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このページでは彫刻家・田中等および宮崎の彫刻に関する最新情報をお届けします。

過去の日記


2026   1-2   3-4   5-6   7-8   9-10   11-12

2025   1-2    3-4   5-6   7-8   9-10   11-12

2024   1-2    3-4   5-6   7-8   9-10   11-12

2023   1-2     3-4    5-6   7-8   9-10   11-12

2022   1-2     3-4    5-6   7-8   9-10   11-12



2026 3月21日(土)

☆晴れ。

非常に暖かい一日。

おかげで午後には、我が家の桜が一気に花開いた。

☆午前は「せいごろう亭」での版画展の展示作品の点検整理。

売れてしまって額装していないものなどを額装直したりする。

いまのところ50点以上は準備できた。

☆版画展の会期を3月31日搬入・展示、会期を4月1日から4月30日、搬出を4月30日と定めて、石井記念友愛社の児嶋理事長に打診。

折り返しOKの返事をいただいた。

また納屋は「多目的館」という名称だということを確認し、”あかりオブジェの作家たち展”を開催するということで了解を得た。

懸案だった展示台は、隣接する明倫保育園が長机を持っているので使えるということで、納屋での展示も実現可能になった。

☆午後は会期と納屋での”あかりオブジェの作家たち展”の開催が決まったので、フライヤーのイラストレーター原稿を作成する。

フライヤーの素案ができたところで、作品を預かっているあかりオブジェの作家の皆さんに企画展の報告と了解の件をメッセンジャーで打診する。


3月20日(祝・金)

☆晴れ。

一気に気温が上昇。

非常に暖かい一日。

☆宮崎日日新聞の”シリーズ 自分史”は現在、宮崎空港ビルの長濱相談役が執筆されている。

私たちが空港展で大変お世話になっている宮崎空港ターミナルの歴史が、長濱相談役の柔らかい文章で活き活きと描かれていて、毎朝目を通すのが

大変楽しみである。

今日からはオアシス広場でのイベントについての内容となった。

何んと言っても、オアシス広場の担当であった故・渡辺課長抜きには語れない。   

最近では、長濱相談役の公的な会合でのお話には必ずこの故・渡辺課長のお話をされる。   

今日の記事には私たち宮崎国際現代彫刻・空港展の写真を掲載していただいた。

☆山田から、空港展の海外作家宛案内文書のチェック依頼が届いたので、チェックする。

☆午後から、”せいごろう亭”での版画展の準備。

展示できる作品を点検して、整理する。

”せいごろう亭”と後ろの納屋と連帯したプランを考えなくては。

☆短歌会「心の花」宮崎歌会の4月例会の詠草が届く。

今回は心惹かれる歌が全く無い。

今の時期は歌に詠みづらいのだろうか。


3月19日(木)

☆くもり。

午後からは時々、晴れ間が覗く。

夜中はとても暑くて、毛布をはいで寝た。

☆朝一に、韓国の木彫プロジェクトで制作する作品のコンセプトを送る。

☆早朝に石井記念友愛社の児嶋理事長から電話。

「せいごろう亭」で版画展をするのなら、ちょうど裏手にある納屋をリノベーションしたので、一緒に仲間たちと作品展は出来ないか、と提案された。

それで妻と下見に行く。

2階もあるなかなかに趣のある空間だが、展示の設備は全く無いので、その設備をどうするかである。

展示会の内容としては、”あかりプロジェクト”の時に、まちなか協議会で展示空間を作ると言う計画があったので、あかりの参加作家たちから預かっている

作品がそのまま在る。

その幻の”あかりプロジェクト”作家展を開催できるまたとないチャンスである。

なんとか実現できる方法を早急に探ってみたい。

☆午前は短歌の作業。

一日一首があっというまに何日も溜ってしまっているが、この1週間のうちに詠んだ歌を推敲して、宮日文芸に三首投稿する。

☆午後は妻のボーカルレッスン日で、私もハーモニカでジョイントしてライブの練習をする。

☆夕刻に行政事務連絡員の今年度最後の仕事で、公民館各戸に”おしらせ高鍋”等を配る。

4月からはこうした紙の書類は各戸配布が廃止となった。

正真正銘、今日が高鍋町の行政事務連絡員の最後の作業となった。

☆夕刻に一日早く、墓参。

本当に今の墓地は信じられない程に荒れている。

☆イラン情勢は日に日に泥沼に向かっている。

とうとう今日は、日本の外務省が日本人へのイラクからの避難勧告を発令した。

やはり、バグダッドも戦場に巻き込まれてしまった。

本当に予定通りにバグダッドへ行っていたら帰国の飛行機にも乗れなかったどころか、下手するとミサイル攻撃で死傷する可能性もあった。


3月18日(水)

