Back to toppage このページでは彫刻家・田中等および宮崎の彫刻に関する最新情報をお届けします。 過去の日記 2024 1-2 3-4 5-6 7-8 9-10 11-12 2023 1-2 3-4 5-6 7-8 9-10 11-12 2022 1-2 3-4 5-6 7-8 9-10 11-12 2021 1-2 3-4 5-6 7-8 9-10 11-12 |
2024 | 12月31日(火) ☆晴れ。 非常に暖かい陽気。 ☆午前に年賀状の宛名の続き。 一応、今年の正月に届いた分には全て宛名を書いた。 昼に郵便局のポストに投函。 私の記憶では、物心ついてから年内に年賀状を投函したことはない。 ☆午後から宮崎市へ出る。 途中に河野富夫君宅に立ち寄って、台座を取り替えた人体小品を渡す。 ☆近年は大晦日は宮崎市内のホテルで過ごすようになった。 夫婦二人になったので、お正月の準備もほとんど必要では無くなってきた。 特に今年は私の無収入極貧状況から、しめ縄も、餅飾りも、お屠蘇も、年越し蕎麦も、すべて用意しなかった。 日本人としてははなはだ失礼な、日本の伝統行事への無視行為だが、私の窮状からは致し方ない。 ☆昨年暮れに泊まって印象の良かった、スーパーホテル天然温泉”たかちほの湯”にチェックインする。 ここの温泉は”たまゆらの湯”といって、肌がすべすべになる気持ちの好い天然温泉である。 食事に出る前に”たまゆらの湯”に浸かって、心を解す。 ☆ディナーは予約してあった宮崎JALシティーホテルのレストランへ。 昨年9月から始めたと言う、薪火を使ったローストビーフがメインのディナー。 食材も炭も宮崎産(薪だけは宮崎の薪は乾燥が不足して使えなかったという)を使ってのコース料理だった。 ローストビーフはとても美味しかったし、薪火の薫りがしつこくない香味である。 ☆それなりにお腹いっぱいになって、早めにホテルへ帰り、持参したワインには手を付けずテレビの紅白を観る。 ☆今年一年は、妻にとっては退職して直ぐのヨーロッパ旅行とライブ、個展と相次ぎ、”怒涛”の一年だったと言う。 私も正月から”まはろば福祉会”のモニュメント制作に没頭し、山田のヘルプでヨーロッパへ発つ直前に設置完了し、すぐにヨーロッパ3か国の2カ月の旅行、 そして75歳という後期高齢に突入しながら、病気もせず、充実した日々を送ることが出来た。 ただ経済的にはまほろば福祉会のモニュメントと夏に依頼のあった小作品の売り上げしかなく、頼みの中国・恵安の報酬は年越しとなってしまい、非常に 厳しい一年となってしまった。 しかし好い一年であったと思う。 12月30日(月) ☆快晴。 暖かい陽気の一日。 ☆午前に墓参。 本当に近年の墓地の荒れ具合は酷い。 墓仕舞いの後も無残な放置状態だし、墓を守る身内が居なくなったのだろう雑草の生い茂った墓地ばかりである。 ☆昼前に友人の画家・河野君親子来訪。 先日に家が施錠されて取り出せなかったワインを持って来てくれた。 実家のある都農町へ墓参に行ったついでだったようだ。 息子さんも高校の美術教師である。 息子さんとは初めて会ったが、清々しい好青年である。 私たちの青春時代は破滅型の生き様だったので、背後に影を背負ったままである。 しかし私たちの子供たちの世代にはそういう屈折はない。 ☆河野君は先年に脳梗塞を2度患っているので、重い物が持てない。 それで先日に修復した人体小品に取りつけた黒御影石の台座が重すぎて持てないので、何か軽い素材に替えて欲しいと言うので人体小品を持ってきてもらった。 自宅工房に在る木の板を使うことにして、午後はその取り付け加工の作業をする。 新しい板の台座を取りつけた人体小品は、明日の午後に宮崎へ出るので、その時に届けることにした。 ☆午後半ばから年賀状の宛名書き。 私は正月にならないと”おめでとうございます”を書く気分になれないので、永年に渡って年賀状は正月の幕ノ内に書いている。 12月29日(日) ☆快晴。 ひどく冷え込んだ一日。 朝は8時を廻ってもまだ氷点下だった。 ☆一日、このホームページの更新作業に没頭。 宮崎彫刻グループは今年で結成42年なのだが、ホームページではまだ41年目の内容のままだったので42年目の内容に更新する。 あと3日後には年が明けて43年目に這入るのだが、とりあえず今年のうちに42年目の記録を更新しておきたい。 この”宮崎彫刻グループのあゆみ”は別の”宮崎の現代彫刻展HP”の中でのページなので、まず”宮崎の現代彫刻展HP”を更新しなければならない。 しかし今年の空港展の更新以降、まったく更新作業をしていないのでサーバーに接続ロックがかかってしまっている。 それでサーバーにログインするためには、私の携帯に認証コードが送られて来るのだが、メールが届かない。 試しにパソコンから私の携帯にメールを送っても、メールが届かない。 携帯メールの受信を更新しようとすると、”現在のdアカウントとドコモUIMカードの組み合わせではドコモメールをご利用いただくことができません。”と表示される。 それで案内指示通りにあれこれやってみるが一向に正常に戻らない。 UIMカードを再挿入しても変わらない。 そうした作業で、あっという間に午前中が過ぎてしまった。 それで”宮崎の現代彫刻展HP”のフォルダにある”宮崎彫刻グループのあゆみ”のフォルダーを、この私のHPフォルダにコピーして転送して作業する。 ☆午後は、そのまま私の作品紹介の未紹介ページの更新作業をする。 だがこの新しいホームページビルダー22では、やはり文字のフォントの指定が出来ないし、表が中央に設定できない。 私は何時も表を作って画面の中央に配置し、その中に画像を入れて複数の作品画像をアップしてきた。 何度やってもそれが出来ない。 殆どヒステリー状態になってクタクタになってしまった。 それで表への作品画像配置は諦めて、そのまま画像のみを画面に挿入したら、表に入れて表示したのと変わらない感じになった。 何んとか無事に作業が出来るようになったので、未編集だった2019年の3つの作品紹介ページと今年のまほろば福祉会の作品紹介ページを作成して、 無事に更新することが出来た。 12月28日(土) ☆晴れ。 日中は気温の冷え込みはなく、とても暖かかった。 だが午後からは寒風が吹き始め、夕刻からは猛烈に冷え込む。 ☆毎日、毎日、早寝遅起きが続く。 夜中もあまり起きないし、朝はまだまだ眠くて起きれない。 1日10時間はたっぷり寝ている。 廻りの友人知人たちは、還暦を過ぎて、夜中にいったん目が醒めるとそれから眠れず、夜中に起きざるを得ない人が多い。 しかし私は夜中に何度起きても直ぐに再び眠れる。 ☆午前は、このHPの作品紹介ページに中国・恵安のページを作る。 けれど、HPビルダーを新しくしてから、どうにもこれまでやっていたことができない。 今日は文字のフォントの設定が出来なかった。 私は自分の仕事のアピールとしてこのHPを運営しているので、作品の紹介ページはきちんと更新しておかなければ意味が無い。 だが他のここ数年の作品にも、作品紹介ページを作成していないことに気付いた。 生来の怠け者なので、きちんとはまり込む時間を確保するのが苦手な性分なのだろう。 ☆午後は版画の作業場周辺の片付け。 12月27日(金) ☆晴れ。 午後からは空の南半分は雲に蔽われる。 日中の気温は高め。 ☆今日は一日、年賀状の準備。 妻が注文していた「年賀」印が届いていたので、ネット印刷した年賀状の宛名面に押印する。 必要な年賀状を割り出してみたが、以前は300枚くらいは出していたのだが、もう80枚くらい出せば良くなっている。 年賀状終いの方も多くなって来た。 だがラインやFacebookで繋がっていない方たちは、年賀状が唯一の繋がりだったので淋しい気持ちは否めない。 私と妻の年賀状に必要な切手を郵便局で購入。 妻は早速、宛名書きをほぼ終った。 ☆とうとう銀行から、中国・恵安からの海外送金到着の連絡が無かった。 毎回、必ず海外からの送金が届いた時には銀行からどういう性格の入金なのかの問い合わせがある。 確認が取れてから、2,3日後に口座に入金される。 つまり中国からの入金は来年になってから、ということである。 非常事態中の非常事態である。 どうやって正月をやり過ごせば良いのだ。 ☆我が家に出入りの業者の方のご主人が最近亡くなった。 近年、痴呆の症状が出て今年の3月から総合病院に入院されていた。 しかし内臓疾患等の病理疾患はなかったので、死因は老衰という診断だったと言う。 だがご主人は私より若い74歳であった。 74歳でも老衰死があるのだとびっくりであった。 12月26日(木) ☆朝のうちまで曇天。 直に雲が切れて暖かい晴天となる。 午後半ばから風が出て、夕刻からは冷え込む。 ☆午前に庭の剪定枝等を軽トラでアンジェラスの森へ運ぶ。 もうこれで年内にアンジェラスの森に上がるのは最後なので、自宅工房での作業に必要な道具を積んで電源を切る。 昼前に階段と浴室の網戸を外して洗う。 ☆午後は庭の除草作業。 12月25日(水) ☆晴れ。 午前は雲が多く、どんよりとしていたが、午後からは快晴となり暖かかくなる。 陽射しが強く、車の運転中は暑くてたまらなかった。 ☆午前は大掃除の続き。 私はキッチン廻りの磨き作業。 ☆午後に宮崎市へ出て、友人の画家・河野富夫君に修復した私の学生時代の作品を届ける。 ところが何かの手違いで、奥さんが家の鍵を持ったまま外出してしまい、会合か何かの所用だったらしく携帯にも出らず、河野君は家の外に置いてけぼりになっていた。 したがって河野君が私のお礼にと用意していた2本のワインが取り出せず、作品を渡して帰る。 ☆河野君のお隣が恩師の伊藤一彦先生のお宅なので、挨拶して帰ろうと思ったが留守だった。 それでポストに妻の詩画集を投函して帰る。 あいかわらず伊藤先生は超多忙である。 地元の宮崎日日新聞に伊藤先生の名前が載らない日は無いくらいで、今朝の一面にもポータルサイト”くろしお”(編集人のコラム)に伊藤先生の短歌が紹介してあったし、 その右上には伊藤先生が始めた短歌甲子園で受賞した延岡市の高校1年の女学生が、歌会初めに最年少で入選したと言う大きな記事が載っていた。 昨日の川南モーツアルト音楽祭同様、伊藤先生の尽力で宮崎県は”短歌県”として若い才能を確実に育てて来ておられる。 伊藤先生からは、夜中に妻の詩画集お礼のメールが届いた。 12月24日(火) ☆快晴。 昨日とは打って変わって、気温そのものは13度くらいまでしか上がらなかったが、日中はポカポカ陽気でとても暖かかった。 夕刻からは冷え込む。 ☆今日も家の大掃除。 キッチンの床をスティームレディーで拭き掃除して、クイックルワイパーで網戸の掃除。 そして明日届ける修復した人体小品に、台座を取りつける。 ☆夜は妻と川南町モーツアルト祭に出かける。 モーツアルト祭に出かけたのは何年ぶりだろうか。 今日は3部構成のステージ。 1部は地元の中高生吹奏楽団と日本モーツアルト青少年管弦楽団との共演。 この地元の中高生の吹奏楽部員との共演のことは知ってはいたが、実際にその演奏を聴いたのは今夜が初めてである。 妻は川南町の中学校に勤務していたので、ステージに立つ生徒の何人かは教え子である。 このモーツアルト祭の目的の1つに若い演奏家の育成が挙げられていて、実際にこのステージに立ってから音楽大学に進んでいる生徒もいる。 