Back to toppage このページでは彫刻家・田中等および宮崎の彫刻に関する最新情報をお届けします。 過去の日記 2024 1-2 3-4 5-6 7-8 9-10 11-12 2023 1-2 3-4 5-6 7-8 9-10 11-12 2022 1-2 3-4 5-6 7-8 9-10 11-12 2021 1-2 3-4 5-6 7-8 9-10 11-12 |
2024 | 2月29日(木) ☆一日、雨。 午前は本格的な激しい雨。 ☆午前は昨夜の庚申講の片付けもあり、雨も激しいので今日はデスクワークで過ごす。 ☆先日に注文していたレッツノートの中古が届いていたので、4月からのヨーロッパ周遊に必要なアプリやデータを移しておかなければならない。 先ずはメールの送受信が必要なので先日からOutlookの設定をしようと思うが、これがなかなかうまく行かない。 ようやく午後になって私のアカウントが登録出来て、メールの送受信が出来るようになった。 ところがメールを受信したら過去のメールが1700件以上も呼び出されてしまい、それを手作業で削除してゆかねばならず、肩が凝ってしまった。 次にアドレス帳を移動しなければならないが、エクスポートしたデータがなぜか外付けHDDにコピー出来ない。 ☆それに他のアプリを移動したいのだが、これがさっぱり分からない。 LANコード接続で簡単に全アプリ・データが移行できるソフトがあるのでそれを使おうと思っていたが、このFUJITSUのパソコンにはLANポートが無いのに気付いた。 ☆また昨日からこのFUJITSUのディスプレーの表示落ちが激しくなって、殆ど画面が黒く落ちたままで、作業が出来ない。 それで格安のディスプレーに繋ぐか、タブレットに繋げばパソコンの画面が表示できることがわかったので、使っていないタブレットを充電してみた。 しかしそもそもパソコンの画面が表示されないのなら、パソコンの画面での操作がタブレット画面に表示されないのだとわかって、断念する。 ディスプレー自体は黒落ちした背後に正常な画面が見えるので、何処かの接触不良なのだと思う。 ☆毎日そんなことばかりやっていて何も解決できないままである。 2月28日(水) ☆午前は晴れ。 午後からは雲が出て、曇天となる。 冷え込んだ一日。 ☆今日は作業はお休みして、夜の中町庚申講の宿の準備。 一日かけて我が家のリビングを片づけて、酒宴会場を整える。 ☆午前10時から、パソコンとスマホによる”マイベストプロ宮崎”の説明を受ける。 この”マイベストプロ”というのは、今の情報過多の中でメディが信頼できる各分野のプロを紹介する全国組織のポータルサイト。 宮崎ではテレビ宮崎が担当していて、6月のリニュアルにともない、芸術・文化部門のプロの登録を目指していると言うこと。 私のこのウェブサイトや活動歴から、「専門家」としての掲載をお願いしたいという依頼であった。 登録されるとテレビCMでも紹介されるし、全国組織なので全国への情報発信も手伝ってもらえると言う。 ありがたいお話だが、初期費用や毎月の掲載料が馬鹿にならず、私には出来ない相談であったので見送る。 ☆夕刻までに庚申講の会場を整える。 中町庚申講では、講宿が「刺身」、「酢の物」、「煮豆」の3種の肴とお神酒を準備する。 ☆夕刻6時に、近所の火産霊神社境内に在る庚申塚にお参りして、お神酒をいただく。 江戸時代は庚申講が盛んだったようで、町内のお寺や神社には庚申講塚が多く残っている。 ☆神社から我が家へ直行し、講宿での庚申講を行う。 中町公民館の儀式は、私の発案で私の制作した庚申碑にお神酒を注ぎ、そのお神酒を大盃に受けて皆で廻し呑みする。 肴は中町公民館伝統の前述の3種の肴をいただく。 今年の参列者は、風邪やインフルエンザおよび入院者のやむを得ぬ欠席者を除く12名の参加であった。 多分、高鍋町内で今でも庚申講を続けているのは中町公民館だけだろうと思う。 ☆講宿でのセレモニーの後は、”たかなべギョーザ”に座を移しての2次会。 2次会では、この夏に高鍋町美術館で開催される「草間彌生展」に合わせた商店街のイベントをやらねば、と熱く盛り上がる。 商店街の面々は”まちなか活性化協議会”の活動の時に直島を視察して、波止場に設置されている草間彌生の”カボチャ”を見ている。 中町公民館は戸数12戸の小さな所帯だが「たかなべギョーザ」、「つくみやフルーツ」という行列のできるお店がある。 是非、この夏の好機を活かして欲しい。 2月27日(火) ☆晴れ。 野山は木蓮も開き始め、すっかり春の佇まいとなった。 アンジェラスの森もホーホケキョの囀りが頻繁になって来た。 午後からは強風が吹き荒れて冷え込む。 ☆午前はアンジェラスの森で作業。 モニュメント本体上部の成形作業。 かなりフォルムが整って来た。 ☆午後3時から、平成5年度第2回高鍋町美術館協議会。 主な協議内容は令和6年度の事業計画について。 来年度の特別展の超目玉は、高鍋町美術館開館25周年記念「草間彌生展」である。 草間彌生と言えば世界的に今最も著名な作家であり、その展覧会が九州の片田舎のこんな小さな町の美術館で開催できるとは信じられない驚きであった。 しかもいわゆる巡回展では無く、高鍋町美術館独自の企画であり、青井学芸員が渾身の努力で開催を実現させた。 今回の展覧会は、草間彌生の作品の個人コレクターである秋田の穂積恒氏が設立した「フォーエバー現代美術館」の所有作品をお借りすると言う形で 実現できたと言うこと。 青井学芸員が開催実現の可能性について丹念に調査してたどり着いた開催だと言うことで、彼女の力量に感嘆させられた。 会期も7月13日から9月23日までの夏休みをはさんだ超ロングラン開催である。 おそらく九州内外だけでは無く、全国からの草間彌生ファンがこの高鍋町に殺到するだろう。 ☆引続いて、高鍋町美術館美術作品等収集審査委員会。 現在、高鍋町美術館では作品寄贈の申し出があったり、企画展での作品寄贈を受けたりしたものを、そのまま受け入れるのではなく、審査委員会での審議を経て、 収集作品として受け入れるようにしている。 今回、ゴリ押し的な作品寄贈の申し出があり、その作家の作品はすでに複数が収蔵されているので、これ以上の収蔵が妥当なのかについて真剣に論議された。 結果として、保留という全会一致の結論となった。 今回のゴリ押しを渋々受け入れてしまえば、高鍋町美術館の作品収蔵の方向が無視されてしまうし、この審査委員会の設立そのものが使命を果たせない。 正しい結論を出していただいたと思う。 ☆今年の空港展の会期が決まった。 やはり第3週目の6月16日から30日までの会期となった。 これは私たちの宮崎国際現代彫刻・空港展が、宮崎空港での大きな影響力を持つ展覧会だと判断された空港ビル側の配慮による会期設定である。 これで私は急ぎ、海外作家への出品案内の作業に這入らなければならない。 しかし海外作家の出品していたコロナ禍前までの全てのデータは、外付けHDDに保存していたがHDDが壊れてしまい、データは全て消失してしまった。 壊れてしまったHDDの前に使っていた古いHDDを調べてみたら、空港展の文書データが全く無い。 考えてみれば、国際展を始めたのは2000年からであったが、当時はまだ私はインターネットを使っておらず、辞書を開いてワープロで文書を打ち、 FAXで海外作家に出品案内をしていた。 このHPを開設したのは翌年の3月なので、外付けHDDは20年分のデータが消えてしまったので、ネット文書はすべて消えてしまったのだ。 あれこれ捜してみたら、古いパソコンに残っていた2014年のデータが見つかった。 2014年の文書を2024年版に修正する。 ☆片づけなければならないことが山積していて、しかもまだどれも片付いておらず、今夜は脳みそが壊れてしまうのではと感じるほどのパニック状態に成ってしまった。 2月26日(月) ☆晴れ。 冷え込んだ一日だが、午前は風も無く陽射しが強かった。 午後からは風が出てしんしんと冷え込む。 ☆アンジェラスの森で作業。 モニュメント本体上部のフォルム出し。 ☆午前にモニュメント発注の某施設関係者3名が、アンジェラスの森へ来訪。 実際の完成状態の大きさを確認して、複数の設置予定候補場所を絞りたいということであった。 だが図面で想像していた以上の大きさにびっくりされていた。 2月25日(日) ☆午前は雨。 午後からは曇り。 天気予報では午後から晴れだったが、陽射しは出ず、午後からの方がしんしんと冷え込む。 ☆一日、アンジェラスの森で作業。 モニュメント本体上部のアール出し作業。 とにかく、この石はディスクの消耗が激し過ぎる。 UFOディスクを毎日取り替えなければならないし、日立のグラインダーも古いのでカーボンがすぐに駄目になる。 ☆ラジオで花粉症のドクターの番組を聞いていたら、患者を診察中に鼻水がタラタラで凄く困ったと言う話に、はたとなった。 私の最近の鼻水タラタラは、気温の変化による風邪症状では無く、花粉症だったのだ。 アンジェラスの森は周囲は杉林である。 杉花粉による花粉症なのだ。 私は世間の花粉症で困っている方たちのようなひどい症状の自覚は無いが、春になると風邪に似た症状で鼻水が出て目がかゆくなる。 それが花粉症だと気付いたのは近年になってからだが、最近の鼻水タラタラもそうなのだ。 2月24日(土) ☆曇り。 底冷えのいちにち。 ☆アンジェラスの森で作業。 モニュメント本体上部のアール出し作業。 今日は時々薄日も差す空模様だったので、昨日のような作業メガネの曇りもなく、まずまずの作業進度。 作業をしていると冷え込みも忘れてしまう。 ☆空港展事務局・田村からの連絡で、今年の空港展の期日がまだ決まらないと言うこと。 そろそろ出品案内の時期だと気になっていた。 何時もは6月第2週からの会期だが、今年は3週目からの会期に成りそうだと言うことだが、空港ビル側の予定がまだ決まらないようだ。 2月23日(祝・金) ☆一日、雨。 気温はぐんぐん冷え込む。 ☆アンジェラスの森で作業。 