☆曇りのち雨。

午後に一時的に陽が射しこんだが、夕刻からは再び雨となる。

気温は上がらず。

☆久しぶりに強度な便秘になってしまった。

おかげで何も手つかずに過ぎる。

☆午後は辛くてベッドに横になって仮眠をとる。

ようやく午後半ばには便秘が解消して、妻とライブの練習をする。

☆夕刻から、エジプト滞在中の歌集の編集作業。

手持ちの歌集を調べると、短歌の歌集独特の空白処理等があって、それらを参考にしながら編集レイアウトをやり直していく。

夜遅くなってようやくまとまりがついた。

この歌集を別に冊子にするわけではないのだが、こうしてまとめておけば後々に助かるだろう。


3月17日(火)

☆晴れ。

ようやく暖かさが戻って来た。

今日も早朝からイソヒヨドリが鳴いている。

☆宮日新聞は昨日が新聞休刊日だったので、宮日文芸の掲載は今朝の朝刊だった。

しかし私は2週連続で、採用はなし。

☆空港展の会期が決まり、事務局の田村から昨夜のうちに国内作家宛に出品案内が届いた。

そこで海外作家担当の山田も海外作家への案内に取り掛かることになるが、気がかりなのは今の中東情勢である。

それで日本郵便のウェブサイトで確認してみたら、やはり中東地域は飛行機便、船便ともに機能しておらず、取り扱い不可となっている。

その対象国には、今年の空港展参加を希望しているSongulの住んでいるトルコも含まれている。

これは、今後にもっと戦域が拡大してくると、対象国が中東に近いヨーロッパにも拡がって来る怖れがあるのではないのだろうか。

とりあえず、今の時点ではイラン情勢に影響されないような国の作家宛に空港展参加の可否の案内を送る。

Songulには作品が送れない旨を伝える。

参加希望の返事が届いた作家宛に、山田から開催要項を送付してもらう。

☆一日、エジプト滞在中の短歌集の編集作業。

今日はページ設定で、複数ページの印刷設定を「袋とじ」に設定したら、きちんと右開き(右閉じ)になってくれた。

それでいったん右開きでまとめて、レイアウトを修正する。

☆夜は、石井記念友愛社・児島理事長と高鍋地域おこし協力隊の市川さんとで、「田中等彫刻公園」についての打合せ。

市川さんが素晴らしい図面を描いて来てくれていて、児島理事長も感激であった。

これからは実現に向けての組織作りになる。

☆バグダッド・シンポジウムが当分は延期になったので、収入ゼロの状況になってしまった。

それで児島理事長にお願いして、”せいごろう亭”で版画展をさせてもらうことになった。


3月16日(月)

☆晴れ。

昨日までの寒さがかなり和らいできた。

☆朝一に、2025版画二人展作品集をネット注文。

☆一日、エジプト滞在中の短歌集の編集作業。

手持ちの歌集を開いてみると、概ね一ページに3首掲載が多い。

そのスタイルで短歌を配列し、旅行記の文章を推敲する。

ワードでA5の縦ページに編集して、それをA4に2ページ印刷すると、左開き(左閉じ)体裁になってしまう。

ネットで調べるとワードの設定がそう成っているので、文字を右から書くアラビア語を言語に入れて右から左になるようにすればよい、とあるのだが、

何度やってもやっぱり左開きにしか印刷できない。

文芸本はほとんどが右開き(右閉じ)なので、このままでは編集がとてもやりにくい。

旅行記の方も文章が長すぎて編集が思うように進まない。

☆今年の空港展の開催期日がなかなか決まらなかったが、今日になってようやく6月7日〜21日と決まった。


3月15日(日)