驚いたのは、コロナによって中高生の吹奏楽員が半減し、殆どこの共演が成立しなくなっていた所へ、今年は中学1年生が5,6人吹奏楽部に這入ってくれたと言うこと。 なんと4月から初めて楽器を持った中学1年生が、見事に大先輩たちと一緒に演奏しているのだ。 指揮者の馬込勇氏によると、音楽の最も有効な上達方法は巧い演奏家の演奏をそのまま真似ることだと言う。 それで中学校へ這入って楽器を持ったばかりの新入生に、今回共演している日本モーツアルト青少年管弦楽団の大学生の演奏をそのまま真似させ、今日の見事な ステージに至ったのだと言う。 実は私も中学校時代に吹奏楽部の補助部員だった。 普段は美術部員なのだが、県の吹奏楽大会があると正規の吹奏楽部部員ではメンバーが足らず、私たちの様な音楽に興味のある生徒が召集される。 だから練習は大会前の1,2週間程度なのでまともな演奏が出来る訳が無い。 私はアルトを吹いていた。 我が家を設計してくれた設計士のD君はサキソホーンを持たされ、大会ではピーピーという音しか出せなかった。 だからもし、あの当時にこんなモーツアルト祭のような育成システムが在れば、当然私たちは今夜のステージのように大学生たちの管弦楽団と共演出来たのである。 そして、多分、当時の私は音楽家になりたかったのでそのまま音楽の方へ進んでいたのではないのだろうか。 そんなことを考えていたら、胸が詰まって泣きそうになった。 ☆第2部はピアニスト・植田克己氏(東京藝術大学名誉教授)によるモーツアルトのピアノソナタKV457/幻想曲KV475の独演。 植田氏はこのモーツアルト祭が始まった2001年からずっと毎年出演されている。 実は植田克己氏は、行橋彫刻ビエンナーレ事務局の植田義浩氏の従弟だと言うことが昨年わかった。 今年は行橋市のギャラリー稲童でもコンサートを開催されたようだ。 そして植田克己氏が高鍋町美術館でハープの伴奏者としてピアノを演奏されたときに、私の彫刻を何点かジョイントして展示させてもらったことがある。 どこかで不思議に繋がっている。 ☆第3部は、このモーツアルト祭のために、そして日本モーツアルト青少年管弦楽団の育成のために作曲された、B.スルツアー作曲”室内管弦楽のための小組曲 「モーツアルティアーナU」”。 この曲は実に不可思議な曲で、全ての楽器が緊張感のあるソロパーツを演奏する構成になっている。 だから観客も息も出来ずにステージを凝集しなければならず、とても緊張感のある充実した演奏であった。 ☆今夜のモーツアルト祭は最高のクリスマスプレゼントとなった。 ☆帰宅して、先日購入した鶏太もも燻製を食べる。 しかし、やはり鶏丸ごと1羽の燻製とは比べ物にならない味だった。 12月23日(月) ☆快晴。 この冬一番の冷え込み。 宮崎県内は殆どの地域で氷点下を記録。 陽射しは強かったが、日中でも最高気温は12〜13度までしか上がらず。 ☆午前に和室縁側の障子の張り替え2枚。 次第にひどく不器用な作業になって行ってしまった。 6枚目に至っては、過去最悪の張り上がり。 そして、足腰の痛みはさらに酷くなるばかり。 ☆午後に縁側で日向ぼっこをしながら、学生時代の少女首石膏像着色の仕上げ作業をする。 しかしどうやってもうまく行かず、バグダッド・マケットのシリコーン作業から何をやってもうまく行かず、苛々が高まって来る。 おまけに着色がうまく進まない石膏像を見ていたら、余りの作品のレベルの低さに激しい自己嫌悪に陥ってしまった。 自分はこの時期、この程度の作品しか作れていなかったのだという事実に愕然となってしまった。 ☆だがこのまま放置も出来ず、昔は油絵の具で着色していたことを想い出し、工房のロッカーの中に仕舞い込んである油絵の具を点検して、使えそうな絵の具で 調合してみる。 それをシンナーで溶いて塗ったら、思いがけず納得のいく仕上がりになった。 それで人体小品と一緒に写真を撮り、持ち主の友人画家・河野富夫君に連絡する。 私に修復を依頼した本人はもうすっかり忘れてしまっていたが、25日に届けることにした。 ☆年末になると気が焦るのか、みんな車の運転が荒くなる。 用心しようと思っていた矢先、ホームセンターで障子張りの糊を調達して車を発進した所へ、向かいの駐車スペースから車がバックしてきてぶつかりそうになった。 クラクションを鳴らしてようやく気が付いてくれた。 さらに一般道路に出ると、右手の角から私の前を走っている車に殆どぶち当たる勢いで車が割り込んできた。 用心、用心。 ☆1年前の今日は東北旅行で関ヶ原に立ち寄って、友人の彫刻家・近持イオリ氏と会っていた。 本当は正月を金沢で過ごす予定だった。 それを急遽、1週間前に旅程を変更したのは何かの予兆だったのだろうか。 12月22日(日) ☆快晴。 陽射しは強かったが、今日は冷え込んで暖かくはならず。 夕刻からはしんしんと冷え込む。 明日の朝は氷点下になる予報である。 ☆16時56分に震度2の地震。 震源地は鹿児島薩摩地方。 最近、ちょくちょく地震が続く。 ☆起き抜けから太ももと臀部が痛くてたまらない。 昨日の障子を貼る作業でかがんでいたからだ。 昨年まではこんなことは無かったが、今年に入ってイサムノグチの和紙灯りを補修していた時に同じ様になった。 それだけ足腰の老化劣化が著しいということだ。 今日は和室の南側の障子を張り替えたが、妻の忠告で4枚のうち2枚だけを張り替える。 しかしそれだけでも夕刻からは太ももと臀部の痛みが酷くなってしまった。 ☆夕刻に、学生時代の少女首石膏像の着色を進める。 ☆妻は午後からお隣の川南町モーツアルト祭に出かける。 義姉が合唱で毎年参加している。 ところが今年は1週間前の合唱練習でコロナ感染が拡がり、合唱隊員12名程が参加できなくなったばかりか、指揮者のオーマン氏もコロナ感染で再来日できなく なってしまい、急遽若い指揮者がタクトを振ったという。 川南町はコロナ感染が拡がっていて、学校も学級閉鎖になっているところがあるようだ。 12月21日(土) ☆晴れ。 昨夜は小雨で放射冷却が無かったからか、夜中は蒸し暑く、羽毛布団1枚で充分だった。 朝もとても暖かく、日中もポカポカ陽気だった。 午後からは雲が出て、夕刻からは強風が吹き荒れて一挙に底冷えて来る。 ☆午前は、学生時代の人体小品の着色仕上げ。 ひなたぼっこをしながら縁側で作業したら、とても暑かった。 ☆気温が高かったので、午後は和室の西出窓の障子を張り替える。 西出窓の張り出しには作品などが山積しているので、それらを片付けるのが面倒で、家を建ててから1度も障子の張り替えをやっていない。 しかし障子の破れがひどくて、隣の敷地からは和室内が丸見えなので、思い切って出窓の諸々を片付けて障子を張り替える。 障子を貼り変えると、一気に部屋が明るくなった。 定期的に障子を張り替えている南の縁側の障子は、今回は破れた処だけ貼り換えようと思っていた。 しかし、西窓の障子が一気に明るくなったら、南側の障子がとても貧乏臭くなった。 やはり、縁側の障子も張り替えよう。 ☆年賀状に押す”年賀”の消しゴム版画の出来が悪いので、ダイソーにあるだろうと出かけたら、もうとっくに在庫は無かった。 ところが店内を物色していたら、先日までなけなしのお金でホームセンターで調達していた塗料等がほとんどダイソーに置いてあってびっくりだった。 あらためて、ダイソーの品揃えは凄い。 12月20日(金) ☆快晴。 今日も冷え込んだが、昨日のような風も無く、車の中は暑かった。 暮れてから小雨。 ☆注文していた恒例のクリスマス用の鶏燻製(作業される方が高齢で、昨年からモモのみの販売)が販売開始となったので購入し、息子たちにクール便で送る。 ☆午後は友人の画家から預かっている私の学生時代の首石膏像と人体小品の着色作業。 ホームセンターからカシューを買ってきたが、蓋を開けたらすでに硬化してしまっていた。 今どき、カシューなんて使う人は居ないのだろう。 ホームセンターに交換に出かけたら在庫がないということで、カシューを使わずに着色作業をする。 しかし着色の手順をすっかり忘れてしまっているので、昔のようにうまく行かない。 なんだか毎日、無駄なことばかりやっている気がする。 12月19日(木) ☆快晴。 この冬一番の冷え込み。 朝には車のフロントガラスが氷結。 日中は陽射しが強かったので暖かかったが、空気が冷え込んでいるので風が出ると冷たくてたまらなかった。 ☆昨日に下塗りした石膏像首像は水に浸していたので、次の作業に移れず、日向に置いて乾燥させる。 FRPの人体小品も着色がうまく行かず、折れていた足首も傷が目立ったので、再度修復し直す。 私は石膏像やFRPへの着色作業は得意中の得意な作業だったのだが、ここにいたって若干自信が無くなって来た。 一つには長年に渡ってそういう作業をしていないので、必要な諸資材が手元にはもう無いという実情である。 ☆午後はバグダッド・マケットのFRPの修正作業。 シリコーンの量が少なく、石膏との喰い合わせをしっかり出来なかったので、シリコーンが浮いてしまって、かなりフォルムがゆがんでしまった。 それでフォルムを取り直すためにかなりの修正用FRPを塗ったので、手作業では作業が進まず、工房の中でサンダーの砥石をかけた。 しかしFRPの削った粉末はとても軽くて細かく、マスクをしていても気分が悪くなった。 確か、FRP修正用のパテがあったと思うので、これから先はパテで仕上げ作業を進めたい。 何をやっても材料費がかかる・・・。 ☆ネットで発注していた年賀状が届いた。 思っていた以上に好い仕上がりである。 やはり官製年賀状のスーパーファイン用紙に印刷するより、はるかに綺麗だし経費も掛からない。 宛名面はモノクロ印刷なので、消しゴムで「年賀」朱印を彫る。 しかし私の不器用なこと。 小学生以下のレベルの文字しか彫れない。 12月18日(水) ☆一日曇天。 この冬一番の冷え込み。 午後にすこし小雨がぱらついたが、夕刻からは雲が切れて青空が拡がる。 ☆午前に、シリコーン型から外したバグダッド・マケットの大理石原型の汚れを落とす。 800#のサンドペーパーでこすると、型取りの汚れはほぼ取れた。 離型剤にワックスを塗っていたので、ワックスが大理石に染み込んでいるだろうと思ったが、ほぼ元の大理石の肌そのままだった。 ワックスの染みこんだ大理石作品は廃棄するしかないかと思っていたが、その心配は無さそうだ。 ☆それから、友人の画家・河野君からら預かっていたもう1点の私の学生時代の首像石膏像の修復作業をする。 こちらもビールと引き換えに河野君に譲った作品で、やはり高所から落ちてあちこちが傷んでいた。 まず石膏像を水に浸して充分に湿らせ、石膏が欠けたり剥がれた部分に石膏を塗ってフォルムを修正する。 午後からは水性ニスに顔料を入れて、着色の下塗りをする。 接合補修の終ったFRP製の人体小作品にも、下塗りの色を塗る。 12月17日(火) ☆朝のうちは曇天の底冷え。 日中は天候も回復するが、気温は上がらず。 ☆朝一に、妻に誘われて近くのギャラリー「アイ」で開催中の”友愛三人書画展”へ。 これは私の3兄と、兄の同級生の友草氏、そして日向新しき村の松田省吾氏によるチャリティー展。 石井記念友愛社と能登半島災害への寄付が目的の三人展。 これまでに何度か開催している三人展だが、顔を出したのは初めてである。 私としてはバグダッドのシンポジウムが来年4月に延期になったので、この先半年は無収入となり、チャリティー展覧会などという脳天気なことをやっている 会場に身を置くこと自体が耐えられないことであった。 