モニュメント上部のフォルムを出す。 雨は小降りで風も無かったので作業には支障はなかったが、何しろ作業メガネがすぐに曇って見えなくなるし、この気温の変化で鼻水はたらたらで、 非常に鬱陶しい気分であった。 2月でこんなに雨が降り続いたことがあるだろうか。 2月22日(木) ☆今にも雨になりそうな重い曇天。 午後半ばから雨となる。 朝はとても暖かかったが、午後からは冷え込んで来る。 ☆片づけなければならないことが多すぎて、夜中にあれこれ考えていたら眠れなくなってしまった。 4時半に起きてデスクワークをする。 ☆一日、アンジェラスの森で作業。 モニュメント本体上部のフォルム出し。 125mmUFOと230mm台湾ディスクを併用。 まだ形が出ていないときには充分に時間はあると思っていたが、フォルムが出始めるとこの先の時間が読めるようになり、ぞっとしてきた。 とてもではないが、版画二人展などやっている時間は無い。 見込みが甘すぎた。 ディスクの消耗も早すぎる。 ☆ヒルティーの新規登録完了の連絡が来る。 コアビットの件は、今回はとりあえずチップをロウ付けしてもらったものを使う。 2月21日(水) ☆朝のうちに春雷。 何度も停電間際で電気がちらちらした。 宮崎の方ではかなり激しい雷だったようだ。 そして午前は強い雨。 午後は小康状態で、晴れ間が出たり雨が降ったりの繰り返し。 今日も宮崎県内は高い気温で、宮崎市は24度を越して、吹く風が生暖かった。 ☆疲労がたまって来て、体がガタガタである。 また栄養ドリンクが必要になって来た。 しかし74歳の老体で、毎日石が彫れるのは有難いことだ。 ☆午前は雨が激しく、午後に出かける用事もあったので、アンジェラスの森での作業は止めてデスクワーク。 ☆午後は妻と宮崎市へ出て、一ッ葉の運転免許センターで国外運転免許証の申請手続き。 春からのヨーロッパ周遊では訪れたい教会など多くは人里離れたところにあるので、レンタカーの利用が必要となるようだ。 念のため、妻も申請取得する。 ☆帰宅して、3月の版画二人展のための作品マグネットのデータを作成して、発注する。 その二人展のDMが届く。 もう間もなく2月も終わる。 版画二人展も直ぐに始まるし、モニュメントの仕上げもしなければならないし、旅の色んな準備もしなければならない。 息つく暇も無い。 2月20日(火) ☆夜明け前に雨。 夜明けてからは曇り。 今日も宮崎県内は20度以上のとても暖かい陽気。 午後は陽射しも出たので、真冬用の作業服を洗濯する。 ☆いちにち、アンジェラスの森で作業。 モニュメント上部の厚み落し。 125mmUFOディスクと230mm台湾製ディスクで作業。 125mmディスクはもう摩耗してしまった。 ☆チップを取り付けて貰ったコアビットが届く。 ヒルティーのコアビットは本体の厚みがとても薄いので、業者の方は苦労されたようだ。 本体の厚みは最低2mmは必要なのだそうだ。 ☆西日本新聞の伊藤先生聞き書き「青の月光」が今日から始まった。 パソコンから開くと購読登録はパソコンの方は非常に簡単だったので、登録してログインして読む。 ”聞き書き”なので、神屋支局長の取材記事というスタイルではなく、伊藤先生の語りという形である。 2月19日(月) ☆夜明け前から雨。 日中は本格的に降る。 夕刻に一気に快晴。 今日も20度を越す暖かい季候。 ☆午前にアンジェラスの森。 モニュメント本体をリフトでそれぞれの側面に倒し、側面のフォルムに切り込みを入れる。 再び起こしたところで雨が本格的になり、あわててテントを張る。 上部のフォルムの墨入れをしようとするが、テントを張っている間に雨に濡れて墨入れが困難になる。 一応当りを付けてディスクで印を入れる。 ☆午後は雨が強くなってきたので、自宅ワークに切り替える。 モニュメント上部のフォルムを正確に出すために、上部のフォルムの平面図面を引く。 そして版画のマットが届いていたので、妻が傍らで版画にマットを取り付けて額装しているのにつられて、私も版画のマット・額装作業をする。 ☆西日本新聞宮崎支局長の神屋さんから、取材中だった伊藤一彦先生の聞き書きシリーズ「青の月光」が明日から連載開始と言う連絡が入る。 連載は週5回、計50回の連載になると言うこと。 私も伊藤先生の初任校の教え子という立場での取材を何度か受けているので、終盤の方で写真入り(昨夏の「心の花」主催の彫刻巡りツアー等)で登場するらしい。 だが現在、宮崎県内での西日本新聞の販売は廃止されていて、宮崎県立図書館に週遅れで這入るだけである。 ネットで見れるが、それは有料である。 それでスマホで西日本新聞購読のアプリを入れようとするが、購読料支払いの手続きのところでGoogleアカウントのパスワード入力でエラーして先に進めなかった。 よくもまあ、みんなこんなに面倒な手続きをこなしているものだ。 ☆台湾の張さんから、4月に開催されるストーン・カービング・イベントへの招待が届いた。 このイベントには、南アジア、北アジアから3名の作家が招待されるが、主催者が私の招待を望んでいると言うこと。 台湾にはまた是非行ってみたいし、とても嬉しい招待だが、残念ながら私は4月に這入ったら直ぐに妻とヨーロッパへ旅発つ。 その旨の返事をすると、次回には是非ということ。 ☆私が作家推薦をして、奈良の飛鳥石舞台で公開制作していた韓国のチェさんは、無事に制作が終わり、明日には帰国すると言うこと。 飛鳥の石はとても硬い石だったと言うこと。 2月18日(日) ☆晴れ。 非常に暖かい一日。 ☆アンジェラスの森で作業。 天気予報では明日からずっと雨である。 モニュメント作業がかなり遅れているので、晴耕雨読とのんびり構えてはおられない。 作業を始める前にテントを準備する。 テントは脚を止める金具が故障していたのだが、脚を抜いてみると修理できた。 ☆一日、モニュメント本体上部のフォルム出し作業。 やはりこの桜御影石は相当に硬い。 昨日から使い始めた新しい125mmUFOディスクがもう摩耗して、交換しなければならなかった。 2月17日(土) ☆晴れ。 気温も高く、空気も澄み切って爽やかな気持ちの好い季候。 里山が長閑な春の景色になって来た。 アンジェラスの森ではホーホケキョも鳴き始めた。 ☆いちにち、アンジェラスの森で作業。 リフトでモニュメント本体を起こして、上部のフォルム粗出し作業に入る。 マキタのグラインダーは温存して、溝切り作業だけなら日立の100mmグラインダーで問題ないので、新しい100mmフラットディスクで作業をする。 最初は切れ味が良かったが、直に全く切れなくなり、いくら研いでも使い物にならなくなった。 このモニュメントの桜御影石は高鍋駅前モニュメントと同じ桜御影石なので、やはり凄く硬いのだ。 それで日立の100mmグラインダーに変換リングを嵌めて、常用している125mm軸径22mmのUFOディスクを取り付けてみたら、ピッタリ納まった。 100mm仕様のグラインダーに125mmのディスクを取り付けると負担が大きいが、日立の100mmグラインダーなら何本も持っているので故障しても問題ない。 それに、やはり125mmUFOディスクの方が切れ味が良い。 これでグラインダーの問題は解決した。 ☆帰路に思わぬ事態に遭遇。 交差点が赤信号なので停止し、青になったので交差点に這入った。 そうしたら左の車線に停止していた車が、進行方向が完全な赤になりもうすでに私が交差点に這入っているのに交差点に侵入してきた。 私がいくら信号が赤だよとジェスチャーしても、無視して交差点を進み右折してきた。 周囲の車の運転者たちもびっくりされていた。 運転していたのは高齢者では無く、40代半ばくらいの女性だった。 おそらく右折しようと思ったら信号が赤になり、停止線を越えて停止してしまったので、そのまま停止線を越えたままでいるのは違反だと思われて強硬発進したのだろう。 最近は高齢者の事故が連日のように起きているが、高齢者では無くてもこんな無謀な人が居る。 2月16日(金) ☆いちにち曇天。 とても暖かい一日。 ☆アンジェラスの森で作業。 午前のうちにモニュメント本体の下部アウトライン出し作業を終える。 午後にリフトで倒し、側面のフォルムに沿ってディスクでラインを入れる。 ところがグラインダーの調子が悪くなり、何度もカーボンを綺麗にしても、カバーも外してダストを落しても直ぐに動かなくなる。 このグラインダーは先日にカーボンを替えたばかりだったのに、カーボンがいびつに摩耗してしまっていて、本体も熱くなってしまっている。 ☆作業にならないので、急遽帰宅して代替えのグラインダーを探すが、もう1本のマキタは不具合でブレて使えないものだった。 そういえば駅前モニュメントの制作で、マキタのグラインダーは次々に壊れてしまって、今使っている物しか残っていないことを想い出した。 私の使っている125mm径、軸径22mmのUFOディスクが使えるグラインダーはホームセンターには売っていないし、ネットで買ってもかなり高い。 先日カーボンを買えたばかりなのに、カーボンがいびつに摩耗してしまうのであれば、今使っているマキタも直ぐに動かなくなってしまう可能性が高い。 今の状態で、高いグラインダーまで買い換える余裕は無い。 適合するカーボンももう1組しか残っていなかった。 ☆ヒルティーのコアビットを新しく買うと矢張り高いので、ダイヤモンドチップの交換だけができればかなり安い費用で収まるはずだ。 香川の牟礼町は石材店の町で色んな石材関係の専門業者があり、ダイヤモンドチップのロウ付けもやってくれる業者があるのを思い出した。 それで牟礼在住の友人彫刻家・太田氏にラインで尋ねたところ、やはりロウ付けできる業者があり価格も尋ねてくれたので、ロウ付けしてもらうことにして宅急便で送る。 ☆そのヒルティーのカスタマーから、業者登録の件で電話があった。 ”ずいぶん昔にですね、同じ高鍋町の住所・電話番号でガス・排水設備業者の田中さんが登録されているんですが・・・” ”えっ?