☆快晴。

☆朝一に、2025年版画二人展作品集の最終チェック。

妻に点検してもらうと、やはり数か所の文字ミスが見つかった。

☆昼前は書斎で短歌の作業。

一日一首の作業と「心の花」宮崎歌会4月歌会の歌を推敲する。

4月歌会の歌を担当者に送付。

一日一首は、高校時代のことなど思い出しながら幾つか詠んでみる。

☆午後は、2025年版画二人展作品集のイラストレーター原稿を入稿データに整える。

午後後半は、エジプト滞在中の日記を短歌集様にまとめ直して、そこへ短歌を配列して小冊子の体裁を整えてみる。

しかし公開できるレベルの短歌が少ないので、文章の方が配分が多くなってしまった。

☆イラン情勢はますます危機感が高まって来た。

今日はイランからバーレンへの攻撃が報じられたし、バクダッドではアメリカがアメリカ大使館へのミサイル攻撃を受けて、アメリカ市民へのイラクからの退去を

求めた。

いよいよバグダッドは戦渦へ巻き込まれる気配が高まって来た。


3月14日(土)

☆晴れ。

今日もしんしんとした底冷えの一日。

☆2025年の版画二人展作品集のレイアウト編集作業の続き。

午前は私の作品のページをやり換える。

午後に、もう一度妻に目を通してもらって、修正作業をする。

☆夕刻から短歌の作業。

あっという間に一日一首が滞ってしまっているし、「心の花」宮崎歌会3月例会の一首締め切りも明日に迫っている。

☆やっぱり、今もふっとした瞬間に激しい眩暈がして動けなくなる。

脳は大丈夫なので、三半規管に原因があるのだろうか。

☆イラン情勢は徐々にイラクへの被害が拡がって来ている。

今日の夕刻には、とうとうバグダッドのアメリカ大使館がミサイル攻撃を受けてしまったニュースが飛び込んできた。

ついにバグダッド市内にもミサイルが飛んで来るようになってしまった。

これはバグダッド・シンポジウムどころでは無い。

他の関連ニュースでは、飛行機が飛べなくなったのでエジプトも観光客が激減しているようだ。

中東全域にイラン攻撃の影響が拡がって来ている。


3月13日(金)

☆晴れ。

今日は真冬並みの底冷えに加え、強風が吹き荒れて、体感温度が下がり凍える一日であった。

☆一日、昨年の版画二人展作品集のレイアウト修正。

妻に見て貰って、かなりレイアウトへのクレームが出たので、妻の分を殆どやり直す。

☆設計士のD君から電話。

D君から届いていた俳句集へのお礼を一筆書いて、近況報告を添えたハガキを出していたことへの返答。

近いうちにバグダッドへ行くという近況を記していたので、どうだったのだろうという問い合わせであった。

ハガキを出した翌日にアメリカ・イスラエルのイラン攻撃が始まったので、D君にハガキが届いた時にはもうイラン攻撃が始まっていたので驚いたことだろう。

また私も短歌を始めたことを書いていたのだが、やはり作品集「月の雫」への私の作品コメントに彼も感じるものがあったようだ。

私としては文章能力は微塵もないと思っているが、折角だから歌集が出せるようになるまで頑張ろう。

☆今日の宮崎日日新聞に、今年の宮日文芸賞受賞者の特集が組まれていた。

短歌の受賞者の一人の方は、宮日文芸に投稿してまだ2年にも満たないということであるが、それ以前から短歌会に属して短歌は詠んでおられたようだ。

他の受賞者の方たちも若いころからずっと短歌や俳句を続けて、長年に渡って新聞投稿を続けてこられた方たちだ。

私のように全くの文芸未経験者が、短歌会「心の花」に入会するなり宮日文芸に投稿するなんて、身の程知らずで図々しいのかも。

☆今夜は妻は宮崎市内のジャズセッションに泊りがけで出かけて、不在。


3月12日(木)

☆晴れ。

午後半ばからは曇天となる。

今日も真冬並みの底冷え。

☆今朝もイソヒヨドリが鳴いている時に、またも嬉しい便り。

韓国の李さんから、彼に預かってもらっている昨年の交流展の作品を、大邱のアートフェアに出品したいと言う連絡。

かなり大きな展示会場である。

そして、大邱で私と妻の版画展を開催したいので、5月の訪韓の時にギャラリーを紹介してもらえないかと打診して、私と妻の作品データを送った。

折り返し、出来るだけの手助けをしたいとの嬉しい返事。

☆今日も一日、昨年の妻との版画二人展作品集のデータのレイアウト作業。

なかなか細かな神経の必要な作業である。

☆夕刻から短歌の作業。

宮日文芸に投稿する歌を推敲するが、今週の短歌は超駄作ばかり。

それらを何度も何度も推敲して、ようやく3首を投稿する。


3月11日(水)