私は私自身を救済することを早急に考えなければならないのだ。 ☆日中はバグダッド・マケットの本体のシリコーン型に流したFRPを取り出し、修正作業をする。 全体的にシリコーンの厚みが薄かったので、あちこちのシリコーンが浮いてフォルムがゆがんでしまっている。 そして私の学生時代の人体小品の補修の続き。 ☆バグダッドから年末の挨拶が届く。 ” 以前お知らせしたように、シンポジウムの新しい日付は、私が一年で一番好きな季節に当たるため、さらに完璧だと感じています。 イラクの春は本当に素晴らしいです。空気は新鮮で、太陽は穏やかで、風景は美しさで生き生きとしています。 間違いなく、この国の魂の温かさを体験し、黄金の光の下でインスピレーションを開花させるには最高の時期です。 再生、コラボレーション、創造性の活気に満ちたこの時期に、皆様をお迎えできることを大変嬉しく思います。 準備は順調に進んでおり、一歩ずつ前進するごとに、この先駆的なイベントのビジョンはより明確でエキサイティングなものになっています。 これが記念碑的な芸術を創造する機会になるだけでなく、バ グダッドの中心で意味のあるつながりと生涯の思い出を築く機会になることを願っています。 ” 春のバグダッドが素晴らしいことはわかったが、私には乗り越えなければならない様々な難問が立ちはだかって、悩みは深い。 12月16日(月) ☆快晴。 朝はとても冷え込んだが、陽が昇ると陽射しが強く、日中はとても暖かかくなった。 夕刻からは風が出て冷え込む。 今夜は14,9夜の満月が澄み切った寒夜に凛と輝く。 ☆午前の裡に、昨日貼り込んでいたバグダッド・マケットの台座部のFRPを外す。 ☆昼に歯科医院へ。 先日に前歯の型を取って、借歯を嵌めていたが、今日は正規な義歯の装着だった。 歯科技工士の作業がとても丁寧で、ぴったりと全く違和感なく義歯が治まった。 しかも院長から事前に聞いていた治療費が、実際の支払額はその3分の1であった。 たった3回の通院で、こんな見事な義歯をこんなに安く入れて貰えるなんて、前歯が抜けた時に直ぐに今の歯科医院に来るべきだった。 ☆それで用意していた治療費が3分の1で済んだので、午後はFRPを買い足して、バグダッド・マケットの残りの本体部のシリコーン型にFRPを貼り込む。 ついでに友人の画家・河野富夫君から預かっていた、私の学生時代の作品の補修をする。 確かジャイアントビール1本と交換に、彼に譲った人体小品である。 高所に置いていたものが落下して、脚首と頭部が折れてしまっているので、頭部をFRPで接合する。 12月15日(日) ☆晴れ。 今日はこの冬一番の冷え込み。 風が冷たく、気温は上がらず。 この冬、初めてセーターを着る。 ☆午前に、昨日FRPを流したシリコーン型に、残っていたFRPを硬めに練って縁に厚みを付ける。 ☆午後は妻と、隣町の”ピムリコ”のセッションに出かける。 妻は一人で何度か出かけているが、私は久しぶり。 今日は底冷えで年末だったのでメンバーの集まりが悪いのではないかと思っていたら、みなさんそう思って意識して出て来られたようで満席の盛況だった。 ただ何時もは来訪者は殆どがセッション参加者なので、演奏中はギャラリーがわずかしかいなくてまったく緊張することが無かった。 だが今日は演奏しないギャラリーが大勢いて、とても緊張してしまった。 4曲セッションしたが、どの曲もテンポが狂ったり、音が出なかったりであった。 しかし、セッションの皆さんは実に楽しそうに演奏しておられる。 ☆久しぶりに小丸川沿いに野山を走ると、一気に紅葉が進んでいて穏やかですっきりした気持ちになれた。 12月14日(土) ☆晴れ。 ☆バグダッド・マケットのシリコーン型取り。 昨夕に流していたシリコーンはきちんと硬化してくれていた。 昔の未使用のまま半分硬化していたシリコーンも無事にきちんと硬化していた。 それでシリコーンの上に石膏を流す。 ☆しかし、今度は石膏型が外れてくれない。 石膏とシリコーンの剥がれが悪い上に、布張りしたシリコーンが、シリコーンの量が不足していたのでなだらかに成らず、布の角が立ってしまっていて、 それが石膏にひっかかって余計にびくともしない。 コンプレッサーのエアーを吹き込んでも効果が無い。 台座の方は悪戦苦闘の末になんとか外れてくれたが、本体の方はびくともしない。 ☆そうなったら最後の手段しかない。 外れない石膏型を叩き割って外し、それを再びシリコン型に嵌め込んで石膏を繋ぎ合わせるしかない。 だが石膏とシリコーンが密着して外れないので、いくら石膏型を叩いても、石膏が外れない。 そのうち激しく叩いた石膏が、外れた途端に私の左目を直撃してしまった。 ロクなことは無い。 まるで、バグダッドには行くな!と警告されているみたいである。 幸いにも目薬を差し、目の中の石膏片を妻に取って貰ったらダメージは残らなかった。 ☆石膏型を叩き割った本体のシリコーン型を外して見たら、離型剤のワックスを塗ったにもかかわらず、大理石の本体は思ったよりも綺麗だった。 安心して大理石本体にシリコーン型を被せて、叩き割った石膏型を再構成して固定する。 そして、石膏型が無事に外れた台座のシリコーン型にワックスを塗り、FRPを塗る。 だが購入したFRPは、台座にガラス繊維を貼り付けるのが精一杯であった。 さて、本体の方に流すFRPを買い足す経費なんて何処にもない。 頭を抱えてしまったが、バグダッドへ行くのは4月になったので、中国・恵安の報酬が振り込まれてから作業すれば問題はない。 12月13日(金) ☆快晴。 夕刻からは風が出て冷え込む。 ☆バグダッド・マケットのシリコーン作業にかかろうと工房に這入ると、またも朝から大ショック! 昨夕に補強の布張りをしていたシリコーンが硬化していない。 気温が低かったせいかと思って、庭の陽の当たる場所に置いてみたが、まったく硬化の気配はない。 やはり安物のシリコーンは使い物にならない。 原因はどうやら硬化剤の量にあるようだ。 試しに、半分硬化している昔の未使用シリコーンに多めの硬化剤を入れて見たら、硬化した。 ☆何もかもうまく行かなくて、お昼にはもう昼食の準備をする気力も無い。 ☆結局、荒治療をするしか先に進めない。 幾分硬化している本体の方には、石膏をかけて裏返し、硬化剤を多くしたシリコーンで半面のシリコーン型取りをする。 一方、まったくシリコーンが硬化していない台座の方は、シリコーンを拭き取って硬化剤を多めに入れたシリコーンで布張り補強作業からやり直す。 それで昨夕に届いた追加のシリコーンは使い切ってしまった。 まだシリコーンの厚みが足らないので、昔の半ば硬化したシリコーンを使ってみる。 果たして、明日には作業が進むのか。 ☆昨日の新聞に、お隣の新富町でのアーティストによる地域おこし協力隊の活動記事が載っていた。 少し前にも椎葉村での地域おこし協力隊のアーティスト着任の記事が掲載されていた。 どうやら高鍋町が進めようとしている”アーティストによる地域おこし協力隊”事業は、全国各地で展開されているようだ。 だが、この事業は一体どういう意味と効果があるのだろうか。 アーティストの居ない山間部にはある程度の波及効果はあるかもしれないが、高鍋町レベルの町には多様な地元の作家が居る。 しかも高鍋在住の私は収入が無く、役場の税務課からは催告書が届き、もはや首をくくらなければならない状況だ。 都会からアーティストを呼ぶより、地元のアーティストたちを支援すべきではないのか。 この地域おこし協力隊は、地方に1年から3年間生活し、以降はそのまま地方に住んでもらうのが狙いだが、私たち地方在住の地元作家でさえ食べていけないのに、 都会から来たアーティストがそのまま地方に定住して、作家生活で食べて行けることは不可能だ。 現実に、高鍋に移住してきたアーティストが何時の間にか出身地に帰ってしまっている。 そして宮崎に移住して来ておりながら、宮崎の文化レベルの低さの悪口ばかり言いふらし廻っているアーティストや、宮崎の人の家庭を崩壊させている連中も多い。 もっと宮崎の地元のアーティストを支援してゆくシステムの構築の方が大切に思えてならない。 12月12日(木) ☆快晴。 ☆注文しているシリコーンが届かないので、午前中はデスク廻りの整理。 ☆午後は自宅工房に溜まっている段ボールと新聞紙を紙資源センターに持ってゆく。 ☆そして午後は妻のボーカルレッスン日だったので、レッスンの終わりに少しハーモニカでジョイントする。 ☆そこへシリコーンが届いたので、夕刻からシリコーンの型取り作業。 シリコンーンの厚みが薄くて破れてしまったバグダッド・マケットの、台座部と本体部に補強のクロス張りをする。 昔に買ったままで未使用だったシリコーンの凝固剤も届いたが、先日に工房で見つけたものと同じだった。 先日、この凝固剤で半分固まりかけているシリコーンを硬化させてみたのだが、硬化が不十分だった。 やはり古くて半分硬化し始めているシリコーンは使えないのかもしれない。 ☆ところで、ふっと気付いた。 バグダッドのシンポジウムが4月にずれ込むと言うことは、もうバグダッドは暑くなっているのではないのか。 調べて見ると、4月1日の平均は最低が14度、最高が27度、そして5月1日の平均気温は最低が19度、最高が34度である。 もうほぼ日本の初夏から夏の気温である。 私は1月初旬からバグダッドの予定だったので、防寒用品で荷物が嵩張るので、そのために持参するマケットの重量を軽くするためのシリコーン型取り作業を やっている。 しかし4月からの開催になったので、マケットは大理石のままの重量で問題ないのだ。 なんという無駄な時間と高価な材料費を浪費してしまったのだろう。 ☆最近、これまでのマスメディアの報道について、オールドメディアという批判が高まっている。 私は経験的に、新聞記事やテレビのニュース記事をそのまま受け止められない。 今日、大阪に居る4兄から、昭和38年4月2日の我が家の火災の新聞記事のコピーを送って欲しいという依頼があった。 なにか我が家に関する記録を編集しているらしい。 新聞記事は多分、県立図書館のアーカイブでコピーできると思うのだが、当時の新聞記事では火事の火元が我が家になっている。 この日記でも4月2日には、この新聞記事を根拠に高鍋町史ではそのまま我が家が火元である旨記載されていることを報告してきた。 そして高鍋町史が改訂されたときに、編集担当者に事実に書き換えて欲しいと依頼したが、どうやら訂正はされていないようだ。 つまり当事者の真実の証言よりも、新聞記事を正しい事実として採用しているのである。 この火災の新聞記事は、当時の高鍋警察署によって捏造発表された火事原因に基づいている。 その捏造記事が、ずっと高鍋町史として永遠に残って行くのである。 4兄にこの高鍋町史のコピーを送ったら、兄も驚愕し、私たち真実の証言者が生存している今のうちに、この誤りを訂正させる必要があるという返事が 返って来た。 12月11日(水) ☆午前の内は雲が多く、曇天気味。 午後からは晴れる。 ☆朝一に、メールを開いて凄まじいショックを受ける。 夜中に、バグダッドのシンポジウムから、シンポジウムへのアップデイトメールが届いていた。 そろそろバグダッドからチケット情報など届かないと、東京までのチケットが手に這入らなくなるなと感じていたところだったので、メールを開く。 