷気が快い一日。 ☆一日、デスクワーク。 韓国の木彫シンポジウムへの経歴を整えたりの作業。 ☆午後に、届いていた年賀状への宛名を書いて、投函。 ☆夕刻から短歌の作業。 大晦日から一日一首が止まったまま。 なかなか歌の題材が浮ばない。 そして明日は「心の花」宮崎歌会の正月例会。 一首選歌で選んだ選歌理由を述べなければならないのだが、私は何時も話しながら手探りで考えて行くので、ダラダラと長い解説になる。 ”もっとお話を聞いていたい”と歌評者の方から言われたこともあるが、皆さんがそれぞれの選歌理由を述べられるので、出来るだけ簡潔に述べないと、ダラダラと 時間が延びてしまう。 それで今回はきちんと原稿を作っていくことにした。 だがなかなかに簡潔な的を得た表現に纏まらない。 1月2日(金) ☆朝のうちは快晴。 この冬一番の冷え込みで、高鍋町は氷点下4,1度を記録。 次第に見慣れない雲が出て来て、山手の方から雪雲の気配に変って行った。 気温はぐんぐん冷えて、夜はさらにグンと冷え込む。 ☆午前のうちに日向市へ、年始と墓参に向かう。 墓地に着いたところでひらひらと霙が舞って来た。 墓参の後に義姉宅へ新年の挨拶。 ☆義姉宅を出て、イオンへズボンを買いに行く。 Gパンが擦り切れてしまったので、Gパンを買う。 ところが馴染みの店に大きく閉店セールの張り紙。 2月で完全店じまいをするのだと言う。 何時も正月にこの店で衣料品を購入していたので愕然となる。 ☆夕刻から高校同窓の新年会。 年々参加者が減って来る。 今年はわずか7人の参加者であった。 ☆酒が廻って来ると、高校時代の色んなやんちゃ話で盛り上がる。 私たちの時代はまだまだやんちゃが出来た楽しい時代だった。 私はスマホに高校卒業アルバムの写真を入れているので(伊藤先生の西日本新聞での聞き書きシリーズで、担当記者から高校時代の写真の提供を求められた)、 みんなに見せる。 私たちの時代のアルバム写真は今のデジカメ写真ではないので、拡大しても全く画像が荒れない。 そして当時は高校卒業式と大学入試が重なることが多かったので、卒業式に出られなかった同窓生が多い。 そのせいか、卒業証書も卒業アルバムも持っていないという同窓生が半数であったので、おそらく高校卒業以来、初めて卒業アルバム写真を見た同窓生ばかりであった。 だが、私も卒業式には出れなかったのだが、ちゃんと卒業証書もアルバムも持っているので、彼らも引っ越しなどの途中で紛失してしまっているのだろう。 とまれ60年近くぶりに見た憧れの女生徒の写真や同級生の写真に大喜びであった。 ☆みんな2次会に流れて行ったが、私は近年は2次会にはほとんど行かないので、真上に輝く月齢13夜の月を眺めながらほろ酔い加減で帰宅する。 ☆今夜は妻も初任校の教え子たちの新年同窓会に呼ばれて出かける。 ☆昨夜のうちに、韓国から木彫シンポジウムへの招待打診が届いていた。 スケジュール的に何も入っていなかったので、参加受諾の返事をする。 会期は4月29日から5月6日。 とても条件の良いシンポジウムである。 予定がことごとく流れてしまった昨年からは一転して、今年は前半の予定が詰まって来た。 1月1日(木) ☆晴れ。 朝のうちは全きの快晴で、とても穏やかな清々しい年の明けだった。 朝食の前に温泉に入り、露天風呂で澄みきった青空を眺めながら幸せな気分にひたる。 ホテルの朝食を摂って、10時にホテルをチェックアウト。 高鍋へは一ツ葉有料道路を走り、雲一つない日向灘を眺めながら清々しい気分になる。 ☆帰宅して、届いていた年賀状をチェック。 やはり年々、年賀状終いが多くなる。 ☆午後に隣町木城町の比木神社へ初詣。 妻と一緒に天井画を納めさせていただいてから、初詣は比木神社が定番になった。 ただ例年は2日に出かけるのだが、今年は元旦に出かけたので参拝客が長蛇の列であった。 おみくじは中吉。 最近はずっと中吉ばかりで、特段に悪いことも起きていないので気にならない。 妻は自分の天井画を確認して安心していた。 ☆参拝客の中に友人のO石材店のO君がいてびっくり。 暮れには”みたま園”の納骨の件でアドバイスをしてもらったばかり。 聞くと、比木神社とは昔から仕事を戴いていて、最近は灯篭を3基注文していただいたのだという。 ☆さて上天気の清々しい気候の中で新しい1年が始まった。 今年は2月にバグダッドシンポジウム、そして有隣園のオブジェ制作と前半はスケジュールが埋まってくれた。 中盤は昨年から始まった韓国の交流展、台湾での妻との版画二人展(未決)の話以外はまだ何の予定もないが、昨年よりは好い1年になりそうな気がする。 一方で、昨年から始めた短歌の作業を深めていかなければならないし、夏には例のニューヨークの山本恵理さんのライブで”MOON DANCE”のハーモニカを 吹かなければならない大きな課題も待っている。 今年も健康で前向きに過ごせれば幸いである。 |
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