☆晴れ。

今日も一日中、真冬の底冷え。

2月が異常に暖かかったから、この寒さは堪える。

これで例年より桜の開花が早まると言う予報が外れて、予定している東京・隅田川の屋形船での花見が例年通りの桜の満開時期になってくれるといい。

☆一日、デスクワーク。

昨日から始めた昨年の妻との版画二人展の作品集冊子の編集をする。

画像と文字データの打ち込みは終ったので、レイアウトを整えていく。

☆夕刻から地区公民館の庚申講。

今年は色々と都合のつかない人が多く、欠席者の多い庚申講となった。

先ずは火産霊神社の庚申講碑に参拝。

次に今年の講宿の武末宅で中町庚申講の神事。

何時もは講主の自宅で行うが、今年の講主は”たかなべギョーザ”の社長の武末氏なので、神事から”たかなべギョーザ”で会食をする。

やはりこうした伝統行事の継続には若い人たちも大切だと感じているので、これからも大切に守って行って欲しい。

若い人たちといろんな話が出来て、楽しいひと時であった。

☆帰宅すると、エジプトのオルガナイザーからハルガダのプロジェクトの新しい日程が届いていた。

5月半ばに延期になった案が、6月前半に変更になっている。

6月は空港展の時期である。

しかしエジプトに出かけて直接手渡しで昨年末のカイロの報酬を受け取らないと、永遠にカイロの報酬はもらえない。

やはり今のイラン情勢では、5月開催は無理だという判断なのだろう。


3月10日(火)

☆晴れ。

今日も真冬並みのしんしんとした冷え込み。

☆昨年の空港展に参加してくれたイランのMajidとようやく連絡が取れた。

昨年は空港展期間中にイランへの攻撃が起き、イラン国内も反政府デモの参加者が多数虐殺され、しばらく連絡が取れなかった。

その後は落ち着いてきたので、Majidから作品を返却しても大丈夫という連絡があったきり、彼が無事に作品を受け取ったのかが不明だった。

そして今回のアメリカ・イスラエルのイラン攻撃によって再びイランと連絡が取れなくなった。

それで海外作家担当の山田が、Majidの安否を含めて大変心配しているので、Majidに空港展参加を勧めてくれた浅川洋行氏にコンタクトをお願いしていた。

昨日まではイランとはまったくネットが繋がっていない状態だったが、今朝になってWhatAppで連絡が取れて、作品も無事に受け取ったと言う返事が返ってきた。

山田も安心したようだ。

Majidが健在だと言うことも嬉しいが、何より空港展は全ての作品が出品作家に無事に戻るまではその年度の空港展は終らないのである。

これでようやく、今年度の空港展が終了した。

☆午前は、妻と新富町の”ギャラリーしんとみ”へ。

三兄が今日から個展を開催していたので、顔を出す。

☆午後はデスクワーク。

昨年10月の”ギャラリーしんとみ”での妻との二人展の記録冊子を編集していなかったので、バグダッドへ行く予定が空白になった今の時期にまとめてしまいたい。

イラストレーターで、原稿を打ち込んでゆく。


3月9日(月)