ところが、メール文の中に太文字の”April 2nd, 2025”という文字が目に這入り、その前に”we have decided to reschedule the symposium”と書かれているのに ドキリとなった。 あわててメールを翻訳すると、シンポジウムに使うオマーンの大理石を購入するのに想定外の手続きが必要だとわかり、会期を4月2日からに変更することに決定した、 というものであった。 とんでもない! シンポジウムが来年4月にずれ込むと、予定していた3月までの収入源が無くなってしまう。 先日に高鍋町役場の税務課に、税金の支払いをバグダッドシンポジウムの報酬収入まで待っていただくように頭を下げて来たばかりである。 それに4月に這入ったら、韓国・大邱の交流展にも出かけなければならない。 中国・恵安の報酬も、中国側からは大幅な税金を差し引かれての送金になるので、正月が越せる程度の入金でしかない。 バグダッドのシンポジウムが4月からになれば、私は向こう半年間は無収入ということになる。 これまでも絶体絶命の危機を乗り越えては来たが、今回はどう乗り切ればいいのか。 ☆午前にバグダッド・マケットのシリコーン型へのFRP張り込み。 両面のシリコーン型取りが終ったパーツに無事にFRPを流すことが出来た。 しかし追加注文しているシリコーンが今日中には届かなかったので、他のパーツのシリコン補強作業は出来ず。 12月10日(火) ☆快晴。 朝は冷えこんだが、こういう澄み切って陽射しの強い冬の日は、日中はとても気温が上昇する。 ☆バグダッド・マケットのシリコーン型取り作業。 昨日に補強のシリコーン布張りをした型に石膏を流し込み、これで1個のパーツは型取りが終了。 やはり大理石とシリコーンとの外れが悪いので、シリコーン型にFRPを流す前に離型剤でワックスを塗る。 それからホームセンターでFRPとタルクを買って来て、手持ちのFRP凝固剤が使えるかの試験をする。 FRPが硬化はしてくれたが、冬は気温が低いので硬化に時間がかかる。 それでFRPの張り込みは明日の朝から作業することにする。 ☆午後に高鍋町美術館へ。 例のアートによる地域おこし協力隊事業の件で、どういう展開になっているのかの話を伺う。 現在のところは問い合わせは5,6件あったが、応募はまだ0件だということ。 問いあわせの内容は、募集対象(アートの分野等)が漠然としているので事業の概要と、自分の居住地が応募条件に該当するのかというもののようだ。 美術館が受付窓口にはなっているが、地域おこし協力隊に関する主管はやはり地域政策課なので、問い合わせがあるたびに地域政策課に問いあわせていて、 手探りの状態なのだと言う。 したがって美術館が持っている情報量は私と変わらない状態だということであった。 問いあわせに対して、状況と照らし合わせながらの対応で進めて行くしかないようだ。 12月9日(月) ☆快晴。 陽射しは強いが、朝夕は冷え込んでこの冬一番の冷え込みとなった。 宮崎市では初霜、初氷を観測。 ☆一日、バグダッド・マケットのシリコーン型取り作業。 昨日に両面のシリコーン型取りが終った部分を外そうとしたら、最初に流したシリコーンが厚みが薄くて破れてしまった。 それで残りのシリコーンを使って布張りして補強する。 また台座の部分は、底の型取りは不要なのでコンプレッサーのエアーを吹き込んで石膏型からシリコーンと大理石本体を外し、次に大理石本体から シリコーン型を外そうとしたらやはりシリコーンの厚みが薄いうえに、大理石はシリコーンが染みこんで外れが悪く、破れてしまう。 どうしてもシリコーンの厚みを補強したりしなければならないので、シリコーンを追加購入しなければならない。 ネットで検索すると、先日購入したシリコーンの半額程度のシリコーンを見付けて注文する。 さらに工房を物色していたら、注文したばかりと同じシリコーンが未使用のまま置いてあった。 なかば硬化しているが、使えないことも無い。 しかし硬化剤が見つからないので、硬化剤だけを再注文する。 そんなことで、作業はまったく進まない。 大理石本体にも離型剤を塗る必要がありそうだ。 ☆バグダッドのガイドブックを捜してみたが、やはり旅行者には危険な国の”地球の歩き方”は発売されていない。 歴史的に重要な街なので何等かの情報が欲しい。 ネット検索をしていると、最新(10月12日)のアラブニュースで、” バグダッドは遺産観光の目的地として生まれ変わる ”というニュースがあった。 「数十年にわたる戦争、空爆、自爆テロ、自動車爆弾の後、バグダッドは遺産観光の目的地としての地位を確立しつつある。」とある。 12月8日(日) ☆快晴。 朝は冷え込んだが、日中の気温は上昇。 ☆バグダッド・マケットのシリコーン型取り作業。 昨日流し込んだシリコーンに石膏を流して被せる。 午後に、残りのシリコーンで1つの型の反対側の型を取る。 シリコーンの離型剤に何を使ったらよいのか解らず、ネットで調べるとサラダオイルでも代用出来るとあったので、サラダオイルを塗ってみる。 当然、本体は大理石なので、油が染みこんでしまう。 油の染みこんだ大理石はもう使い物にならない。 なんだかんだと、べらぼうに経費の掛かるシリコーン型取りになってしまった。 ☆午後にミュージシャンの照沼氏、来訪。 我が家で使っているLaneyのアンプの調子が悪く、照沼さんの知人に修理をお願いしていた。 修理が終ったアンプを持って来てもらい、私たち夫婦にはまったくちんぷんかんぷんなアンプの使い方を詳しく教えて貰った。 メカオンチの私たちは音のボリューム調整くらいしか操作が分かっていなかった。 そしてパソコンと接続して、夏の南町公民館でのライブをアンプで流してみるとすごく音が好い。 それに私たちの演奏もとても好いのだ。 ☆年明けに私が出かける地域がとてもきな臭くなって来た。 韓国の突然の戒厳令、イラク周辺の危うさ。 そして今日はとうとうシリアのアサド政権が崩壊した。 この日記にもずっと以前に書いたが、イランのシンポジウムで一緒だったシリアのアクタム(昨年のポルトガルでも一緒)が、魂の底から”私たちシリア国民は アサド大統領が大好きなのだ!”と語ったことが忘れられない。 それで帰国して新聞の国際情勢欄を綿密に調べると、やはりアサド大統領は独裁者の悪の権化としか扱われておらず、ネットでわずかにアサドを評価する 記事を見つけたくらいであった。 日本のマスコミがいかにアメリカからの情報しか発信していないことに愕然となった記憶がある。 それにアクタムはあの連日のダマスカス空爆の時にもダマスカスで彫刻シンポジウムを開催していたし、今年もつい先日までアクタム主催の彫刻シンポジウムが ダマスカスで開催されていた。 それにイランのシンポジウムに参加した時も、イランにとってアメリカは究極の敵国であるが、ホテルの部屋のテレビで毎晩流されているのは全てアメリカ映画のみ であった。 マスコミで流される状況と、現地で感じる実際とはかなりのズレがある。 中国へ行っても、反日という状況に遭遇したことはない。 12月7日(土) ☆晴れ。 午前のうちは雲が多く冷え込んだが、昼前から快晴となり気温は上昇。 リビングの暖房も不要で、作業にも防寒ジャンパーは不要。 夕刻からは冷え込んで来る。 ☆午前は、妻がキッチンの不燃物の片づけを始めたので、私も溜まっていた不燃物をゴミ収集袋に詰めたりの作業をする。 ☆午後から、自宅工房でバグダッドのマケットのシリコーン型取り作業を始める。 粘土で反割り作業をやっている間に注文していたシリコンーンが届く。 だが予測はしていたが、1kgの缶のシリコーンでは半分の作業しかできない。 しかし今の無収入の私には、高価なシリコーンを追加注文する勇気がない。 中国・恵安の報酬振込が何時になるのかわからないからだ。 頭が痛い。 ☆数日前から、スマホの指紋認証が出来なくなった。 スマホを再起動しても同じである。 寒くなって指が乾燥し過ぎているのかと指をじっと眺めていて、あることに気付いた。 そう言えば例年なら11月あたりから私は指に皸が出来る。 先日のように水磨きしたら一発で指が皸れる。 ところが、今年は指がガサ付いてきてはいるが、皸は全く無い。 やはりそれだけ温暖化が凄まじいということだろうか。 去年も年の暮れに、まだ皸が出来ていないことに気付いた気がする。 12月6日(金) ☆晴れ。 午前は快晴だったが、午後からは雲が出て冷え込んで来る。 ☆午後2時26分に地震。 私は当初は全く気が付かなかったが、妻が直ぐに”地震!”と叫んで、直ぐにテーブルの下に潜り込んだ。 以前は私の方が超敏感だったのだが、最近は妻の方が先に気付く。 震源地は日向灘で、宮崎市が震度3、高鍋は震度2。 ☆今日は、一日、年賀状のイラストレーター・データ作成。 何時ものように年賀状にプリンターで印刷すると、インク代が馬鹿にならないので、ネット印刷することにした。 昨日からヨーロッパ旅行の画像をチェックして、妻と私が一緒に写っている写真、それに妻と私が一人で写っている写真を選んで、レイアウトしてプリンアウトしながら、 写真を選んでいった。 妻からOKが出たのは、もう夕刻になっていた。 何時ものネット印刷に発注をかける。 ポイントが溜まっていたので、安くで発注出来た。 折り返し、データ確認完了のメールが届く。 ☆ようやく中国・恵安から報酬支払のための銀行口座記入の書類が届いた。 海外からの日本の銀行への振込必要データはきちんと記録してあるので、それらをコピーして種類は簡単に作成出来た。 担当者に送ると、書類に問題は無いと言う返答。 しかし年内に振込が完了するのだろうか。 近年はシンポジウム報酬は振込が多くなって来た。 12月5日(木) ☆快晴。 今日も風もなく、陽射しが強かったが、気温は下がって来る。 ☆今朝もアンジェラスの森に向かった途端に、大通りに出る角の縁石に軽トラを乗り上げてしまった。 つい先日も同じ縁石に乗り上げてしまって、もう何十年もこの角を毎日のように曲がっているのに縁石に乗り上げたのはそれが初めてだった。 そこへわずか数日を隔てての2度目のアクシデントなので、気を引き締めてアンジェラスの森へ向かう。 妻が言うように、高齢化でバランス感覚が崩れてしまっているのだろうか。 まともに運転しているつもりでも、もうバランス判断が狂って来ているのだろうか。 70歳になって車の免許を返納したと言う知人が居たが、やはり私と同じような危機感を感じたのだろう。 ☆一日、アンジェラスの森で作業。 午前は水磨きの作業で、冷え込んできたので手がかじかんで凹凸が確認できない。 午後にはエアー作業も終えて、一応、バグダッドのマケット原型作業は終った。 これからシリコーンで型取りして、石膏かFRPに写し替えて重量を軽くしなければならない。 ☆バグダッドの気温を調べて見たら、1月・2月は”涼しい”とある。 涼しい? しかし1月は最低気温5℃、最高気温16℃、2月は最低気温7℃、最高気温19℃で昨日今日の宮崎とほぼ同じ気温だ。 夏の平均気温が44度くらいの猛暑なので、それと較べて”涼しい”ということなのだろうか。 イランのテヘランではシンポジウム中に雪が降って雪合戦を楽しんだので、テヘランから数10キロしか離れていないバグダッドも氷点下になるのかと思っていたら、 テヘランは高地だったので気温が低かったのだ。 12月4日(水) ☆快晴。 