いえ、ずっと私は田中等彫刻工房ですよ” ヒルティーの宮崎営業所が在った時分にはかなりヒルティーのお世話になっていたので、多分業者登録はしていたはずだがとは思っていた。 登録時に担当者が業種を間違って登録していたのだろうか? 狐に摘ままれた感じである。 2月15日(木) ☆朝方まで雨。 雨は朝のうちに上り、午後からは一気に晴れる。 気温はぐんぐん上昇して、宮崎県内は5月の連休並みの23度前後まで上昇。 急な気温の上昇で、午後からは体がだるくて眠くてかなわなかった。 ☆アンジェラスの森で作業。 モニュメント本体の下部のアウトライン出し作業。 ポルトガルの突貫作業で傷めた左手の手首と親指の付け根が痛くてたまらない。 やはり疲労骨折しているのではないかと思う。 夕食の準備中に電気炊飯器の釜を洗っていたら、水で満杯の釜を持ったとたんに激痛で思わず流しのシンクに落してしまった。 ☆ヒルティーのカスタマからの連絡で、ホームページでのアカウント登録は仮の登録で、正式に登録すれば支払いは口座振り込みが出来ると言うこと。 どのみち彫刻作業を続けていればこれからもヒルティーの製品は必要になるし、今は宮崎には営業所が無くなったのでネットで購入するしかない。 正式登録をする。 4月からの海外周遊の資金がこうして色んな出費で減っていくが、工具を調達しないと仕事も進まない。 2月14日(水) ☆晴れのち曇り。 午后後半から雨。 気温は高く、宮崎県内は各地で20度を越える。 ☆午前にアンジェラスの森。 ヒルティーの30mmコアが駄目になってしまったので、もう1本の手持ちの50mmのコアを使ってみた。 しかし全く切れない。 これまでにもこの50mmは切れが悪く、ヒルティーの専用砥石で研いでも効果は無く、心棒穴を開けるのに何日もかかった。 今回はそんな時間の余裕は無いので、ヒルティーの作業は諦めて、モニュメント本体の粗落し作業に入る。 ☆ヒルティーのカスタマサポートに着脱式のコアビットの在庫を尋ねてみたら、在庫があるとの返事が届いた。 だが私が使っているタイプのものはもうかなり古いタイプのもので、現在はタイプが違っている。 しかし私の使っているドリルのDD80Eに適応していると言うことなので、購入することにした。 ヒルティーのコアビットは非常に高価で、35,000円余もする。 今回のモニュメントは予算がとても少なくて余計な出費はしたくないが、作業が進まない。 それでアカウント登録をして注文しようとしたら、引き落とし出来るカードの種類が限定されていて、私の持っているカードでは注文できなかった。 ☆午後は急激に重い雲が覆って来て、アンジェラスの森は雨になりそうなので、宮崎市へ出て、宮崎県立美術館で開催中の第4回みやざき総合美術展を 観に行く。 この日記で毎回書いているように、このみやざき総合美術展はどうしようもない内容で、妻はもう2度と行きたくないと言っている。 私は文化年鑑を執筆しなければならないので、見ない訳にはいかない。 彫刻部門の大賞は私の大学先輩の山中さんの木彫。 山中先輩は絵画が専門だが、退職して奥さんの実家に帰って来てからはずっと仏像的な木彫をされている。 彫刻らしい作品はこの山中先輩の木彫だけで、後は宮崎大学の学生中心の低レベルのインスタレーション的作品ばかり。 しかも、近年は宮崎県の公募展の方向に嫌気を指して、宮崎の彫刻家たちは誰れ一人、応募しなくなった。 見ようによっては、数年前までの工芸的作品が姿を消し、肩の張らない楽しい明るい会場構成にはなった。 明るい雰囲気にはなったが、会場は彫刻作品充実度とはほど遠い中学生の文化祭レベルになってしまった。 時間をかけて、自分の能力を命がけで注ぎ込んだ”力作”は姿を消してしまった。 会場から”感動”が消えてしまった。 ☆知人が受賞されている書道部門と工芸部門には目を通した。 絵画部門は、ベテランの実力作家たちへの評価では無く、まったくの初心者しか受賞出来なくなったド田舎の公民館レベルの公募展になってしまったので、 足を運ぶ気力は無い。 世の中、どうしてこういう流になってしまったのだろう。 多くの人たちは美術展には感動を求めていくはずだ。 だが今の審査員たちは、あえて人々に感動を与え魂の奥底に深く訴える作品を選ぼうとしない。 生まれて初めて絵を描いたような人たちに大きな賞を与える。 これでは県内の一生懸命自己表現をしている作家たちは出品意欲を失うし、妻のように美術展へ足を運ばなくなった人たちも増える。 何を目指している公募展なのだろう。 今の世の中自体が、何を目指しているのか分からない”多様性”の時代になってしまった。 因るべき価値観が崩壊してしまって、みんな戸惑っている。 2月13日(火) ☆晴れ。 夜明け前は放射冷却で冷え込んだが、日中は気温が上昇。 アンジェラスの森ではスマホが20度を表記。 しかし昨日の方が暑かった気がする。 ☆アンジェラスの森で作業。 モニュメント本体にベニヤ型を使ってフォルムの墨入れをする。 心棒穴を開けるためにモニュメントを返し、底部を上にする。 モニュメント本体側面のフォルムを出して、底部のフォルムを割り出して、本体と台座に接合部のフォルムを墨入れする。 ☆午後から心棒穴の作業。 ヒルティーのコアドリルで作業をするが全く切れない。 作業場には水道設備が無いので、柄杓で水を掛けながら作業するが熱でビットのダイヤモンドチップが焼ける。 それでウオーターコレクターをしっかり締めて、水が抜けないようにして作業したら少しずつ掘れてくれるようになった。 だが途中で異音がしてきたのでビットを点検したら、なんということか熱でビットのダイヤモンドチップが溶解してしまっていた。 ☆帰宅して、ヒルティーのビットをネットで検索するが、私の使っているワンタッチ着脱型のBIコアビットが全く出てこない。 ネット相談室の口コミ欄には、今はこのビット本体は取り扱いが無く、ダイヤモンドチップの取り替えのみ行っているとある。 しかし今は宮崎にはヒルティーの営業所はない。 なにか方法を考えないと。 ☆免許更新のための認知症機能検査と高齢者講習の案内はがきが届いた。 えっ、免許更新なんてコロナ禍に這入って受けたばかりではないか。 免許証を確認すると、有効期限が今年の8月15日になっていてびっくりである。 ネットで調べると、71歳以上は免許証は3年間で更新しなければいけないのだそうだ。 すっかり失念してしまっていた。 しかも検査と講習に7,500円もかかる。 確かにここ1年ほどは自分の高齢化を感じることが多くなってきた。 2月12日(月) ☆晴れ。 非常に暖かい陽気。 午後からは作業ジャンパーを脱いで作業する。 ☆アンジェラスの森で作業。 今日からようやくモニュメント本体の作業にかかるが、きょうは作業場の環境整備で終わる。 先ずモニュメント本体の梱包木枠を解体。 解体にはチェンソーを使ったので、ついでに作業場の背後の樹木を切る。 ここは私がアンジェラスの森で作業を始めた場所で、枕木を敷いてテントを張って作業をしていた場所である。 その後、プレハブや倉庫を立てたり、コンクリート張りの作業場を整備し、その後は石材店に作業場を移したので使わなくなり、何時の間にか 樹木が生い茂ってしまった。 ☆チェンソー作業を終えて、モニュメント本体のベニヤ型と台座との位置合わせをする。 台座は歪みを修正したので図面の寸法より小さく成り、やはりモニュメント本体が大きすぎた気がする。 モニュメント本体の位置を決め、心棒の位置を決める。 ☆午後は作業場に山積みになっている端石を片づけ、周囲の草を除去したりの環境整備。 そして台座をコンクリート作業場の奥に移動し、モニュメント本体の石を据え直す。 こんな風にコンクリート作業場がすっきりと本来の姿に戻ったのは24年ぶりである。 大きな作品をこのアンジェラスの森の作業場で制作したのは2000年が最後で、以降は石材店での制作になっていた。 ☆リフトの轍には今日も駅前モニュメントの端石を敷き詰めたので、今日のリフト作業にはかなり助かった。 ☆新しいスマホとワイヤレススピーカーがBluetoothで接続できない件は、メーカーのJBLの仕様書をネットで調べてみたら、スピーカー側にペアリングのスイッチがあり、 それを押してペアリングをすることがわかった。 これまではそういう作業をせずにペアリング出来たのだが、これで問題は解決した。 新しいスマホを使いこなすまでにはまだまだ時間がかかる。 ☆妻が注文していたポケトークが届いた。 しかし夕刻に買い物から帰って来ると、妻がポケトークが動かないと悪戦苦闘している。 充電後にポケトーク本体が熱く発熱し、画面が点滅状態のままでまったく操作できない。 それで営業終了直前のエディオンへ持って行って、点検してもらうことにした。 夫婦でモバイルに振り回されている。 2月11日(日) ☆晴れ。 陽射しが強く、車の中はとても暑かったが、強い寒風が吹き荒れて冷え込む。 ☆朝一にドコモショップへ新旧のスマホを持って行って、データの移行をお願いする。 スマホ本体の画像の移行はスムーズに行ったが、SDカードに這入っている画像が移行できないと言う。 カードリーダーではSDカードの中の画像を見れるが、データ移行の機器ではSDカードの認識が出来ないと言う。 しかしカードリーダーで見た画像はすでに新しいスマホに移行した画像と同じものだったし、私の作品画像でパソコンからコピーしたものなので問題ない。 SDカードは破棄してもらう。 ☆新しいスマホに移行した画像は、以前のスマホのギャラリーで作成していたアルバムが移行されていない。 全ての画像がギャラリーに羅列されている。 それでまた新しいアルバムを作って画像を整理するが、画像を”コピー”では無く”移行”で操作しても、画像が元のギャラリーに残ったままである。 それではどこまで画像をアルバムに移行したのか分からない。 ネットや書店のスマホ本をめくって調べたりするが、どこにも対応の説明が無い。 ☆また色んな必要なアプリが新しいスマホに移行できていない。 また設定し直さなければならないのだろう。 ☆版画二人展に必要なマットを割り出して、注文する。 時間のかかる作業なので、こうしてデスクワークをしている時にしか作業できない。 ☆午後に、某施設モニュメント本体のベニヤ型を作る。 これで台座との位置合わせをして、心棒の穴位置を決める。 2月10日(土) ☆晴れ。 暖かい春の陽気。 ☆午前に妻と高鍋町美術館で開催中の「河野扶 向こうからやってくるもの」に出かける。 河野扶氏は美々津出身で、高鍋高校の前身の高鍋中学校出身で、私の大先輩になる。 東京大学の理学部数学科を卒業し、長年に渡り東京で数学の教諭をされた異色の画家である。 私の父が高鍋中学校の第一期生で、やはり同級生に東大に進まれた方が居たので、昔の高鍋中学校はエリートばかりだったのだろう。 河野扶氏の作品は、高鍋町美術館には小作品が1点収蔵されているだけだが、その特異なアンフォルメルな画面と特異な経歴からすごく興味を持っていた 方である。 私の同級生で東京在住の画家・宮本君が生前の河野氏と交流があり、宮本君も表面的な技巧を拒否する作家なので、河野氏とは深いところで共鳴しあっていたようだ。 何よりも、一挙に多数の河野氏の作品で埋め尽くされた高鍋町美術館の展示室に圧倒された。 東京では高い評価を得られていたようだが、なにしろ今回の高鍋町美術館での展示が九州では初めての回顧展なのだ。 絵の具の厚塗りの画面は様々な実験がされている。 とても圧倒され、魂を吸い取られる作品も多くあり、久々に感動のひと時であった。 ☆新しいスマホが届いたので、午後に妻とドコモショップへ。 スマホが昨日から大幅割引となり、初期手数料が用意していた金額の半額であった。 手続きを済ませ、データの移行をお願いしていったん帰宅したが、私の以前のスマホには大量の画像データがあり、移行にエラーが出てしまうと言う連絡が這入った。 それで、移行はできるが今日の営業時間内には終了しないので、明日朝から移行作業をやっていただくことになった。 ☆スマホが替わると、操作がまるっきり分からない。 知人からのラインに返事をしなければならないが、文字が日本語で打てない。 妻がネットで調べてようやく設定出来た。 また毎晩のライブ練習に、スマホでの録音演奏をワイヤレススピーカーで流して演奏しているのだが、Bluetoothでスピーカーを認識しない。 よくもまあこんな大変なことをみんなこなしているものだと仰天する。 ☆以前のスマホの画像を少しでもパソコンに移行させておこうと思って作業を始めたが、最初はうまく移行できたが、途中からやはりエラーが出始めて出来なくなった。 2月9日(金) ☆晴れ。 陽射しは強かったが、午前は空気がとても冷たく、冷え込んだ。 午後は暖かくなる。 ☆疲労が溜まって来て、体がガタガタになって来た。 モニュメントの制作が予定よりかなり遅れてきているので、この先は全く休めない。 ☆一日、アンジェラスの森で作業。 午後半ばまでに台座の天部の面出し作業を終える。 施設担当者が設置状態を確認できるように、同じ作業場にモニュメント本体の石を置く。 しかし思っていた以上にモニュメント本体の石のサイズが大きくて、ぞっとなる。 これは大変な作業になる。 何としてでも春にヨーロッパへ発つ前に設置しておかなければならないのだ。 ☆作業場は長年大きな作品の制作をしていないので、作業場の中に色んな石の端材が山積みになっていて、台座と本体を同時に置けるスペースが無い。 台座を出来るだけ奥に置きたいのだが、リフトで移動すると吊った台座石が大きく振れるので、山積みになっている端材に激突してしまう。 それで慎重にリフトを操作していると、何度もリフトを切り返して行き来するので、次第に黒土の地面がヘドロ状態になってタイヤがのめり込んで動かなくなってしまう。 なんとか脱出はできたが、帰り際に駅前モニュメントの端材をぬかるんで深くなった轍に敷き込む。 2月8日(木) ☆朝のうちは曇天。 雲は直に晴れて快晴となる。 暖かい一日。 ☆アンジェラスの森で作業。 午前に台座左側面の面出し作業。 根を詰めてのダイヤカップ作業は疲れる。 午後にリフトで起こし作業。 ようやく天部の面出し作業に入る。 明日には台座の作業を終えて、本体の作業に這入りたい。 ☆某施設の担当者からも設置場所確定のために、完成状態が確認できるようになったら打合せに出かけたい旨の連絡があった。 今月20日あたりでの立ち合いを目途に、本体の粗取り作業を進めたい。 2月7日(水) ☆晴れ。 午後からは雲が多くなる。 とても暖かい一日。 ☆午前はアンジェラスの森で作業。 台座の左側面の面出し。 側面を垂直に落したときに、かなり内側に喰い込んでしまっており、その修正作業に時間を取られてしまう。 ☆午後は妻とドコモとエディオンへ。 先ずエディオンで、春のヨーロッパ旅行用に妻がポケトークを購入。 最新のポケトークはカメラが付いていて、レストランのメニュー等の翻訳ができる。 今日は一日限定のお客様感謝デーで、店頭の全商品が10%引きだったし、ポイントもかなり溜まっていたので、定価の3分の1くらいで買えた。 私のポケトークは、コロナによる海外旅行停止でSIMの期限が切れてしまっているが、エディオンでも延長カードが購入できるようだ。 ☆次にドコモショップへ。 私のスマホがもう容量がいっぱいで動作も重いので、買い換え時期かなと感じていた。 妻のスマホも時々発熱するので、妻のスマホも点検してもらった。 その前に現在の契約内容をチェックしてもらったら、もうかなり以前の契約なので、新しい契約様式からするとずいぶん無駄な経費を出費しており、 容量制限も多いことがわかった。 何より、契約当時にはタブレットも使っていたので、そのタブレット契約費用も毎月請求されていたことが分かった。 それで今の契約プランを解約して、新しい契約プランで契約し直すことにした。 またdカードを契約すると、海外旅行保険が付いていて、一般の海外旅行保険並みの補償が出るとのこと。 これだと、高額の海外旅行保険に加入する必要はない。 それに空港ラウンジも使えるということで、イスタンブールのように乗り継ぎの待ち時間が長時間に及ぶときはすごく有難い。 結局、私も妻もスマホを最新式のものに替えた。 私のスマホの中の画像をパソコンに移動しようとしてもエラーばかりで出来なかったのは、私のスマホが劣化して負荷がかかりすぎていたためで、新しいスマホでは その心配はないということ。 ☆ついでに海外でのネット環境についても尋ねてみた。 30日以内ならモバイルWiFiが最も有効だということだが、60日ならSIMカードが有効だと言うこと。 今のスマホはSIMカードの設定は不要で、差し替えるだけで良いのだそうだ。 2月6日(火) ☆晴れ。 午後からは雲が出る。 非常に暖かい一日。 ☆一日、アンジェラスの森で作業。 モニュメント台座の左側面の作業のために、リフトで起こす。 連日の雨で森の中の地面が弛んでしまって、リフトがのめり込んで動かなくなってしまう。 そういう危機をなんとかやり過ごして、無事に作業を進める。 フォルムの大きな歪みが生じているので、その修正をしながら左側面の面出し作業をする。 ☆モニュメントの建立趣旨をまとめて、某施設担当者へ送る。 ☆夜はライブの練習。 今回のライブの演奏リストに這入っているが、私はもう1年ほど前にしか演奏していないので、私は今回のライブ演奏ではジョイントしないつもりだった曲がある。 その曲を演奏してみたら、これまたミスなく樂にハーモニカが吹けるのである。 呼吸も全く乱れない。 同じく、以前のライブでミスばかりしていたので今回は演奏に参加しないと決めていた別の曲も、久しぶりに演奏してみると、全く樂にミスなく演奏できる。 やはり一生懸命練習した曲は、体が覚えてくれている。 ☆我が家を設計してくれた建築家のD君から、2023年の句集「足ひこうき」が届く。 毎年こういう句集を出版できることは、とても羨ましい。 2月5日(月) ☆午前は雨。 午後は急速に青空が拡がる。 日中は暖かかったが、午後半ばからは風が出て冷え込んで来る。 ☆午前は雨のためデスクワーク。 春からのヨーロッパ旅行でのネット環境について調べる。 今は殆どのホテルとレストラン等には無料WiFiが完備しているので、ネットで不自由することはない。 ただシンポジウムと違って、旅行は毎日が移動で、外出先でのスマホでの予約や検索が必要になって来る。 ポルトガルで使ったグローバルWiFiは、私も妻も共用で使えるが、本体とバッテリーを携帯しなければならないのでかさばるし、何しろ2カ月も借りると 10万円ほどになる。 かといって格安のSIMは殆どが最大で30日間の使用期限があり、2カ月も使えるものは見つからない。 ポケトークにはテザリング機能がないようだ。 ☆午後は晴れたので、アンジェラスの森へ上がる。 モニュメント台座の正面上部の面出し。 かなり形がゆがんでいるので、これから修正作業をやっていたら、まだまだ台座の制作に時間がかかる。 下手すると、本体のモニュメント制作の時間が足らなくなる。 2月4日(日) ☆今日も一日雨模様。 ☆したがって今日もデスクワーク。 午前に、3月の版画二人展のDM原稿をイラストレーターで作成。 私の掲載作品は楮和紙を裏打ちした作品に決めていたのだが、我が家のスキャナーではベタな色合いになってオリジナルの味わいが全く出ない。 それで正月に刷った作品に入れ替える。 妻の作品も候補の3点をそれぞれに印刷してみて、掲載作品を決定。 ネットで印刷を注文する。 ☆午後は、ボール紙版画の後半に刷った作品のタイトルを決めて、スキャンする。 今のところ、木版画・紙版画・彫刻で20点余は二人展に出品できる。 時間があれば木版画を何点か追加したい。 ☆夕刻に某施設モニュメントのコンセプトを考える。 そろそろ作品プレートの原稿をまとめて発注しなければならない。 ☆今夜から、二人展開催中のアフタヌーンコンサートの練習を始める。 私は時期的に某施設モニュメントの設置時期と重なるし、それどころではないので、今回はコンサート出演は見送ることにしていた。 