☆晴れ。

今日も真冬並みにしんしんと冷え込む。

☆今日の宮日文芸は掲載なし。

☆一日、アンジェラスの森で作業。

都城市の施設のオブジェ台座の面出し作業。

今日は真冬に戻ったからか、鳥の囀りはなかった。

しかし春の野山がとても美しくなって来た。

☆今朝もイソヒヨドリのつがいがやって来て、美しいまろぶような囀りを聞かせてくれた。

今朝はスマホで写真を撮ることができた。

☆やはりイソヒヨドリは我が家にとっては幸せを運ぶ鳥なのだろうか。

朝一に、マケドニアから2028年6・7月の彫刻シンポジウムの招待が届いた。

条件もかなり良い。

折り返し招待を受ける返事をしたら、午後には正式な招待状が届いた。

2028年の7月と言えば、私はもう79歳である。

1週間前に脳のCTを撮って異常が無かったのでかなり安心はしたが、他の病等で倒れないように注意しておこう。

☆イランはどうやらとんでもない世界規模の泥沼に向かっているのではないのか。

私は全く知らなかったが、イラン革命親衛隊なるものはとんでもない軍隊のようだ。

軍隊でありながら、国軍とは別の宗教指導者直属の軍隊で、軍隊独自の資金や組織を持っているエリート集団だと言う。

イランはすでにイラクのクルド人居住地区に攻撃をしている。

とてもではないが、数週間以内にバグダッド・シンポジウムが開催されるのではという希望的観測はほぼないだろう。


3月8日(日)

☆晴れ。

寒の戻りで、しんしんと冷え込んだ一日。

☆午前はデスクワーク。

エジプトで詠んだ短歌をまとめたいと思っているのだが、伊藤先生から背景がわからないとうまく伝わらないので、私の旅行記を添えてまとめたら良い、と

アドバイスされていたのを思い出した。

それでエジプト滞在中の日記から、エジプトの情景等の背景を記述した文章をチェックしてコピーしてゆく作業を進めた。

しかし私が毎日感じていたエジプト独特のバックボーンについては、日記には書いてないことに気付いた。

とりあえずエジプト滞在中の日記を抜粋して、それを基に私が感じたエジプトの姿をあらためて書き起こしていくことになる。

☆午後から宮崎市へ。

「心の花」宮崎歌会の3月例会に出席。

予定では今ごろはバグダッドだったので、欠席の返事してあったのだが、バグダッドが延期になったので出席する。

私が選んだ一首は、私ともう一人の2名の選歌と、歌評者の伊藤先生と長嶺先生が選ばれていた。

私の選歌理由の説明に、司会の方は”こんなにデリケートな歌だったんですね”とびっくりされていた。

ところが私は作者は女性だと思って、女性のいじらしさを語ったのだが、会が終って配られた作者一覧を見たら男性の作だったのでびっくりであった。

私の提出した一首は、今回も選歌者はゼロだった。

私は私の歌を歌っていくしかない。

☆何時もは歌会の後の2次会に参加するのだが、無収入・無一文なのでそのまま帰宅する。

伊藤先生も体調不良で、今月いっぱいは医師から飲酒を禁止されているので、引き留められなかった。

☆お昼に、今年もイソヒヨドリが鳴き始めた。

以前に、イソヒヨドリが鳴いた日に私の版画が売れたので、妻は幸福の鳥だと受け止めている。

今日は2羽のイソヒヨドリが鳴いていたようだ。


3月7日(土)

☆晴れ。

気温は冷え込む。

☆午前は高鍋町美術館へ。

今日から始まった妻の絵画教室作品展の、作品展示作業を手伝う。

また同じく、今日からは美術館の実技講座受講生の作品展も始まったので、会場を見て回る。

昨年もこの日記に書いたが、昨年初めてこの実技講座の作品展を見て、そのレベルの高さに驚いた。

今年は講座内容も変わり、新しい講師の下で変化に富んだ充実した作品が展示されていた。

青井学芸員のネットワークによる講師選択の視点の豊かさだ。

☆午後は自宅で短歌作業をして寛ぐ。

☆イランの情勢はどうやら戦禍の範囲が次第に拡がりつつあるし、イランと周辺の親イラン国へのイスラエルからの攻撃を見ていると、どうやら今回のイラン攻撃は

イスラエルがやりたくてたまらなかったことのようだ。

下手すると第3次世界大戦に突入する気配すら感じる。

イラクもこのまま無事には納まらないのではないのだろうか。

やはりバグダッド・シンポジウムの4月開催は、危ういのではないのだろうか。


3月6日(金)