今日も日中の陽射しは強く、とても暖かかった。 ☆午前に妻と宮崎市へ出て、イオンモール隣接の特設会場で開催されている木下サーカスを観に行く。 前回も同じ場所で開催されていて、妻と観に行った。 今回の開催は今月9日までなので、追い込みで超満員ではないかと思っていたが、平日のせいか入場者はそれほどでも無かった。 妻は先日の”ぞうれっしゃがやってきた”の合唱で一度観ているのだが、割り当てられた合唱団の席が目の前に柱が在って、とても見透しが悪かったそうだ。 今日は私たちの座った場所は目の前に何も遮蔽物がなく、ゆったり楽しむことが出来た。 やはりサーカスはワクワクする。 家族みんなで楽しめる。 ☆サーカスが終って、イオンモールでお昼を摂る。 イオンモールで食事をすることは殆ど無いのだが、前回の木下サーカスの時にも食事を摂ったのを思い出した。 ☆帰宅して、馴染みの自動車修理工場へ行く。 先日から軽トラのオイルランプが点滅し始めたので点検してもらった。 そうしたらやはりエンジンオイルが空っぽだったので、エンジンオイルとエンジンオイルエレメントを交換してもらった。 ☆軽トラの整備が終って安心して帰宅途中、我が家の近くの道で、対向車とすれ違うのがギリギリだったので少し路肩に寄せたら、突然、ガリガリガリ!と激しい音。 路肩に寄り過ぎて、角の電柱に接触してしまった。 サイドミラーが内側に押し込まれてしまったが、サイドミラーが電柱に接触したにしては音が凄まじかった。 帰宅して軽トラを見ると、左ドアから荷台にかけて真っ黒な筋が大量に付いている。 今日はサーカスで楽しい時間を過ごし、イオンモールで美味しいお昼を摂り、軽トラもオイル交換をしていい気分だったのに、最悪の気持ちに落ち込んでしまった。 ☆しかし、ホームセンターでコンパウンドを買って来て、黒い塗料を拭いてみると、黒い塗料が筋状に剥がれ落ちる。 どうやら電柱にプラスチック様のものが巻いてあったようで、幸いにも真っ黒な筋は殆ど取れた。 だがホームセンターに向かう途中で背後からサイレンを鳴らす消防車が走って来たので、軽トラを路肩に寄せて停止すると、なんと対抗車が私と同じ位置で 停止してしまった。 お陰で道幅は半分になり、あわや消防車は私の軽トラに突っかかりそうになった。 何か私の磁場が狂っていたのか。 用心しよう。 12月3日(火) ☆快晴。 今日も気温が上昇。 宮崎県内は軒並み21度以上を記録。 ☆昼前に歯科医院へ。 今日は前歯のブリッジの型取りということだったが、終ってみればブリッジの借り歯が嵌まっていた。 そして2週間後にはもう正式なブリッジが取りつけられる。 あまりの作業の速さにびっくりである。 おかげで今日からもう前歯の欠損は見えなくなった。 こんなことならもっと早くこの歯科医院に来るべきだった。 ☆お昼に、妻と隣町の”ギャラリーしんとみ”へ。 来年度の予約受付が12月に這入ってからということなので、急ぎ私たちの版画二人展の予約の確認に出かけた。 これまでは予約に出遅れて、空いているのは年末か年度末しかなく、来場者が最も少ない時期にしか予約が取れなかった。 今日は早めに出かけたので、幸いにも11月後半がまだ空いていたので直ぐに予約を入れる。 11月なら気候も良いので来場者も期待できるし、私も版画作品を制作できる時間を持てるだろう。 それに数年前から、商店街の理事長の独断でギャラリーは日曜日閉鎖となってしまい、多くの方たちに迷惑をかけていた。 私たちギャラリー利用者からも日曜日開廊を強く求めて来たのだが、ようやく来年度からは日曜日開廊が決まったと言うこと。 ☆午後はアンジェラスの森で作業。 今日はヤスリと砥石での細部仕上げ作業。 今日も日中は暖かかったので、蚊が出て来てあちこち刺される。 しかし午後半ばからは風が出て、しんしんと冷え込んで来る。 12月2日(月) ☆快晴。 今日は12月とは思えない陽気で、日中はとても気温が高かった。 外出すると暑い。 宮崎県内は殆どの地点で20度を超える気温だった。 ☆一日、アンジェラスの森で作業。 今日は気温が高かったので、蚊が出てきた。 エアーチッパーとヤスリでの作業。 ☆昨夜に、ライブに来ていただいた方からライブのスマホ動画を送ってもらったが、音がギスギスしていて、私のハーモニカ演奏は聞くに耐えられなかった。 自分ではこれまでの演奏の中では最もうまく行ったと思っていたので、愕然となった。 しかし夜中に届いていた片貝さんの撮られた動画を観たら、音がとても豊かで、ライブの時に感じた感覚と同じで安心した。 片貝さんはプロのミュージシャンであるし、何時もご自分のライブの動画を撮られているので、動画編集技術も高いのだろう。 知人にこの片貝さんの動画を送ったところ、某放送局で長年に渡ってミキサーをされていた方が、音のバランスの良さに感動されていた。 12月1日(日) ☆快晴。 全く風もなく、冷え込みも無く、とても清々しい穏やかな一日。 こうしてあっという間に12月に這入ってしまった。 ☆昨夜はお風呂に入る時間も無かったので、お昼前に妻と西都市の高屋温泉へ行く。 宿の入り口のモミジが紅葉していて、ようやく秋らしい景色に出遭った。 男湯の先客は一人で、ゆったりと這入る真昼の温泉はとても贅沢な心地良さである。 山間の温泉宿は物音が何も無く、真っ青な空の下でしーんとした静寂の中に身を置くと、それがまたたまらなく快い。 高屋温泉には高鍋駅前のモニュメントを制作し始めた頃に、妻と泊まりに来たことがある。 別棟の宿泊棟には風情のある露天風呂があって、その露天風呂に桜の花弁が散っていてとても幻想的だった。 ☆高屋温泉の直ぐ近くは、伊東マンショの産まれた都於郡城址がある。 伊東藩の武士たちはこの高屋温泉で傷を癒していたらしいし、伊東マンショもこの温泉水を飲んでいたらしい。 白濁した温泉は整腸の効能があると言うことで、飲んでみるととてもしょっぱい。 なんでも泉源が化石海水というものらしく、近くにも塩水の湧く井戸のある鹿野田神社がある。 この鹿野田神社の井戸の塩水は、食用の塩に代用できるほどの味質だということだ。 ☆今日は新田原基地の航空祭で、新田原基地を往復するシャトルバスが絶え間なく走っていた。 温泉からの帰路、高鍋駅から新田原基地に向かうシャトルバスが4台連なって走って来た。 この航空祭には九州内外から多くのファンがやって来る。(今日は48,000人のファンが駈けつけたようだ) そして、JRで高鍋駅にやって来た人たちが一度にバス4台分に詰め込まれたということだ。 みなさん、駅前の”MOON DANCE”の前で記念写真を撮られただろうか。 ☆午後は何もせず、ライブの残務処理などでゆったり過ごす。 11月30日(土) ☆快晴。 気温の冷え込みは無く、日中は暖房を切る。 ☆一日、今夜のライブの練習。 妻は妻なりの準備があったので、私は独りで1週間前に受け取った新曲のハーモニカソロを繰り返して特訓する。 ☆夕刻4時より、ライブ会場の”SAKA Bar”(我が家から徒歩2分)でリハーサル。 それぞれの音響のチェックが終ってリーサルを始めると、鳥肌が立った。 1週間前に我が家でやったリハーサルの音の響きとは全く違う。 そしてこれまでに同じメンバーでやった他の会場での音の響きとも全く違う。 私がいきなりプロのステージに立って居るような感動を覚えた。(サポートミュージシャンの方たちはプロだが) ”SAKA Bar”のマスターも”凄くいい響きをしていますよ!”と言う。 それで私の気持ちはとてもリラックスしてくれた。 ☆午後6時から開場、7時から開演。 今日は色んな所で色んなイベントが行われており、急に冷え込んだこともあり、妻と約束をしていた方たちのキャンセルが相次いだ。 開場して30分経ってもお客は4,5人ほどだった。 ”SAKA Bar”のマスターも、これじゃあ赤字だな・・・と頭を抱えている。 しかし開演直前になって一気にお客が這入り、定員20名に対して17名の方に来ていただいた。 遠くは日南市からも来ていただいた。 ☆今日は特訓のお陰で、私は大きなミスも無く、ほぼ完璧に近い形で演奏できた。 少し緊張しかけたが、ステージの雰囲気が良いし、お客の席も照明が落してあるので気にならない。 とても素晴らしいライブになった。 これまでのライブの中では最高の演奏だったと思う。 これなら入場料を取っても問題ない。 ☆お客さんたちの反応も良かった。 特に”MOON DANCE”は殆どの方たちが絶賛された。 私のハーモニカと口笛も褒めていただいた。 ”ハーモニカがすごくカッコイイ!”と紅潮した表情で伝えてくれる若い女性。 ☆打ち上げは、我が家で。 この春の私と妻のヨーロッパ旅行の画像をプロジェクターで流し乍ら、飲み、語る。 今はプロの演奏でもお客がガラガラで、今日のようにお客が17名も這入るなんて滅多に無いのだと言う。 楽しい満足のライブとなった。 サポートミュージシャンの皆さんも、とても楽しい時間を過ごして、満ち足りた好い気分で帰えられたようだ。 こんな後期高齢者の日々が来るなんて、妻に感謝である。 11月29日(金) ☆晴れ。 夕刻からは昨日以上に真冬並みに冷え込む。 ☆今日も明日のライブのための猛特訓。 午前中は妻との練習。 午後は妻のヴォーカルレッスン日で、講師の片貝さんとのレッスン。 新曲のハーモニカソロ部は、午前の練習ではなんとかうまく行ったが、片貝さんとのレッスンではボロボロだった。 明日も日中は特訓しなくては。 ☆韓国・大邱には、過去に3回ほど行っている。 2002年に交流展への招待で福岡の作家と一緒に、2003年の2回目も交流展の招待で小林照尚氏と一緒に、2006年の3回目は空港展参加の韓国作家たちの 作品返却に私の次男と橋本君の3人で出かけて、大邱のシンポジウムに参加していた海外作家たちのうち過去の空港展参加作家たちと一緒に楽しい一夜を持った。 3回とも福岡からは高速フェリーで釜山に渡っている。 福岡までは高速バスか自家用車で、釜山からは特急電車・ムグンファか韓国作家の送迎で大邱へ向かっている。 それぞれの行程を書き出して、来年4月の大邱行きプランを考える。 李さんの話では、福岡ー大邱のフライトが一番安いということだった。 ただ、福岡ー大邱のフライトは夜間着の1本しかない。 大邱で食べた参鶏湯とコムタンの美味しさは忘れられないし、釜山の小汚いレストランで食べたデジクッパの絶品も忘れられない。 今回の参加作家には、韓国はもとより海外の展覧会には初めて参加する作家も居るので、まだ4か月先のことだけれど、今のうちから対応を考えておいた方が良い。 11月28日(木) ☆晴れ。 風が強くぐんぐんと冷え込む。 夕刻の雲は真冬の雪雲のようなピンク色。 この冬一番の冷え込み。 ☆朝一にO内科へ血圧の定期健診。 もう血圧の薬が切れる寸前で、正月明けにバグダッドへ行って帰国するのは2月末なので、3か月分の薬を出して貰う。 また大腸憩室炎も鈍痛が続いているので、胃腸科医院で大腸検査をしてもらえるように紹介状を書いていただいた。 実はO内科医院は来年2月初めに閉院する。 O先生はまだ71歳だが、体調が悪く、それにコロナの時期の大量の書類作成や1,2年前に始まった新たな診断書の記帳で、毎晩夜中まで書類を書かねばならず、 体力的に限界なのだと言う。 我が家の長男と同級生の息子さんもお医者さんなのだが、高鍋に帰ってO医院を継ぐ意志はなく、閉院の決断をされたようだ。 O先生は患者に親身になって寄り添っていただく素晴らしい医師だった。 