しかし妻と講師の片貝さんが、私がハーモニカでジョイントするのは当然という感じで段取りを進めてしまっている。 それで、今から練習しても大丈夫そうな数曲だけにジョイントする覚悟で、今日から練習に這入った。 ところが12月9日のピムリコでのセッション以降、まったくハーモニカを手に取っていないのに、今夜はほとんどミスなく演奏できたのである。 ライブの練習中は何度やってもミスばかりで、本番でもミスばかりだったのに、今夜は全くミスが無く、私も妻もびっくり。 そして久しぶりにハーモニカを吹くと、息切れで死にそうになってしまうのに、今夜はまったく息切れなど起きなかった。 やはり練習した分、体が覚えているのだ。 ライブのための練習中は、強迫観念で気持ちが強張ってしまっているのかもしれない。 2月3日(土) ☆朝のうちは陽射しがあったが、次第に雲が厚くなり、午後からは雨。 気温の冷え込みはなし。 ☆朝に木版画の裏打ちをする。 しかし、今日は絵の具が滲んでしまった。 ☆午前にアンジェラスの森へ上がる。 台座正面の面出し。 だが形のひずみやコヤスケ落し作業でのえぐれが目立って来て、もう一度形を取り直す必要が出て来た。 無償提供の台座制作に思わぬ手間を取られてしまっている。 アンジェラスの森は天候の崩れが早いので途中で雨になり、早めに引き揚げる。 ☆午後は本格的な雨となり、確定申告の経費出しの作業をする。 ☆今日は節分だが、何時も注文する生協の落花生に今年は鬼のお面がついていなかったので注文しなかった。 夕刻に生協に買い物に行ったら、やはり売られていた落下生には鬼の面が無かったので買わなかった。 という訳で、結婚して初めて、節分の豆まきはなし。 恵方巻は関西の風習で、小僧寿しが営業で全国に広めたもの。 したがって私と妻にはそういう風習は無いので、恵方巻なんて食べたことも無いし、食べようとも思わない。 2月2日(金) ☆朝のうちは小雨。 午後は小康状態。 ☆今日も山手の方は雨模様なので、デスクワーク。 昨日に試験的に楮和紙の版画を水張りで裏打ちしてみたが、絵の具が滲んだ気配はなかった。 それで正式に刷り上りの好い版画を裏打ちする。 夜に確認すると、全く絵の具の滲みはなく、これでこのペラペラの楮和紙の使い方が呑み込めた。 ☆確定申告の経費出し作業を進める。 ☆このHPのWork7に、ポルトガルの作品画像をUPする。 2月1日(木) ☆雨。 夜明け前は頭上に月も出ていたし、夜明けてからも空の半分には青空が拡がっていた。 しかし次第に東から雨雲がせり出してきて、雨となる。 暖かい一日。 ☆雨なので、今日もデスクワーク。 うちぬき21の事務局から案内英文の修正が届いた(と言っても、2024英文の要項そのものの貼り付け)ので、海外作家あてにBCC一斉送信をする。 ところが最初に送ったBCCがずっと送信中のまま。 どうやら送信件数がオーバーしているようなのだが、その停止の仕方が分からない。 ネットで調べると、メールをオフラインにして再起動すると削除できるとあり、ようやく送信中のメールを削除する。 年々、BCCの送信件数の制限が厳しくなっている。 それで海外作家のBCC連絡先グループは4つのグループに分けてあるのだが、それでは送れない事態になったので、4つのグループをまた8つのグループに 分ける作業をしなければならなくなった。 新しい連絡先グループを作って、そこに振り分けなければならない。 その新しいBCCグループで送ってもまだ送信中のまま送れないグループもあって、さらに小分けしなければならない。 この作業が滅茶苦茶に大変な作業で、無事に海外作家たち全員にBCC送信出来るまで半日もかかってしまった。 メールアドレスを登録していない海外作家にも案内しなければならないので、フェイスブックのISSI(国際シンポジウム彫刻家連盟)と私のフェイスブックにも投稿する。 この作業は全くのボランティアである。 先日からこんな作業ばかりやらされている。 ☆午後からは版画の作業。 ボール紙版画の3月の二人展に出品する作品を選ぶ。 やはりペラペラの楮和紙にプレス機で刷って、裏打ちした作品が味があって良い。 更に、木版画の3色目を昨日同様に楮和紙を霧吹きした新聞紙で湿らせて刷る。 このままだとペラペラでマット紙に額装できないので、失敗した作品を裏打ちしてみる。 裏から水で溶いた糊を塗ると、絵の具が滲んでしまいそうなので試しにやってみる。 ☆夕刻から確定申告の準備。 経費の算出から手を付ける。 ☆あっというまに2月になった。 4月から日本に居ないのだが、これからの2カ月も怒涛の日々と成りそうである。 1月31日(水) ☆雨。 夕刻からは雲が切れて青空がのぞく。 気温の冷え込みはなく、暖かい陽気。 町中でもあちこちで連翹や梅の花が咲き誇って来た。 ☆雨なので、今日は版画の作業をする。 先日に1色目を刷ったペラペラに薄い楮和紙に、2色目を刷ってみた。 しかし湿さずに刷ると、やはり絵の具の馴染みが全く悪い。 かと言ってボール紙に水を霧吹きして紙を置いてみると、たちまちびしょびしょになって仕舞う。 それで新聞紙を湿して、そこに紙をはさんで水分を与えてみると、なんとか刷れた。 ☆ボール紙版画はマット紙を注文しなければならないので、マット紙のサイズを出す。 ☆夕刻から妻と高岡町の葬祭場へ、元・宮崎彫刻グループの仲間だった鬼塚氏の奥さんの通夜に出かける。 鬼塚夫妻は私たち夫婦の仲人である。 また宮崎彫刻グループ活動の初期は、私たちはよく集まって飲み食いし、熱く語り合った。 多くは鬼塚家に押しかけ、奥さんに大変お世話になった。 近年病に倒れ、自宅で療養され、今朝家族に見守られながらご自宅で息を引き取られたと言うこと。 今どき、自宅で家族に見守られながら臨終を迎えることが出来るなんて幸せなことだと思う。 家族の皆さんも大往生ですと語られていた。 鬼塚氏とも久しぶりにお話した。 宮崎彫刻グループの奥村、田村、山田とも葬祭場で落ち合う。 御棺のなかのお顔も肌がつやつやして安らかだった。 大変お世話になりました。 1月30日(火) ☆曇り。 暮れ落ちてから雨。 気温の冷え込みは無し。 天気予報ではこの先ずっと雨マークである。 ☆朝一に、高鍋高校OB美術展事務局からの依頼で、在校生・顧問との交流対応の流れを経緯的に文書にまとめる。 現在の事務局担当者は、この交流についての会員相互の協議の時にはまだ未加入だった。 したがって在校生と顧問との対応については、何も知らずにただ在校生の作品展示の案内だけをしていたことになる。 OB美術展と在校生・顧問との交流の流れを、きちんと交代した新しい事務局に伝えていなかった私たち古参会員の怠慢である。 だが何故私がこういう文書をまとめなければならないのか、別に私が提案した事案でも無く、皆で話し合ったことである。 悶々とするが、こうしてきちんと経緯をまとめることが出来るのは私しかいないのかなと受け止める。 ☆一日、アンジェラスの森で作業。 正面の面出し作業。 午後から雨の予報だったが、雨はパラパラ程度で作業には影響は無し。 ☆夕刻に、ようやく”うちぬき彫刻公開制作2024”の案内をBCCで国内作家宛に発信する。 海外作家にも送ろうと思ったが、事務局から送られて来た案内文の英文が2020年のものでスケジュール内容も2020年のままだったので、訂正をお願いする。 1月29日(月) ☆快晴。 暖かい一日。 里山は菜の花と梅の花が満開。 ☆朝一に高鍋町役場税務課へ償却資産申告書を提出。 ☆一日、アンジェラスの森で作業。 午前は台座の右側面の面出し作業。 午後は底部に心棒穴をあけ、倒して正面の面出し作業を進める。 ☆天気予報では明後日からずっと雨である。 数日の雨なら版画制作と確定申告の作業に充てられるが、長雨になるとモニュメントの作業がストップしてしまう。 1月28日(日) ☆朝のうちは曇天。 雲は次第に切れて晴れる。 陽射しが戻ると気温も上昇。 ☆午前はボール紙版画の裏打ち作業。 ☆午前11時から高鍋高校OB美術展の打合せおよび新年会。 ”御船”にて9名の出席。 OB美術会の目下の最大の課題は新規会員の発掘だ。 古参会員は高齢で次々に他界し、病に倒れてしまっているが、かといって若手の会員の参加はほぼ無い。 このままでは10年後にはOB会は消滅する。 だが、かといって私たちの年代は40歳台以下の後輩についての情報が全く無い。 若手会員の発掘の仕様が無いのである。 しかし、この会が7回展の時に、OBと在校生の交流を活発させようと意思統一し、OB展と併設して在校生の展覧会も開くようにしてもらい、一度はお互いに自己紹介 の場も設定した。 そして当時の資料には、大学に進んだ後輩の一覧名簿も作成し、大学生もOB展に参加してもらうように大学生の出品料規定も定めた。 だがその趣旨は何時の間にか忘れ去られてしまい、OBと在校生との交流は一切無いし、美術部の顧問との交流さえも無い。 それで今年は在校生と顧問とOBとの交流を計ることで動いてもらうことになった。 ☆お酒を呑んだのは私とK氏の2人だけだったが、版画の仕事もあったのでK氏からの2次会への誘いを断って帰宅する。 ぽかぽか陽気で静かな日曜日の午後を、お堀に沿って歩んでいると、高鍋という町の好さをつくづく感じた。 ☆帰宅すると、昼間の酒が猛烈に効いてきて、眠くてたまらず、夕刻まで寝室で寝てしまった。 途中でK氏からの呼び出しの電話も這入ったようだが、昏々と眠る。 1月27日(土) ☆快晴。 日中は陽射しが強く、とても暖かかった。 車を走らせると、どこも大変な車の混雑。 久しぶりの温かい陽気で多くの方が外出されたようだ。 ☆今日と明日は、アンジェラスの森での作業は休んで休養する。 午前に、先日彫った木版画を刷ってみる。 越前和紙が全く届かないので、先日ネットで注文していた楮の和紙を使ってみた。 しかし紙が習字紙のようにペラペラに薄い。 試しに湿してみるとたちまちびしょびしょになり、刷ってみると絵の具が滲んで拡散してしまう。 