☆午前は晴れ。

穏やかな陽気。

午後からは雨となり、夕刻からはしんしんと冷え込んで来る。

☆午前にアンジェラスの森へ上がる。

都城の施設のオブジェ台座の制作に掛かる。

もうすっかり春めいてきたので、アンジェラスの森は色んな鳥が鳴いて、飛び交っている。

ピッチョ、ピッチョとずっと鳴きながら森の中を渡っている鳥がいたので、スマホで鳴き声で調べてみたらどうやらシジュウカラであった。

ウグイスもずい分本格的な美しい音色で鳴くようになって来た。

☆午後は雨になったので、自宅で短歌の一日一首の作業をする。

☆エジプトのオルガナイザーから、昨年10月のニュー・アラメインで制作した作品の設置画像が届いた。

なかなかにいい感じである。

自分の作品に感動してしまった。

残念なのは、友人のNando(スペイン)の作品が、設置の積み込みの時に分解してばらばらになってしまった。

写真から判断すると、石に大きな亀裂が入っていたようで、吊った時に亀裂が外れて墜ちて、バラバラになってしまったようだ。

私も過去にイランで制作した作品が、設置の時の設置作業の不馴れで(制作中の作品移動の作業が出鱈目だった)、壊れてしまった。

☆オルガナイザーの話では、イラン情勢はニュースでも流れているようにイラク在住の反イランのクルド人がイランの地上戦に乗り込んでいったようなので、

そうなるとイラクもイランからの攻撃対象国になってしまいかねない。

そう簡単には、短期間でシンポジウムが開催できるようにはならないだろう、という。

☆ここにきて、ようやくイランという国がどういう国であるかをおぼろげに理解できるようになった人が出てきたようである。

ある人がイランはペルシャ人であり、アラブ人ではない、ときちんと述べられている。

イランは5000年の歴史のあるペルシャ文明の国なのである。

かつてはイスラムの国では無かった。

非常に自由で、解放的であり、文化レベルの高い国だった。

1978年にイラン革命が起きるまでは、とても解放的な先進的な国だった。

かつてのイランはワイン生産世界一だった。

だから私と同じ世代のイランの人たちは、みんな若いころには普通にお酒を呑んでいたし、女性の社会進出も高かった。

私がイランに行った時にも、イラン人はペルシャ文明の末裔だという矜持を持っていたし、みんな頭がいいと言っていた。

確かに私たちのアシスタントを務めてくれた女学生たちは、みんな英語力がほぼネイティブだった。

イラン革命によって、いきなりイスラム規律で抑えられてしまった国なのだ。

だからイラン自体を決して憎むべきではないし、宗教支配者のみを除去しなければならないのだ。


3月5日(木)

☆午前は重いくもりで、しんしんと冷え込む。

午後からは晴れて、一気に気温が上昇。

☆朝一に、宮日文芸へ3首を推敲して投稿。

そして「若山牧水全歌集」の牧水論に目を通す。

☆午後は妻のボーカルレッスン。

4月のライブに向けて私もハーモニカでジョイントする。

☆外務省が中東6カ国への渡航中止勧告を発令した。

しかしイラクは含まれていない。

バグダッドへのフライトを調べて見ると、直行便とイスタンブール乗り継ぎ便がある。

トルコもイランからの攻撃を受けているが、イスタンブールはヨーロッパ側なので、ホルムズ海峡対岸のドバイ国際空港への攻撃のような事態には陥らないだろう。

早ければ4月にはバグダッド・シンポジウムが開催できるのではないのだろうか。

だが一方では、イランとの交戦は広範囲に拡がって来ている。

昨日はなんとスリランカの沖合でイランの軍艦をアメリカの潜水艦が撃沈したし、サウジアラビアもイランへの攻撃を表明した。

これからどう展開していくのか、まったく予断ができない。

☆ところで日本のリベラル(進歩的文化人)の人たちが、フェイスブックでハメネイ師の殺害を批難し、今のイランの体制を擁護するのはどうしてなのだろう。

単にリベラルの人たちが反自民党、反アメリカという思想の持ち主だからだろうか。

中には中近東が専門の学者が、中近東の人々はみんなアメリカが大嫌いだ、と今のイランの体制を擁護しているのにはびっくりした。

私がイランに滞在して直に感じたイランの人々の反応とは真逆である。

宗教によって今のイランの人々がどれだけ自由を奪われ、命を奪われていることか。

彼らのハメネイ師評価はまったく実際を反映していない。


3月4日(水)