今日も隣の診察室で新たな転院先を決められましたかというO先生の問いに、決めてはいるけれどその医院の院長は患者は診ずに、パソコンのデータばかり見ている という評判の先生で、とても不安だと患者さんが答えていた。 確かに早朝の受付で並んでいると、患者の顔をきちんと見て対応してくださるのはO先生だけで、ほかの医院ではパソコンの画面しか診ない先生ばかりだという 会話をよく耳にした。 私のバグダッド滞在中の閉院となるので、今日の診察がO先生の最後の診察となった。 ☆ライブがいよいよ2日後になった。 まだまだ演奏がうまくいかない曲が幾つかあるので、今日はアンジェラスの森にはあがらず、ずっと妻とライブの練習をする。 11月27日(水) ☆午前は晴れ。 次第に雲が出て、冷え込んで来る。 ☆最近、朝起きるのがとても辛い。 妻が何処かで”寝過ぎは早死にする”という厭な情報を仕入れて来て、早く起きろと言うが、なかなか起きれない。 みんな年を取ると夜中に目覚めて眠れないと言うが、私に限ってはまったくそんなことは無い。 いくら夜中にトイレに起きても、すぐに熟睡する。 冷え込んできて、暖かい羽毛布団から出るのが辛いのもあるのか。 ☆アンジェラスの森で作業。 アンジェラスの森は町場より雲の動きが山間部に近く、午後は曇天となり風も強く、真冬並みに冷え込んだ。 今日からコンプレッサーを軽トラに積み込んで、エアーチッパーの作業に入る。 ☆午後に高鍋町役場税務課で納税相談。 中国・恵安の報酬が何時になったら振り込まれるのかまったく見当がつかず、ずっと無収入である。 次の収入見込みは来年のバグダッドだけで、これも報酬が現金支払いなのか振込みなのかもさっぱり分からない。 11月26日(火) ☆一日、雨。 ☆午前に歯科医院。 今日は1時間かけて歯石を取る治療。 そして院長と今後の治療方法について打ち合わせる。 先ずは虫歯の治療と、前歯の欠損への対応について。 前歯についてはブリッジ(両サイドの歯を削って、欠損した前歯の義歯と一緒に被せる)方法と、入歯(欠損した前歯の義歯を両サイドの前歯にひっかける)方法 とがあるということ。 だが入歯方法は以前に別の歯科医院で作ってもらったが、入歯をはめると頭痛が酷くて涙が出て来て耐えられなかった。 それで入歯ではなく、ブリッジの方が良いのだが、以前の歯科医院では欠損した前歯の両サイドは差し歯なのでブリッジは出来ないということであった。 しかし院長の話では、両サイドのうちの1本は私自身の健康な歯であると言うこと。 ただブリッジは健康な歯を削って嵌め込まなければならないので、健康な歯を傷めてしまうダメージはあるということ。 けれど私には入歯は合わないので、ブリッジで進めてもらうことにした。 ☆朝のうちと、午後にライブの練習。 ☆春のヨーロッパ旅行の妻の旅行記がようやく打ち込みが終わったので、プリントアウトしてチェックする。 問題は、この私と妻の旅行記をどうやって安い価格で製本できるかだ。 ☆以前に韓国のグループ展に作品を送った時に、韓国へは燻蒸証明書のある木材でないと木枠の荷物は送れなかった。 それで来年の韓国・大邱のグループ展でも作品をあらかじめ送る作家が多いと思うので、最近によく韓国のグループ展に参加している作家に確認してみた。 そうしたら、普通のコンパネの木枠で作品が送れるということであった。 今年は空港展に出品のトルコのザナンの作品が、彼女が梱包してきた木枠ではトルコへ返送できなくて、税関から帰って来たので段ボール梱包で送り直した。 トルコは木枠での輸入は出来ないのであった。 そういうことが起きるので、こういう輸入・輸出の各国のルールはきちんと確認しておかなければならない。 11月25日(月) ☆快晴。 陽射しは強かったが、冷え込む。 この秋(?)一番の冷え込み。 初氷の所もあったようだ。 夕刻には雲が出て、天候は下り坂。 ☆一日、アンジェラスの森で作業。 平地は風もなく穏やかだったが、アンジェラスの森は風があって、真冬並みに冷え込んだ。 秋が来ずに、一気に冬になった感じである。 ☆韓国の李さんから韓国・大邱での交流展の会期決定と、ギャラリー情報が届く。 会期は2025年4月8日から13日まで。 ギャラリーは”Bongsan Cultural Center'という大邱では超人気のギャラリーだと言うこと。 搬入が4月8日の午前10時からなので、今のところは4月7,8日に大邱へ行くことになりそうである。 その旨、国内の出品作家あてに連絡する。 11月24日(日) ☆快晴。 日中は気温が上昇。 ☆夜中に激しい腹痛。 最近時々起こる腸の異変で、便秘気味でもないのだが腹が張って痛くてたまらない。 しばらくのたうち回っていたが、なんとか落ち着いてくれたので、ようやく床に就く。 お陰で、一日中胃がきつかった。 高齢者になるといろいろ不具合が出て来る。 ☆今日は長閑な日曜日なので、久しぶりに何もせずゆったり過ごす。 ☆昼前に、日向現代彫刻展で大変お世話になった元・日向市職員のK氏来訪。 K氏には日向現代彫刻展以降も色々お世話になっていて、私たち夫婦の版画展やライブにも顔を出していただく。 K氏が小学生の頃は全国的に幼児の造型教育が盛んな時期で、K氏も夏休みになると妻の父の指導で1週間くらいの絵画指導が毎年行われ、 K氏は小学校時代だけで絵のコンクールの賞状が40枚ほどあるという。 妻が生まれる前の義父とK少年との熱い交流の話である。 お昼を、隣町のゲシュマックでご馳走になる。 ☆午後は、夜中の腹痛騒動で眠くてかなわず、少し午睡を取る。 11月23日(祝・土) ☆快晴。 朝夕は冷え込んだが、日中は陽射しが強くてとても暖かかった。 ☆朝一に、妻とライブの練習。 新曲のハーモニカソロ部がやっと少し吹けるようになった。 ☆11時から、高鍋高校OB美術会と高鍋高校美術部在校生との焼き肉交流会。 会場はOB陶芸家の唐木戸陶苑。 私たち高鍋在住のOBは10時から準備を始める。 まず初めにOBによるプロ作家としてのレクチャー。 今回はデザイナーの須賀田氏が、プロのデザイナーとしての生き様について、高校生に向かってのアドバイス的レクチャー。 続いて作業を分担して焼き肉会の準備。 現在のOBはもう殆どが高齢者になってしまい、このままではあと10年で自動消滅してしまう。 これは高鍋高校OB美術会のみならず、全国的に従来のシステムによる絵画グループも同じ情況である。 おそらく10年後には日本中の絵画サークルは殆ど消滅する。 それで私たちとしても、後輩との繋がりを綿密にして、後輩たちに参加してもらい若返りを計らなければならない。 一時的に、大学生もOB美術展に出品してもらったこともあるが、以降の歴代美術教師が私たちOBとの交流を全く望まない人ばかりが赴任してきて、情況的に 在校生との交流が出来なかった。 ある美術教師は、私は名前も知らないし会ったことも無い。 ようやく実現できた交流会である。 なんとか継続して、若い作家をOB会に引き込みたい。 ☆午後は30日開催のライブのリハーサル。 私は焼き肉会を途中で抜けて、急ぎ帰宅する。 久しぶりの何時ものメンバーでのセッションで、私はすごく緊張してしまった。 緊張で首筋が硬直してしまうのか、手が震えるのか、ハーモニカの単音が周囲の音が混ざってしまって綺麗な音が出ない。 何時もは間違わずに吹けるのに、間違ってばかり。 結局、全曲通しのリハーサルでは、まともにハーモニカが吹けた曲は1曲も無かった。 最後の休憩を挟んでからの練習では、ようやく落ち着いて演奏できた。 ☆パリオリンピック前からフランスに遊学していた照沼氏から、ヨーロッパの様子を伺う。 ニュースでも盛んに報じられているように、今のヨーロッパは各地で大洪水が起きて極めて凄惨な状況だという。 それらの大洪水に見舞われた都市には、この春に私たちが訪れた街も多数含まれており、照沼さんは”田中さんたちは本当に好い時期に行かれましたね!”と 言う。 11月22日(金) ☆晴れ。 陽射しが強く、冷え込みは無し。 ☆午前2時半くらいに宮崎市で震度3の地震。 高鍋でも震度2だったそうだが、熟睡中の私も妻も全く気付かなかった。 ☆午前に、あす開催の高鍋高校OB美術会と在校生との交流焼き肉会の食材買い出し。 メニューを考えてくれたK氏のメニューはあまりにも品数が多過ぎるので、K氏が計算した量よりも若干少なめに調達する。 ☆午後はアンジェラスの森で作業。 ☆中国が日本人の短期ビザ免除を再開するというニュース。 このビザ取得は昨年は人数制限で取得できなかったし、今年もギリギリでかなりの経費が掛かった。 ネットではこの件に関しても、反日の中国は危険だから行くなという書き込みであふれているが、本当に私が中国に行って反日感情を感じたことは全く無い。 11月21日(木) ☆午前は曇りで冷え込む。 午後からは一気に晴れ間が拡がり、気温は上昇。 ☆午前にアンジェラスの森で作業。 ☆午後は妻のヴォーカルレッスンで、ライブに向けたレッスン。 昨日に講師の片貝さんから送っていただいた新曲のハーモニカ部は、手も足も出らず。 それ以外は、まずまずの出来。 ☆今年の空港展の出品作で、ポルトガルのアルリンドの作品が本人に配達されずポルトガルの税関から送り返されたものが、宮崎空港に戻ってきたようだ。 再発送するにあたって、こういう事例は初めてのことなので、何故本人に届かず送り返されてしまったのかをアルリンドに尋ねてみた。 理由がはっきりしないと、また同じことになるからである。 今日のお昼にアルリンドから返事が届いたが、届かなかった理由はごく単純なことだった。 何んと言うことは無い、インボイスに記載したアルリンドの電話番号の一部が間違っていたのである。 書類を確認すると、確かにインボイスへの打ち込みミスであった。 それで税関がアルリンドと連絡が取れなかったようだ。 アルリンドは私が送ったEMSのインボイスコピーと追跡番号で作品が送られてきていることはわかったが、税関との交渉がうまく行かなかったようだ。 アルリンドはインボイスにメールアドレスを記載していてくれたらと言う。 確かに今はメールアドレス記載は必須項目だったかもしれない。 ☆高鍋町のアートによる地域協力隊に興味のある作家から、問いあわせの電話があった。 関心を持っていただくことはとても有難い。 しかしこの日記にも書いたように、私は3月に役場でこういうことをやりたいという説明を受けただけで、その後は一切のコンタクトも何もない。 先日に高鍋町美術館で美術館の職員にすでに募集が始まっていて、応募の履歴書等が届いたらあらためて連絡しますと言われて、びっくりした次第である。 したがって作家からこの協力隊の概要を尋ねられても何も答えようがない。 近いうちに高鍋町美術館へ出かけて、詳しいことを教えて貰わねばならない。 11月20日(水) ☆晴れ。 平年並みの冷え込み。 ☆一日、アンジェラスの森で作業。 ☆やはり、どうもこの秋に這入って体の動きが高齢者化してきた。 私と同じ年齢の俳優の火野正平が14日に亡くなった。 せんだって「ラストマイル」を観たばかりだった。 少し前に、ネットで、最近は75歳前後で亡くなる有名人が多いというテーマで、あるお医者さんが記事を書いていた。 確かに最近は75歳前後で亡くなる方が多い気がする。 俳優ばかりではなく、彫刻家もである。 そのネットの記事では、確かに男性は75歳までに4分の1の人は亡くなっているという統計数字があるのだそうだ。 