この楮和紙は湿してはいけないようだ。 それで湿さないまま1色目を刷ってみる。 そして先日にボール紙版画をこの楮和紙に刷ったものを、画用紙を水張りしたものに裏打ちする。 ☆午後から妻と宮崎市へ出て、宮崎キネマ館で「市子」を観る。 以前から気になっていて観たかった映画である。 なかなかに切ない映画であった。 1月26日(金) ☆全き快晴。 夜明け前には我が家の桜の梢の向こうに満月が煌々。 気温は冷え込むが、冬晴れの清明な空気の里山をアンジェラスの森へ向かって走るのはとても清々しくて気持ちが好い。 ☆朝一に散髪。 石の作業をしている時に散髪すると、ハサミが石の粉を噛んでガリガリ音を立てて散髪屋さんに迷惑をかける。 それで作業に出かける前に散髪してもらった。 ☆今日も一日、アンジェラスの森。 午前は、昨日に引続いて枝の伸びた樹木の伐採。 これで作業場の上空がかなり明るくなった。 ☆午後はモニュメント台座の右側面の面出し。 台座はエアービシャン仕上げをする予定だったが、綿密に計算すると逆に大変な手間がかかることになる。 エアービシャンの作業自体はもっとも作業が早く進むのだが、作業にはエアーコンプレッサーが必要だ。 エアーコンプレッサーをリースで借りると、搬入搬出にトラックを借りなければならない。 また設置作業にも3トンクレーントラックを借りなければならないので、経費が嵩む。 かといって私の動力コンプレッサーを修理して使うと、月々の動力電気料金が馬鹿にならない。 このモニュメントは非常に予算が少ないので、台座は私の無料提供である。 その無料提供の台座に多大なリース経費等を自腹で払うと、利益は全く出なくなる。 手ビシャン作業をするべきか・・・。 1月25日(木) ☆快晴。 宮崎県内は各地で氷点下を観測。 高鍋町は美郷町に継ぐ冷え込みで、氷点下4,6度。 フロントガラスは氷の大きな結晶体で氷結。 日中は昨日よりも冷え込んだが、夕刻の冷え込みはなし。 ☆一日、アンジェラスの森で作業。 午前は裏面(正面)の厚み落としの残りの作業。 そして右側面の面出し作業。 ☆午後は覆い繁った枝をチェーンソーで落す。 2年前はプレハブ移動のためにプレハブ周辺の枝を落したが、今回は作業場周辺の枝を落す。 昨日のリフト作業で、垂れ下がった枝がリフトの屋根に接触して作業しずらかった。 私がこのアンジェラスの森で作業を始めてからの年月でかなり樹木の枝が拡がって来てしまっている。 最近は毎日のように躓いたりしてこけているし、テーブルでもワイングラスやビールタンブラーを倒している。 高い樹木の上での作業はより危険なので、梯子をしっかり樹幹に固定し、私の体もロープで樹幹に巻きつけて作業する。 アンジェラスの森で作業を始めた当時に、ブルーシートを高い樹幹にロープを巻いて作業していたのだが、作業梯子を盗まれてしまって樹幹に巻き付けたロープが そのままになっていた。 巻きついたロープが樹幹の成長に伴って喰い込んでしまって申し訳なかったが、今日の作業で無事に28年ぶりに外すことができた。 1月24日(水) ☆快晴。 この冬一番の冷え込み。 ☆朝一に某施設のモニュメント本体の石が届いた。 午前8時にアンジェラスの森に着くという連絡だったが、運送会社のトラックは予定より早く着くのが通常なので7時半に家を出る。 野山は霜で真っ白いのではないかと思ったが、何処にも霜は降りておらず、平地より3度ほど気温の低いアンジェラスの森に近づいてようやくうっすらとした霜が 確認された。 やはり運送会社のトラックはすでに到着して待機していた。 直ぐにリフトを始動して、産業道路へ出て石を受け取る。 石は門司港から直接に運ばれて来た。 アンジェラスの森に梱包された石が届くのは2014年以来、10年ぶりである。 つまり、一昨年の高鍋駅前モニュメントを除けば、アンジェラスの森ではこの10年間はまったく収入のある仕事は無かったと言うことである。 ☆いったん自宅へ戻り、一段落して再びアンジェラスの森へ。 やはり空気がとても冷たくて、耳が切れるように痛い。 しかし作業を始めると寒さは忘れる。 一日、裏面(正面)の厚み落とし。 夕刻までにほぼ厚みを落せた。 ずっとコヤスケの作業だったので、かなりクタクタに疲れた。 ☆夕暮れ前にアンジェラスの森を出ると、目の前の里山の上にぽっかりと満月前の12,6夜の真っ白い月。 あまりにも美しい情景で、この世のものとは思えなかった。 ずっと移り変わる里山の景色の上に浮ぶ白い月に感動しながら帰路に就く。 これまで何度もこういう風景を見ながらアンジェラスの森から帰宅した筈なのだが、こんな美しい景色に気付いたのは昨日今日が初めての気がする。 ☆妻の話では、職場の同僚に同じ胃腸炎で4日間休んでいた方がおられたと言う。 その方は普段はとても胃腸の丈夫な方だそうだ。 胃腸炎が流行っているのかもしれない。 私も近年は年に1,2度は胃腸炎になる。 私の場合は加齢だろう。 1月23日(火) ☆晴れ。 ぐんぐんと冷え込む。 午後からは宮崎県内でも山間部では雪だったようだ。 明日の朝は、この冬一番の冷え込みだとか。 ☆妻は今朝は平熱に下がったが、念のため朝一にO内科で診察してもらった。 そうしたら、想定外の診察結果を告げられて帰って来た。 インフルエンザでもコロナでも無く、胃腸炎だった。 妻は昨年5月のベトナム・カンボジア旅行の帰路に、ハノイ空港で激しく嘔吐した時のムカつきに似ていると言っている。 ☆妻の診断結果を聞いてから、アンジェラスの森へ上がる。 一日、裏面(正面)の厚みを230mmディスクとコヤスケで落す。 1月22日(月) ☆午前は快晴。 非常に暖かい午前。 しかし午後からは雲が出て、風も出て急激に冷え込んで来る。 明日からかなりの冷え込みになるらしい。 ☆昼前からアンジェラスの森で作業。 午前は台座の底面の面出し作業。 午後からはリフトで起こして、側面の面出し作業と裏面(こちらが正面になる)の厚み落し作業。 明後日に本体の石が届く。 本体が届くまでに台座の作業を終えておきたかったが、雨のため作業が進まなかった。 ☆”うちぬき21”(愛媛・西条市)から今年の公開制作の案内が届いた。 私は国内外作家(特に海外作家)への広報を任されているので、時間を見付けて各作家へ案内したい。 コロナ禍中の一昨年は私の推薦で久保健史氏が参加、コロナ禍の明けた昨年はコロナ禍で招待が停止されていたスペインのナンドが招待された。 ナンドは昨年のポルトガルシンポジウム期間中に家族で訪ねて来てくれた。 ナンドは西条市の滞在を大満喫してくれたようだ。 ☆妻が昨日から体調を崩して食欲が全く無い。 そして今夜は37,7度の発熱。 気温の変化が激しいので風邪かもしれないが、コロナがまた急激に拡がっているし、インフルエンザの患者増加が宮崎県は全国一である。 明朝に病院で検査(熱が続けば駐車場検査)してもらうことにして、今夜は私はリビングで寝る。 1月21日(日) ☆天気予報では晴れだったが、午前は雨模様で、午後も不安定な天候。 気温は高く、宮崎県内は20度前後の暖かさであった。 ☆今日もアンジェラスの森は雨模様だと判断。 一日、紙版画の作業。 ダイソーで買ったボール紙にニスを塗ってみる。 版を7点作って、夕刻からプレス機で刷る。 ニスを塗ってみると、やはりマット質より刷りがクリアである。 刷りの紙を、鳥の子紙・習字紙・奉書紙・ケント紙の4種類を使ってみる。 図柄によって、それぞれの紙質に応じた好さが出る。 ☆年末からフェイスブックの投稿をしていないので、今日になって複数の友人から私の近況を心配するメッセージが届いた。 年末の北陸旅行の画像から投稿を止めている。 その理由は、丁度旅行へ行く前後に仕事のことでトラブルがあり、旅行の画像を上げると、私が仕事もせずに遊びまわっている誤解を与えてしまうので自重した。 そして正月の大惨事で画像投稿どころではない。 さらに春から旅行に出るので、旅の投稿をすると我が家が長期不在であることを告げることになり、ネットによると空き巣の被害はこうした投稿を見て起きることが 多いとあるので、今からフェイスブックの投稿はできるだけ控えておこうと思っている。 1月20日(土) ☆一日、雨。 昼にいったん青空が拡がったが、午後にはたちまち雨雲が覆って雨になる。 気温の冷え込みは無し。 ☆雨なので、今日も版画の作業。 午前は先日に彫りかけた木版画の版木を彫る。 やはりシナベニヤの質がとても悪く、深く彫り込めないし、第一層が直ぐに剥げる。 瞬間接着剤とパテを使いながらの作業となる。 ☆午後はボール紙の紙版画の版を作る。 手持ちのボール紙で光沢のあるものを捜してみたが、やはりもう在庫が無かった。 ダイソーで買ったボール紙でやってみたが、刷ってみないと効果はわからない。 1月19日(金) ☆午前は雨。 午後は今にも降りそうな涙空。 陽射しは無いが、気温は高い一日。 ☆雨なので、今日は版画の作業。 先日刷った紙版画への手彩色。 しかしなかなか思うように行かず、半分は彩色せず。 二人展に展示できる作品を選び、タイトルを考えて、スキャンしてデータ化する。 暮れと正月に刷った木版画もタイトルを考えて、額装する。 やはり木版画の色肌の優しさにほっとなる。 二人展までにあと何点かの木版画を制作したい。 ☆アメリカンエキスプレスの「ご請求金額確定のご案内」が届いたので、確認しようと思ったらログインできない。 IDとパスワードの入力を求められる。 アマゾンでアカウントを乗っ取られてカードを新しくしたので、カードが新しくなったせいかと思ったが、カード番号が新しいカードの番号ではない。 ひょっとしてと思って、12月の案内を開くと送られて来たメールアドレスが全く違うし、”次回の締め切りは1月20日”とある。 つまり、完全なフィッシングである。 ところが、提示されているカード番号の末尾3桁が、先日届いた新しいカードと同じ番号なのだ。 この新しいカードは、先日に1回使っただけである。 カード番号が洩れているのではと、ぞっとなる。 