☆晴れ。

とても暖かい一日。

この連日の暖かさで、庭の雑草が一気に延びて来た。

☆今日もダラダラと何もせずに過ごす。

短歌の一日一首の作業と、伊藤先生編集の「若山牧水全歌集」の牧水論を引続き読む。

塚本邦雄の”この夜星降れ”はこの全歌集を買った時に一度目を通しているのだが、あらためて読むと、塚本が激賞している歌集非収録歌中の

 肌ふれて初めて少女われに添うこの夜星降れ二月の家に

という歌のなんという瑞々しい新鮮な美しい歌であることか。

この歌は明治41年、牧水24歳の歌である。

塚本は、この歌が歌集に収録されていれば、官能美の極地として、心ある人人の愛誦する歌になっただろうと述べる。

☆お昼に、妻のピアノ伴奏でハーモニカの練習をする。

昨日は一人で練習したので散々だったが、妻のピアノに合わせたらちゃんと演奏できた。


3月3日(火)

☆朝のうちは重い曇天。

午前のうちに雲は切れて晴れる。

晴れてからは気温はぐんぐん上昇。

夕刻になっても、暖房は要らず、それどころか上着一枚でも寒くない。

そして今夜は月齢13,6の満月で皆既月食。

☆エジプトのオルガナイザーから、5月中旬に延期になったハルガダのシンポジウムに、妻と一緒に来ないかという誘いが届いた。

一緒に行くのは構わないが、カイロの未払い報酬を受け取りに行くのに、妻の旅費を払っていたのでは何のために行くのか分からない。

それで、妻の分の旅費も出してくれるのならと返事したところ、旅費はいくらか?と尋ねて来た。

ネットで検索すると、2人で往復30万円はかかる。

それでは当然高すぎて不可能、という返事であった。

昨年11月に再びカイロに戻った時には、片道ずつのチケットで往復10万円弱で行けたので、そういうチケットを捜したがもう見つからなかった。

☆一方のバグダッドのオルガナイザーからの連絡では、今の状況は数週間で落ち着く、イラクは今回の紛争の当事国ではないし、攻撃物の飛来の落下も砂漠地帯へで、

バグダッド市内にはまったく戦禍の影響はないと言うこと。

それにイラクはイランともアメリカとも友好国なので、イラクが戦渦に巻き込まれることはないという。

ということは4月にはシンポジウムが開催される見込みだと判断してよいのだろうか。

そうであれば5月の韓国とエジプトのシンポジウムに重ならずに済んでくれるのだが。

しかしアメリカのトランプが、イランへの攻撃は近いうちに本格的な攻撃になるし、攻撃は4週間以上は続くと言っている。

☆今日から、4月のライブに向けてハーモニカの練習を始める。

ハーモニカを吹くのは昨年5月のライブ以来である。

もうまったく吹けない。

息が続かないし、演奏自体がまったくどうしようもない。

今年の夏は、”MOON DANCE”を作っていただいたニューヨークの山本恵理さんのライブで共演しなければならないのだ。


3月2日(月)