また日本人の男性の平均寿命は80,9歳だが、その年齢までには男性の半分は亡くなっているのだそうだ。 そして健康で居られる男性の健康寿命は72,7歳なので、そういう統計でも75歳はもうかなり健康度合いが下がってきているので、最近になって有名人が 75歳前後で亡くなる人が多いというのは当然だということ。 特に、普通の人たちは高齢化を迎えて、健康への対応を考えて生き方を変えるが、才能ある有名人は若いころからの生き方を全く変えないので亡くなる確率が 高いのだそうだ。 私は還暦を過ぎて、暴飲暴食が出来なくなったのでかなり健康的な生き方には変って来たが、彫刻家としての生き様は変わらない。 だが最近の体調を考えると、海外シンポジウムに参加できるのも来年ぐらいまでではないのか、という気がひしひしとするこの頃である。 参加するとすれば、先日の中国のようにアシスタント側が殆どの作業をやってくれるタイプのシンポジウムになるだろう。 ☆夕食後にライブの練習。 今日は講師の片貝さんから、新曲のアドリブ部分のハーモニカ演奏の楽譜が送られて来た。 しかし、元の楽譜自体も毎日練習している楽譜から変っていて、どこをどう展開して行っていいのか全く分からない。 楽譜の読める妻からは、何故そんなことも分からないのかと怒られるが、さっぱり解らないし、なにせライブの本番までもう10日もない。 これからマスター出来る訳が無い。 ほとんど拷問の練習であった。 11月19日(火) ☆晴れ。 しかし空の半分はちぎれた雲が分散して、気温は上がらず。 この秋一番の冷え込みとなった。 ☆午前に歯科医院へ。 ずっと歯が浮いた状態で、酷い時には歯が痛くて食事も摂れないし、先日は歯茎と唇の間が炎症を起こして膿が溜まって痛くてたまらなかった。 コロナに這入ってからずっと歯科医院に行ってなかったし、時間も取れなかったが、正月明けにはバグダッドへ行くし、海外で歯の激痛が起きたら大変だ。 それでようやく歯科医院に予約を入れた。 今日受信した歯科医院は、サーフィン好きが高じて、仙台から高鍋に移住して来られた方の開かれている医院で、私は初めての受診である。 何時も通っていた歯科医院は、折角入れ歯を作って貰ったのに、私に合わなくて外して廃棄してしまったので、申し訳なくて行き辛くなったし、 我が家の直ぐ近くに出来た同窓生の息子さんの開かれた歯科医院は、最新の設備と技術で人気だが、通っている妻の話では治療回数が多過ぎて、 しかも一回の受診料が高すぎて閉口している。 殆ど無収入の私には、そんな治療費の嵩張る歯科医院には通えない。 それで通院歴のある方からの高い評価を伝え聞いて、今日の歯科医院を受診することにした。 もう口の中が腫れあがっている状態なので、かなりの治療が必要なのだろうと覚悟していた。 しかし、診察の結果は、虫歯は無く(一部にわずかのみ)、歯周病だけなので、現在残って歯をできるだけ存続出来るように歯石を取る治療を続けながら、 様子を見て行きましょうということであった。 今日は診察だけで、次回から歯石を取る治療になる。 腔内レントゲンを撮ったのに、受診料はとても安かったので、助かった。 ☆午後にアンジェラスの森で作業。 今日は冷え込んで、ほぼ真冬並に防寒ジャンパーを着て作業する。 手持ちのグラインダーがほぼ壊れてしまって、現在はずっと無収入で(中国の報酬支払いはかなり先になるらしい)、新しくグラインダーを買う余力も無いので、 なんとか動かせるグラインダーは無いものかとチェックする。 高鍋駅前の”MOON DANCE”の作業で、エアーグラインダー以外の電動グラインダーはほぼ壊れてしまったのである。 ☆何時もより早めに帰宅したので、気になっていた軽トラの青のりの汚れを、高圧洗浄機で除去する。 11月18日(月) ☆快晴。 今日からようやく秋らしい冷え込みとなった。 午後からは時間を追って冷え込んできて、上着を重ねる。 ☆一日、アンジェラスの森で作業。 倉庫で探し物をしていたら、何やら動く黒い影。 ネズミにしては動きがおかしいと思ったら、鳥だった。 何処かの隙間から這入って来て、出られなくなったようだ。 ☆夕刻に帰宅して寛いでいたら、見知らぬ女性の訪問者。 手にはお土産の紙バッグ。 どなただろと思ったら、”T先生には大変お世話になっています!” T先生とは、東京で小学教諭をやっていた上の妹のことである。 2人のお子さんが妹の担任でお世話になり、お母さんも妹と懇意にされているということ。 今回、宮崎に観光に来られたので、高鍋駅前の”MOON DANCE”を見に来られ、私にも会いに来られたということ。 11月17日(日) ☆午前は晴れ。 午後からは急に雨雲に蔽われて、雨となる。 気温はとても暖かい。 ☆午前は、23日に開催する高鍋高校OB美術展のOBと在校生との交流焼き肉会の事前打ち合わせ。 会場はOBのK氏の陶苑での開催となるが、主のK氏が若いころに結婚式場だったかのセレモニー施設で、パーティー部門の担当をしていた経験があって、 びっくりするメニュー展開を組み立て、市場調査までしてきっちりした予算組まで作成していて驚く。 私たちは焼き肉会と言えば、焼き肉の手配と、一緒に焼く野菜、それにおにぎりくらいのメニューしか思い浮かばない。 当日の段取りもてきぱきと指示が行き届いていて、K氏の陶芸家としての感覚を見直した。 K氏とは、若いころからの単なる真昼間からの飲んだくれ相棒でしか無かったのである。 ☆午後からアンジェラスの森へ上がる。 しかし森へ近づくにつれ雨となり、雨は次第に本格的になってしまった。 軽トラの窓を開けて空模様を見ていたら、大量の蚊が車内に這入って来て、窓を閉めたまま蚊取り線香を焚いたら、気分が悪くなってしまった。 雨は止む気配はないので、作業は断念して帰宅する。 ☆先年に福岡県から家族で高鍋に移住してこられたカメラマンが、9月に家族共々、福岡へ帰っておられたことが本人からの連絡で解った。 最近の彼のFacebookでの活動報告が福岡方面での活動がメインになっていたので、気になっていたのである。 彼には高鍋駅前の”MOON DANCE”の素晴らしい映像を撮ってもらった。 どうしてこんな田舎の高鍋町に移住してこられたのかは解らないが、やはりこれほどの力量の在るカメラマンでは生計を建てられなかったのだろう。 どうも昨今流行りの”移住”には、この頃はマイナス面の情報しか這入って来ない。 11月16日(土) ☆雨。 日中は小降りだったが、夕刻からは本格的に降る。 気温は高め。 ☆一日、デスクワーク。 午後からはバグダッドの原寸型紙を作る。 今回の作品は、扉を斜めに落してカッティングラインを入れる”DOOR”シリーズの作品なので、型紙に原寸サイズを記載して彫り込みの深さを出しておく。 実寸で型紙を作ろうとしたら、先日バグダッドに送った石の切削図面の寸法が一部間違っていた。 多分、図面の寸法を打ち込むときに間違ったらしい。 ☆妻は宮崎市で開催されている木下サーカスで、木下サーカスゆかりの合唱組曲「ぞうれっしゃがやってきた」から2曲を公演前に歌う、県民有志合唱団の 一員として参加してきた。 夕暮れて宮崎市はものすごい大雨で、帰りの有料道路は前方も見えない程だったと、クタクタになって帰って来た。 ☆注文していた”せいこがに”が届いた。 冷凍ではないので今夜のうちに食べなければならない。 しかし妻は秋口に伊勢海老で湿疹が出ているので、怖くてほんの一口しか食べなかった。 ”せいこがに”はかなり前に予約しなければならないので、予約当時にはまだ妻の伊勢海老反応は出ていなかった。 すごく美味しい”せいこがに”だが、妻の分まで食べるのはかなりのハードワークだった。 11月15日(金) ☆朝と夕刻に雨。 日中は重い曇天。 気温の冷え込みは全く無し。 ☆一日、デスクワーク。 ☆午後にピアノの調律師が調律に来訪。 この方は妻の弟の同級生で、妻の若いころの麻雀仲間だったそうだ。 お店を持っておられるので、店内に飾るために妻の版画を何時も買って行って下さる。 今日も、新作はありますか?と尋ねられて、妻の推薦する新作を買って行かれた。 ☆最近、私の周りの色んな組織が内紛で空中分解状態にある。 今日は私とトラブル炎上状態の某事務局から、あらん限りの罵詈雑言の言いがかりを書き連ねたメールが届いた。 このままでは気が狂いそうだ!と書いてあるが、本人が勝手に自分をそういう精神状態に持って行ってしまっている。 どれだけ罵られても、本人が勝手にそう思い込んでいるだけだから、私は怒るどころか、こんなことを書き連ねてこの先この人は大丈夫だろうかと案じてしまう。 スポーツジムから帰ってきた妻は妻で、開口一番に先日からおかしな状態に在る彼女の属するサークルの内紛状態の最新情報をキャッチしてきて報告する。 また夕刻には知人が所用で来られて、身近な組織の在りえない空中分解状態についての話をされる。 どの組織も以前はとても正常な運営だったのである。 まるで一気に正常な感覚の人間が居なくなってしまった感じである。 どうしたというのだろう。 何かの磁力が狂ってしまっているのだろうか。 11月14日(木) ☆雲の多い一日。 気温は高めで、長袖だけでは少し寒いが、上着をはおると暑い。 やはりとても11月中旬とは思えない。 ☆昼前に妻と宮崎市へ出て、宮崎シネマ館で「美食家ダリのレストラン」を観る。 久しぶりにバイオレンスの暴力も爆発も無い、エスプリの効いた面白い映画だった。 ☆映画のあとに、山形屋で開催されている自閉症の画家の展覧会を観る。 最近の民法ドラマで放映されている「ライオンの隠れ家」のなかで、自閉症の青年が描く絵を描いている人の展覧会である。 韓流ドラマにはまっていた妻が、最近の韓流ドラマがつまらなくなって、ネットで日本のドラマを見るようになり、いまはまっているドラマである。 自閉症というから、人前で描くのは苦手なのだろうと思っていたら、そうでは無くて人に見られている方が描けるのだという。 それで会場ではその画家が公開で作品を描いていた。 だが愕然としたのは、彼の兄が障碍者アートを取り扱う事業をやっていて、作品の値段が滅茶苦茶に高価なのだ。 確かにそうした障碍者の生計を助けるためには必要な支援事業かもしれないが、弟を商売道具にしているようで寒気がした。 ☆先日にマケットを作って応募した某海外シンポジウムの結果を確認したら、選外だった。 しかし会期がバグダッドとピッタリ重複していたので、むしろ助かった。 11月13日(水) ☆快晴。 3日連続の夏日とはならなかったが、それに近い気温。 ☆一日、アンジェラスの森で作業。 午前に片づけ物の研磨作業。 午後からバグダッドへ持参のマケット制作に這入る。 やはり私は石を彫っている時が一番幸せな気分になる。 ☆昼食後と夕刻にライブの練習。 ☆夜は南町ジャズライブに妻と出かける。 今夜はベテランのベーシスト・池田芳夫を迎えてのピアノ・大西洋介とヴォーカル・谷口さとみのトリオ。 大西さんと谷口さんは南町ジャズナイトには何度も来られている。 ☆ベーシストの池田さんはプロ活動歴60年で、年明けの1月1日には83歳を迎えられるという超ベテランである。 渡辺貞夫や日野皓正などの数多くのグループで活動されてきた方で、余韻の深いライブであった。 ☆池田さんの年齢を聞きながら、私は私自身のこれからについて考えてしまう。 