1月18日(木) ☆朝のうちは晴れ。 午後からは雨。 気温の冷え込みは無し。 ☆午前にアンジェラスの森で作業。 昨日で正面の面出しが終わったので、倒して側面の面出しをする予定だった。 しかしどうにも正面上部の斜め面がゆがんでいる。 指金を当ててみると、稜線が大きくへこんでいる。 墨入れの時に線が重複してしまっていたようだ。 面倒だが、やはり見て直ぐに歪みが分かるので、再びダイヤカップで削り直す。 お陰で、アンカーの鉄さびの染みが残っていたのが、綺麗に取れてくれた。 ☆午後に再びアンジェラスの森へ上がると、やはり平地より天気の崩れが早い。 作業を始めると、たちまち雨になった。 ☆雨になったら、血圧の定期健診に行こうと思っていたので、作業を止めて帰宅し、O内科へ。 しかし患者が多く、車を止めるタイミングが合わない。 それで先にホームセンターで買い物を済ませて、再びO内科へ。 ☆患者が多く、診察が終わったのはもう夕刻の5時過ぎであった。 最近の血圧値が高いので気になっていたが、診察時は正常な値だったので、今のまま様子を見ましょうと言うことであった。 駐車場では発熱者の駐車場診察が多く、電話でも頻繁に発熱者からの診察打診が這入っていた。 O医師の話では、今週に入ってコロナ患者が急増していると言うことである。 1月17日(水) ☆快晴。 爽やかな冬晴れ。 今日も暖かい一日。 ☆一日、アンジェラスの森で作業。 正面の面のカップディスクかけ。 1月16日(火) ☆快晴。 朝は冷え込んで、車のフロントガラスが氷結。 日中は風も無く、強い日差しでとても暖かくなる。 ☆一日、アンジェラスの森。 台座正面の上部斜め面出し。 残っていた1本のアンカーがなんとかギリギリ取れた。 周囲に少し鉄さびが滲んでいるが、ビシャン仕上げなのでほぼ目立たない。 ☆今日届いた年賀状に、若いころのインド旅行で出会ったT君からの年賀状があった。 昨年は届いていなかったので、私は今年は彼には出していない。 そうしたら、彼は胃がんになって昨年は年賀状が書けなかったということ。 彼は退職したらまたインド大陸を旅したいと近年の年賀状に書いていたが、それも果たせなくなったようだ。 今のうちにやりたいことをやっておかねば。 彼の添え書きである。 ”たそがれてきたのかなあ?昔の事をよく思い出します。40数年前、田中さんとカルカッタで一緒に物産展に行った時、「今度の次に満月を見るのはどこかな」と 話していましたネ。ナツカシイ。” 40数年前とあるが、正確には私が25歳の時だから49年前である。 1月15日(月) ☆晴れ。 午前は雲が多かったが、午後はすっきりと快晴になる。 気温の冷え込みは無く、暖かい一日。 ☆妻のエッチング作業がうまく行かないので、インクとプレートを暖める必要がありそうだということで、午前のうちにホームセンターを廻って電熱器を捜したが、 今はそんなものは売っていない。 それで私が燻製作業で使っている電熱器でやってみたら、なんとか上手く刷れるようになった。 ☆それから、春に妻と海外への旅行を考えているので、今日のうちにチケットを手配する。 妻と相談しながらフライトを選び、チケットを手配。 ☆午後半ばからアンジェラスの森。 正面の面を出す。 230mmディスクで面を出していたらガタつきが酷くなり、火花が出始めた。 見ると、ディスクを止めるフランジのネジが2箇所外れかけている。 そしてこの白御影石はダイヤカップが全然かからない。 1月14日(日) ☆快晴。 気温はぐんぐん上昇して春のような暖かさ。 子供たちはみんな半袖半ズボン姿だった。 私もリビングの暖房を切って、シャツ姿で過ごす。 ☆やはりかなり疲れが出ているようで、昨夜は早めに床に就いてから夜中に起きることも無く、朝までぐっすり眠った。 ☆今日は体を休めて、版画の作業をする。 木版画の版木を準備し、4作目の木版画の下絵を描き、午後から版木を彫る。 しかしシナベニヤの質の悪いこと。 中の層がまるでおがくずを固めたようなボロボロ状態で、エッジもきっちり彫れない。 やはり高くても版画用のシナベニヤを購入すべきなのだろう。 夕暮れて手元が暗くなってきたので、購入したデスクライトを使ったらとても好い。 ☆妻はエッチングの刷り作業をやっていたが、寒いので腐食がうまく行かず悪戦苦闘していた。 1月13日(土) ☆快晴。 すっきりした冬晴れの里山がとても美しい季節だ。 ☆一日、アンジェラスの森。 側面の斜め面落しと、天部の落し作業。 まずまず順調な作業。 ただ125mmのディスクの消耗が早い。 この某施設モニュメントは予算が少ないので、台座は私の無償提供である。 したがって、私の経費計算では台座制作の消耗費は計上していない。 駅前モニュメントの作業で用意した残りのディスクでまかなえると思っていたが、私の見込みが甘かったようだ。 ☆中町公民館から新年会中止の回覧板が廻って来た。 例年は1月10日の十日えびすに合わせて開催なので、どうしたのだろうと思っていたら、能登半島震災への自粛だということである。 理解できるような、出来ないような・・・。 ☆夕食の買い物から帰宅したら、我が家が真っ暗。 我が家の近所はどこも普通に灯りが点っているいるので、何かの原因でブレーカーが落ちてしまったのかと思った。 スマホの灯で家に這入った時の不安さ。 宮崎のこの気温での暗闇の怖さ、能登の人々の極寒の中での電気も水も家も無い恐怖がどれほどのものかと思い知る。 キッチンに入ってブレーカーを点検しようと思ったら、いきなり電気が点いた。 停電だったのかな?しかし我が家の廻りはどこも灯がついていたのだが。 しばらくしてスポーツジムから帰宅した妻が、開口一番に”停電で怖かった”という。 やはり停電で、何度も停電が起き、かなり長い間停電が続き、ジムのオーナーがスマホで調べたらお隣の新富町でも停電だったと言うこと。 1月12日(金) ☆おおむね快晴。 気温の冷え込みは無し。 ☆一日、アンジェラスの森で作業。 側面の落しが終わったので、フォルム出しに這入る。 厚みを少し落して、墨を入れ直す。 側面を斜めに落して、上部に残っていた3個のアンカーのうち2個は切除出来た。 ☆今日は230mmのディスク作業でブレーカーが落ちたのは1度だけ。 作業の疲れも無く、本体の石が届くまでには大体のフォルムが出せそうな見通しが立って来た。 ☆しかし、230mmディスクで切った厚みをコヤスケで落すと、弾ける石の量が大きい。 夕刻近くになって、コヤスケで落した石塊が左足首に激突してしまった。 こんな誰も来ない山の中で身動き出来なくなる怪我は絶対にあってはならないので、用心しながら作業を進めていたら、またも一瞬にして今度は右足首内側に 石塊が激突してしまった。 その痛いこと。 どうにも今年は脚の生傷が絶えない。 ポルトガルでは毎日のように脚を傷付けていた。 以前は長靴を履いて作業していたので、セリ矢で落した大きな石の塊が足元に落ちて来ても怪我することは無かったが、海外の作家たちは必ず作業用の安全靴 を履いて作業している。 石を落す作業の時にはそういう対応が必要だろう。 1月11日(木) ☆全き快晴。 風も無く、陽射しの強い冬晴れ。 気温の冷え込みは無し。 ☆一日、アンジェラスの森。 今日は230mmディスクで側面を落していく。 ディスクは高鍋駅前モニュメント制作時に、台湾の業者から輸入購入したもの。 高鍋駅前モニュメント制作ではなかなか思うように切れなかったが、今日はとても快適に作業が進んだ。 ディスクと石の相性が好いようだ。 ただ、頻繁にブレーカーが落ちる。 アンジェラスの森の契約アンペアが低いようだ。 ☆御影石をディスクで切ってコヤスケで落してゆく作業は1年ぶりだ。 その間に年齢が1歳重なった。 いよいよ老体化した体にはかなり堪える作業である。 久々に体力を消耗した。 1月10日(水) ☆夜明け前から雨。 雨は小ぶりで直に上がる。 午後になって再び雲が出て、小雨となる。 昼間はとても暖かかったが、午後半ばからは冷え込んでくる。 ☆一日、アンジェラスの森で作業。 午前は、折れたハンマーの柄を手持ちの牛殺しの木(高松・庵治の石工さんからいただいたもの)に取り替える。 そしてモニュメント台座の側面を楔を使って落してゆく。 午後は、もう片方の側面をHILTIのドリルで穴をあけて、瘤取りセリ矢で落す。 電動ドリルでの穴あけ作業は実に遅々としていて、思うようにはかどらない。 やはりエアーコンプレッサーを修理して動かしたい。 側面を落してゆくと、きちんと取れる寸法は図面起こししたサイズよりかなり小さくなりそうである。 午後の作業後半から雨となる。 1月9日(火) ☆曇りのち晴れ。 朝のうちは底冷える。 ☆午後からアンジェラスの森で、某施設のモニュメント台座のカッティング開始。 やはり白御影石は石英が多いので、思っていたより硬い石だ。 本体の石が届く前に片づけておこうと思っていたが、そうは行かないようだ。 夕刻になって石頭(ハンマー)の柄が折れてしまった。 私の常用の石頭は、高鍋駅前モニュメントの最中に柄が折れてしまったので、ホームセンターで売っている樫の木のハンマーを使った。 樫の木は硬いけれど、粘りがないので直ぐに折れる。 ☆紙版画の光沢ボール紙が切れたので、ホームセンターに行ってみたが、板目表紙のボール紙しかない。 この板目表紙は光沢がマット質なので、あまり良い刷り効果は出ないかもしれない。 ☆中町公民館には庚申講が残っている。 昨年の講宿から庚申講の申し送り一式が届いた。 私の講宿当番は来年だと思っていたので戸惑ったが、昨年のこのHP日記を見たら、ちゃんと来年の講宿は私だと明記してあった。 1月8日(祝・月) ☆晴れ。 日中は暖かったが、午後後半から急激に底冷えてくる。 ☆一日、ボール紙版画のプレス機刷り。 ボール紙には2種類あって、表面が光沢のあるものとそうでないものがある。 刷ってみると、光沢紙はインクの拭き取りが樂だし印刷の上りもすごく好い。 光沢のないものは、インクの拭き取りがうまくいかず、印刷の上りも曇った状態にしかならない。 