☆雨。

本格的な恵の雨。

夕刻からは冷え込んで来る。

☆早朝3時45分に宮崎市内の知人の方からライン。

まさかと思ったら、今日の宮日文芸の私の掲載歌への報告だった。

我が家に朝刊が届くのは5時過ぎである。

宮日文芸には3週間ぶりに掲載され、しかも伊藤先生と大口さんからの2首選だった。

伊藤先生の選歌。

  春待ちの庭に染み入る雨脚に香り揺らぎて手袋を脱ぐ

この歌は、先日に今年初めての雨がぱらついた時の歌である。

私の隣には高校同級生のKさんの歌が載っていた。

大口さんの選歌。

  枝えだに寄り添いて咲く白梅のそのひろがりを光抱けり

この歌は、梅の花が桜のように枝先にではなく、枝に寄り添って咲くことに気付いて詠ったもの。

☆バグダッド・シンポジウムが数週間先に延期になり、当面の収入がなくなった。

唯一の収入の道は、エジプト・カイロの未払いの報酬しかない。

オルガナイザーは3月の末からのハルガダでのシンポジウムに旅費込みで招待するので、その時に未払い報酬を渡したいと言う案内が届いたが、丁度屋形船の

時期と重なっていたのでキャンセルした。

それでモンテネグロの作家が私の分を預かって帰り、モンテネグロから送金してくれる手はずになっているのだが、それがうまくいくのかは分からない。

ところが昨日にフェイスブックを見ていたら、ハルガダの会期が1週間延期になっていて、それなら私は参加できる。

やはり、カイロの未払い報酬は、私が直接受け取るべきなのだ。

その旨、昨夜のうちにオルガナイザーにメッセージを送っていた。

そうしたら、夜中に返事が届いていて、やはりエジプトも中近東の戦乱の影響で、開催時期を5月中旬に延期することを昨夜に決定したので、その時には

私を招待するという返事が返って来た。

5月中旬なら韓国のシンポジウムの後なので問題ない。

ただバグダッドの再開時期と重ならないで欲しいと願う。

これで3月・4月の無収入が確定した。

☆今日は何もせず、ゆっくりと体を休める。

読みかけていた伊藤先生の”古樹を想へ”を読み切り、伊藤先生編集の”若山牧水全歌集”を開く。

併記されている著名作家による若山牧水論が面白い。

☆今日は妻の誕生日。

本来なら私はバグダッド滞在で不在の予定だったので、妻は折角だからと高校の同窓生たちとランチを計画していて、半日を楽く過ごした。

夕食は持ち帰りのお寿司でお祝いをする。


3月1日(日)

☆晴れ。

暖かい全き春の陽気。

☆春の長閑な陽気だが、怒涛の一日となった。

朝食後にゆったりとしてパソコンの画面を眺めていたら、突然の激しい眩暈。

最近はこういうことはよくあるし、しばらく目を閉じていれば落ち着く。

しかし今朝の眩暈は激しく、同時に頭痛と吐き気が襲ってきて、目を開けられない状態になって来た。

こんな症状は生まれて初めてである。

大きな不安が襲い、脳梗塞か脳内出血なのかという怖れで、手脚を動かしてみるが、手脚の痺れは無いし、言葉も普通に喋れる。

だが身動きが出来ず、眩暈状態は納まらず、妻に頼んでリビングに寝具を敷いてもらって横になる。

血圧を測ると160ある。

妻が救急車を呼ぼうかというが、手脚の痺れは無いので、しばらく横になったまま様子を見ることにした。

☆妻は午前に子供絵画教室を入れていたので、私を心配しながら出かけて行った。

妻は昼前に帰宅して、そう言えば三兄がちょっと前に軽い脳梗塞を起こしていたことを思い出し、妻の勧めで三兄に電話を入れてみた。

兄からは、一刻も早く病院へ行きべきだという忠告で、午後から病院へ行くことにした。

しかし今日は日曜日である。

児湯郡内の日曜在宅医に脳神経外科は無い。

児湯郡内のあちこちの在宅医に電話するが、どこも担当医がいないということで受け入れを断られ、最終的に西都市の鶴田病院が受け付けてくれた。

☆午後に妻の運転で西都市の鶴田病院へ。

担当医は内科医だったが、脳のCTを撮っていただき、問診から、脳には全く異常がないと分かった。

症状から、脳疾患では無く、耳鼻科の問題だろうと言うことで、耳鼻科と同じ薬を処方してもらった。

心配したが、おかげで脳には全く異常がないことがはっきりして安堵した。

これでアンジェラスの森の中での作業も、海外シンポジウムでの作業も安心して取り掛かれる。

しばらくは静養して、精神を落ち着かせよう。

☆一方、早朝にはイランの驚くべきニュースが這入った。

アメリカ・イスラエルの攻撃でハメネイ師が殺害された。

こんなにあっという間にハメネイ師が殺害されるとは。

イランの人々は宗教指導者によって自由を奪われてしまっていた。

私がイランに行った当時すでに、若い作家たちは宗教を憎悪していた。

ハメネイ師が殺されたことは、イランの人々にとってはかけがえのない救いである。

そうなると、これからのイランがどうなるのかということだが、アメリカ・イスラエルとイランの交戦がまだ続くのか、あるいはイラン国内の内乱に発展していくのか。

状況によっては、バグダッド・シンポジウムが開催可能となるかもしれない。

バグダッド側も、しばらくは状況を見極めることになるだろう。

☆そして、夜に這入って、バグダッドから正式な状況判断が届いた。

”アーティストの皆様

中東情勢の不安定化とイラク周辺国の空港閉鎖を受け、イラク外務省の助言を受け、シンポジウムを数週間延期することを決定いたしました。

ご理解とご協力を賜りますようお願い申し上げます。”

これで完全に3月いっぱいにバグダッドの報酬が這入る見込みはなくなった。

4月に引き落とされる色んな支払いが全くできなくなった。



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