しかし光沢紙での刷りはびっくりするほどに好い。 3月の妻との版画二人展は、モニュメント制作と並行して版画を作らなければならないので、短時間でできるこの紙版画を多く作ってみたい。 ☆傍らで妻はジャズを流しながら、エッチング版の腐食作業をしている。 好きなことをしながら過ごせる幸せな時間である。 1月7日(日) ☆晴れ。 気温は午後からは冷え込む。 ☆午前はボール紙版画の原版作成。 これは都城市の版画家・黒木周氏から教わった技法で、ボール紙をスクラッチしたり剥がしたりしてプレス機で簡単に出来る版画。 黒木氏のアトリエで数分で作った版画は、最初の妻との版画展では一番人気だった。 ビン底でこすっても出来ますよ、ということだったので自宅でもやってみたがうまく行かなかった。 妻がプレス機を買ったので何枚か刷ってみようと思っている。 ラフスケッチみたいにはがきサイズのボール紙を削って、すぐに5枚出来た。 刷りは明日。 ☆午後はアンジェラスの森へ上がって、彫刻の仕事始め。 某施設の台座の制作にかかる。 作業場を整備して、リフトで2トン近い白御影石を据える。 この石は日向市役所に設置してあった都市宣言モニュメントが、新庁舎建設のために撤去になったものの残骸である。 勿体ないので引き取らせていただいた。 墨を入れてみると、図面を引いたようにはうまくサイズが取れなかったし、一部に他の材を固定したアンカーボルトが3本埋まっている。 はたしてこのボルトが形出しに影響がないのか、気になる。 簡単に形は出せると思っていたが、墨を入れてみるとかなりの量を落さなければならないようだ。 ☆リフトは順調に動いた。 しかし、長年の間アンジェラスの森でリフト作業をしていないので、地面が柔くなっていてタイヤがスリップしてしまう。 1月6日(土) ☆午前は雨。 午後には雲が切れるが、冷え込みは無し。 ☆木版画、3作目の重ね摺り。 ☆結局、すぐに送りますと電話のあった越前和紙の会社からはいまだに紙が届かないので、ネットで手漉き和紙を扱っているサイトを調べて注文する。 1月5日(金) ☆快晴。 朝は冷え込んで車のフロントガラスが氷結。 日中は風も無く、陽射しが強くて気温は上昇。 ☆トヨタL&Fが今日から営業開始だったので、出かけてリフトの状況を尋ねる。 担当者が年末にインフルエンザに罹り、燃料を入れた後にアンジェラスの森に行けなかったと言うこと。 午後にアンジェラスの森から、担当者からの電話。 リフトが正常に動いたと言うので、私もアンジェラスの森へ上がる。 リフトが動かなくなっていた原因は、スイッチを入れると燃料の弁が開くようになっているが、その弁が作動しなくなっているとのこと。 どうりで、アンジェラスの森へリフトを戻した時には燃料が這入っていたはずだと思っていた。 それで弁にワイヤーを巻いて、手でワーヤーを引っ張ってエンジンが作動できるようになった。 これで某施設の台座制作にかかれる。 部品交換等である程度の修理代は必要だと思っていたが、点検だけなので修理代は不要と言うことだった。 動かなくなっているコンプレッサーも修理できると言うことなので、近いうちにコンプレッサーも修理点検してもらおう。 ☆版画の重ね摺りを進める。 1月4日(木) ☆快晴。 暖かい一日。 ☆一日、木版画摺りの作業。 2作目は色を重ねてみたけれど、結局まとまらず。 3作目の摺りに這入る。 一番最初のゴマ刷りは手漉き和紙との馴染みがとても良くて、美しい。 このゴマ刷りの美しさを活かした作品を作ってみたい。 ☆定期的にお世話になっている業者の方が来られて、またも衝撃的な出来事。 お隣のご夫婦は奥さんが介護が必要で、自宅でご主人がお世話をされていた。 そして夜中の2時にご主人が自分の部屋に戻られたが、朝になってなかなかご主人が部屋から出て来られないので、奥さんが部屋に這入るとご主人が冷たくなって 亡くなられていたと言う。 業者の方が仕事に出かける時に救急車が来たので何事かと思っていたら、奥さんからご主人が亡くなったという電話が這入ったと言う。 亡くなられたご主人は、昨夜はまったくいつもと変わらなかったという。 実は自宅で亡くなると事件性が疑われ、警察の取り調べがある。 救急車からその対応を知らされ、まず警察の取り調べから始まった。 そこで近隣の方たちも事情聴取され、それで奥さんから電話が這入ったと言うこと。 業者の方も勤め先などを聴取されたと言うこと。 本当に毎日、何が起きるか分からない。 1月3日(水) ☆朝から雨。 午後からは曇天。 気温は上がらず。 ☆午前は木版画2作目の摺り。 配色がばらばらで、全くまとまりが無い。 妻は年末に購入したプレス機を使って摺り始めた。 ☆午後は年賀状の宛名書き。 今日届いた分と昨年に届いた分に宛名を書き、夕刻に投函。 妻と連名の身裡分の年賀状が切れたので、コンビニに買いに入ったら、もうどこにもインクジェットの年賀状は品切れで売っておらず。 ☆悪夢続きの正月3日目、またも北九州市小倉北区の飲食店街で大きな火事。 学生時代に何度か行った魚町商店街に隣接した飲食街である。 ☆夕刻に石販店から、某施設のモニュメント石の件で問いあわせ。 中国の業者が石を切削したところ、大きな黒い模様が出て来て、どうやら位置的に問題がありそうだと言うこと。 図面と照らし合わせてみると、確かに最も幅の広い部分に真っ黒い模様がある。 天地逆にしたら大丈夫ではないかと思って、図面を逆にしてポイントを入れてみると、やはり最も削り落しの少ない場所に位置していて、黒の模様が球状だったら 確実に残ってしまう。 それで別な石での切削をお願いする。 やり直しても船の積み込みには間に合うと言うことである。 1月2日(火) ☆快晴。 陽射しが強く、暖かい一日。 ☆昨日の能登半島の大地震の惨事が今朝になって徐々に明らかに成って来た。 宮崎国際現代彫刻・空港展には多くの金沢美大出身の彫刻家が参加してくれている。 多くの友人たちが金沢の状況を案じているだろう。 ☆午前に日向市へ。 妻の実家の墓参と義姉宅へ新年の挨拶。 出かける前に、義弟から妻に”金沢は大丈夫か?”という電話。 義弟には正月は金沢で過ごすことを伝えてあって、キャンセルしたことは伝えてなかったようだ。 ☆昼前にジャスコで買い物。 高鍋町には衣料品店が”しまむら”しかないので、使い勝手の良い衣料品が手に這入らない。 ☆午後に高鍋町へ向かうと、途中の都農町で交通事故による渋滞。 私の壁画を取り付けてある保育園の真下で、八百屋さんの車が激しくガードレールをなぎ倒して田んぼに落ちているのをクレーンで吊り上げている最中だった。 正月は交通事故を起こしたばかりの現場を通ることが多い。 信じられないのは、交通事故で渋滞して先に進めないのが分かっているのに、私の車を追い越していった車があった。 ☆帰宅して、年賀状の宛名を書く。 とりあえず、昨日に届いていた分に宛名を書いて夕刻に郵便局へ投函。 恒例の高校同窓会の新年会は今年まで休会という幹事からの連絡であったので、今夜は我が家でゆっくり過ごすつもりだった。 ☆ところが郵便局から帰宅して直ぐに、スマホに羽田空港で火災発生のニュース。 何だろうと思ってパソコンでニュースを見ると、凄まじい羽田空港でのJALと海上保安庁航空機との衝突炎上のニュース映像。 年賀状には”今年も好い一年でありますように!”と書いて投函したばかりだったのに、正月元旦と2日と連日の信じられない大惨事で今年は始まってしまった。 当初の予定での正月金沢滞在のスケジュールでは、今日は小松空港から羽田空港乗り換えでの宮崎便だった。 パソコンの中継映像に釘付けになってしまった。 かつてこんなお正月があったろうか。 この一年、いったいこれから何が起きるのかという底知れぬ不安に、日本中の人々が固唾を呑んでニュースを観ていたことだろう。 いったいこの先、どうなるのか。 1月1日(月) ☆快晴。 空気は冷たいが、風も無く陽射しが強くて暖かいお正月。 夕刻からはしんしんと冷え込んでくる。 ☆初日の出は、ホテルの部屋でテレビ中継の富士山頂の初日の出を拝む。 ホテルの無料朝食には、お正月らしい黒豆、紅白蒲鉾、根昆布、田づくりが用意されていた。 ☆正月初日は特に何の予定も無いので、ホテルをチェックアウトしたら直ぐに宮崎キネマ館へ映画を観に行く。 話題の役所広司主演「PERFECT DAYS」を観る。 淡々と公衆便所の清掃仕事を続ける訳あり独身男性の身にふっと起こる、さざ波のような出来事。 監督はドイツの名匠、ヴィム・ヴェンダース。 映画の最後に、人生の日常に起きるふとした出来事を日本語の表現で”木漏れ陽”と言う、という字幕が表示される。 主人公が日常的に魅かれてカメラ(フィルムカメラ)に収めていた、ある神社の樹々の梢から洩れる光が象徴的に随所に挿入される。 しみじみとしたいい映画だった。 ☆お昼に帰宅して、妻の雑煮をいただく。 届いていた年賀状を見て、午後から初詣に出かける。 ☆初詣は昨年に引き続き、お隣の木城町・比木神社。 妻と一緒に納めた天井画を1年ぶりに観る。 ☆今日は快晴の素晴らしい正月日和で、今年は明るい1年になるかなと思っていた。 しかし夕刻に起きた能登半島の大地震のニュースに青ざめた。 石川県周辺は先日に妻と旅行したばかりである。 しかも、実は当初は金沢市でお正月を迎える予定で、31日夜に金沢市のホテルに這入り、明日2日に金沢を発つ予定でホテルもフライトもすでに確保してあった。 しかし妻の知人たちから、正月に金沢へ行ってもどこもお店は閉まっているよと忠告され、妻が年末の別のツアーを見つけて正月の金沢行きはキャンセルしたのであった。 当初の予定通りに正月に金沢に行っていたら、今日の大地震に遭遇してしまっていた。 明日の小松空港からのフライトも飛ばなかったかもしれない。 ☆とんでもない出来事で始まった2024年ですが、今年もよろしくお願いいたします。 |
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