私が2007年の台湾・花蓮シンポジウムに参加した時に、フランスから参加した作家が83歳であった。 彼はフランス語しか喋れなかったが、昼間からブランデーをがぶ飲みし、飄々たる性格で若い台湾の作家たちから大変愛されていた。 それ以来、私の彫刻家人生の目標は、彼の83歳を超えることが最高目標となった。 今では私は色んなシンポジウムでは最高齢の作家になりつつあり、まだまだ体力はあるので83歳まではなんとか働けるのではないかと思っていた。 しかし近年は世の中の動きが将来に全く明るい希望が見えなくなり、私の人生は80歳までで好いと思えるようになって来た。 そしてこの夏以降は急速な体力の衰えを感じるようになって来た。 あと8年目も現役で働くことは不可能に思えて来た。 池田さんの演奏を聞いて、妻はあなたも83歳までシンポジウムに参加できるわよと言うが、ミュージシャンと石の彫刻家では体力消耗の度合いが比較にならない。 11月12日(火) ☆雲の多い晴れ。 気温は上昇して、西都市は27度を記録。 宮崎県内は2日連続の夏日となった。 ☆夜中にトイレに起きてから右胸が苦しくなり、次第に右背中も苦しくなって、眠れなくなった。 我慢できずにリビングに降りて、痛み止めを飲む。 心配して起きて来た妻がシップを張ってくれて、それで少し落ち着いて再び眠りに就くことが出来た。 右胸なので肋間神経痛だと思う。 近年、ときどき起きる症状である。 ☆午後から久しぶりにアンジェラスの森へ上がる。 そろそろ彫刻家に復帰しないと、仕事が片付かない。 バグダッドへ持参するマケットの制作や、来年春のグループ展の作品も年内に制作しておかなければならない。 一月半ぶりのアンジェラスの森は落ち葉が積もっているくらいで、荒れてはいなかったが、今日は夏日だったので蚊に悩まされた。 ☆夕食後にライブの練習。 今夜は昨夜のような苦しさは無く、普通に練習できた。 11月11日(月) ☆午前は雲の多い曇天。 午後からは晴れ。 晴れて陽射しが強くなると、気温が急上昇。 ☆WeChatで、第7回中国・恵安石彫芸術祭の私の紹介記事と作家インタビュー動画がアップされた。 これは順次、全ての参加作家が紹介されるシリーズのようだ。 動画をFacebookに投稿したいが、WeChatの動画は保存できない。 どうしたら良いか尋ねると、事務局がメールで動画を送ってくれた。 それで無事に動画をFacebookに投稿できた。 私の喋りを聞いていると、やはり前歯が欠けているので歯抜けのふにゃふにゃ語りになっていて、動画を見た妻は大笑いしていた。 ☆丁度好いタイミングだったので、事務局に私の作品の本体と台座の接着剤での接合をお願いした。 オルガナイザーと石工場に作業を手配してくれることになった。 ☆夕刻に、先日の妻の個展で作品を購入予約していただいた方が、作品を受け取りに来られた。 本当は午後2時過ぎに来られるということで、午後はずっと何処にも行けず妻と2人で待機していた。 介護されているお母さんの状態が悪化して、その対応でなかなか家を出られなかったということであった。 遠路をわざわざ我が家まで来られたのは、作品を直接受け取りたかったということと、他の作品も見てみたいということであった。 とりあえず購入していただいた作品をお渡しして、これまでの2人展の作品集の中から興味のある作品を選んでもらって、妻が現物をお見せした。 ところが作品集の中から気に入って見ていただいた作品の方が、強烈に彼女の心を引き付けてしまった。 それで先日の個展で購入予約した作品は後日にあらためて購入されることになり、今日は別な作品を購入して行かれた。 妻のファンが増えて嬉しいことである。 ☆夕食後にライブの練習。 しかし次第にハーモニカを吹く呼吸が苦しくなり、とうとう苦しくて気が遠くなって倒れそうになり、演奏は中断してフロアーに横になった。 また黄疸時の後遺症である。 最近、つくづく体力の衰えを感じる。 11月10日(日) ☆曇り。 夕刻から雨。 日中はやや暖かかったが、午後半ばからは気温が下がって来る。 ☆午前は妻と月末のライブの練習。 ☆午後は妻の年金の請求手続き書類を点検。 妻もいよいよ来年から年金生活者である。 11月9日(土) ☆曇り。 今にも雨になりそうな重い曇天だったが、雨は降らず。 いくぶん蒸し暑い一日。 ☆今日は妻と宮崎県立美術館へ出かけ、リトグラフのワークショップを受講。 これは現在開催中の「19,20世紀の芸術家とポスター」展の関連イベントで、私たちがお世話になっている版画家の黒木周氏が、これらのポスターを制作した パリの版画工房に滞在制作したことがあるという関連付けでのワークショップであった。 まず展覧会開催中の企画展示室で黒木周氏の工房回想のお話があり、引続いて美術館のアトリエでのワークショップ。 教材用のリトグラフ金属版を使っての作業。 妻はこのスタイルでの作業を黒木周氏の教室でやったことはあるらしいが、私はリトグラフは初体験である。 描画材はサクラのソリッドマーカーを使ったが、細字用ではあったがかなり太い線しか引けず、私の思うような描画は出来なかった。 それをエッチングのプレス機で刷る。 実際の作業はアラビアゴム液を塗ったあとにかなりの時間をおいて感想させるのだそうだが、短い時間でのワークショップ作業なので版面の汚れがかなり 目だった。 その汚れも作品の”味”として受け止めれば問題ない、というユーモアたっぷりの黒木周氏のガイドであった。 まずはリトグラフの基本の基本のワークショップなので、我が家のアトリエで何度かやってみたい。 こうしたワークショップは和気藹々として楽しい。 11月8日(金) ☆晴れ。 冷え込んだ一日。 ☆父の42回目の命日。 何度か書いたが、父の亡くなった朝はものすごく冷え込んで、吐く息が真っ白だった。 ☆午前に高鍋町美術館で開催中の「仲矢勝好と宮崎交通制作室の仕事」展に妻と出かける。 生前の仲矢さんにはお目にかかったことは無かったが、私の知人たちが彼の制作室で働いたりしていたので、話はよく聞いていた。 私は日大高校の非常勤時代にシルクスクリーンの講習を受けて、宮崎県内では早い時期からシルクスクリーンの作業をしてきたが、同じころに宮崎交通の各バス停 に掲げられたシルクスクリーンの観光案内ボードは、おそらく宮崎では最も先駆けしたパブリックスペースでのシルクスクリーンであった。 だからとても気になる存在の宮崎交通制作室だった。 この宮崎交通制作室からは優秀な若い作家たちが育って行った。 ☆美術館会場で宮崎空港ビルの長濱会長とお遭いした。 長濱会長は若いころにずい分と仲矢さんにお世話になったということである。 また宮崎・二紀の河野富夫君もやって来た。 宮崎空港ビル3階ギャラリーでは、丁度宮崎二紀会の展覧会をやっているところだ。 ☆ビデオ室で宮交シティーに巨大なガリバー壁画を描いていた頃の仲矢さんの特集民放番組が流されていたので、妻と見入っていたら、美術館の係長から 思いがけないことを告げられた。 例の高鍋町地域おこし協力隊「アートによるまちづくりを担う芸術家」の募集がすでに8月から始まっていて、高鍋町役場のHPで広報してあるという。 黒木町長からは11月から募集開始と聞いていたので、もう11月になってしまったのだが・・・、と毎日気になっていた。 しかしすでに8月には募集を始めているが、まだ応募が全く無く、もう年度末が近づいきているので焦っているのだという。 そんな話は、全くの寝耳に水である。 それで帰宅して高鍋町のHPを開くと、HPでの広報開始は10月15日になっていた。 ところが、窓口が高鍋町美術館になっているのである。 3月の高鍋町役場での打合せでは、担当部署は地域政策課の「芸術のまちプロジェクト」芸術家・アーティスト募集係であった。 確かに私は、このプロジェクトには高鍋町美術館も組み入れていくようにというアドバイスはしたが・・・。 どうりで高鍋町美術館の係長から状況を説明されたわけだ。 ☆さっそく、私のメールアドレス帳の国内彫刻家宛にBCCで案内を送る。 HPを見た作家からは、よく内容が掴めないという返事が届いた。 ☆午後3時半から、高鍋町観光協会の臨時総会。 平日の臨時総会なので出席者は少ないだろうと思ったし、高鍋駅が完成に近づいているので高鍋駅の施設管理が観光協会の事業に成って行くための 臨時総会であろうことはわかっていた。 ただ上述の「芸術のまちプロジェクト」に連動した事業がすでに観光協会の事業で行われていて、こうした動きが観光協会の事業と関連されていくのだろうかと とても気になっていたので、出席の返事をしていた。 案の定、出席者は殆どが委任状での出席で、臨時総会は高鍋駅の施設管理の件を含める定款変更についてであった。 そして「高鍋駅交流拠点施設指定管理者事業計画」に目を通すと、”高鍋町美術館をハブに、町内のアーティストの作品を観て回るツアー”なるものが明記され、 事業内容に”町が募集している地域おこし協力隊アーティストを支援し・・・・・”と記載してある。 私の全く感知しないところで、この「芸術のまちプロジェクト」が進められている。 美術館の係長は、私が何も経過について知らないことについて、日本におられたんですか?と問い返したが、私は6月以降はずっと高鍋町内に居た。 日本国内に居なくてもこのネット情報時代、どこに居ようが連絡はつく。 私がたまたま今日、美術館に行かなかったら、この事業の募集は何時の間にか終ってしまっていて、私は事前案内をしていた彫刻家たちに何の案内も 出来なかったことになる。 11月7日(木) ☆快晴。 肌寒くなって、長袖だけでは寒い。 ☆一日、月末のライブの練習。 午前は妻と練習。 午後は妻のボーカルレッスン日で、講師の片貝さんとレッスンをする。 昨夜までは以前は演奏できた曲がまったく演奏できず、今朝の妻との練習で何んとか勘を取り戻すことが出来た。 それで片貝さんとのレッスンでは大きなミスも無く演奏出来て、妻も片貝さんもびっくりであった。 更に今回は新曲が這入るので、その練習も片貝さんに急遽ハーモニカパートを作ってもらってジョイントする。 ☆どうやら大腸憩室炎がまだ治まっていなかったようで、昨日あたりから寝ているとジンワリ横腹に鈍痛を感じるようになって来た。 11月6日(水) ☆晴れ。 気温は上昇せず、この秋一番の冷え込み。 ☆1日、庭の草取り。 長雨が続いて地面が柔らかいので、1本1本手で抜き取って行ったので、夕刻までかかった。 農家の方たちは大変だなと思わずにはおれない。 ☆妻が月末のライブの案内をフライヤー画像と共にライン友だちに送った。 次にラインをやっていない友人たちにSMSでフラーヤー画像を送ろうとして、或る人には送れるが他の人には送れないので、その理由を尋ねられた。 だがSMSは文字だけの送信なので画像は送れない筈だ。 ところが画像を添付できた人の画面にはカメラのマークが表示されているが、送れない人には表示されない。 そう言えば、最近のSMSはライン同様に画像を送れます、という連絡を貰ったことがあった。 それで私の電話帳登録の携帯番号を開いてみると、カメラマークが表示される人と表示されない人が居る。 カメラマークの表示される人には、普通にフライヤー画像が送れる。 ネットで調べて見ると、やはりSMSでは画像は送れないという情報と、送るには+メッセージに加入しなければならないという情報しか出て来ない。 どうやらドコモの場合は、契約状態で単なるSMSと+メッセージとの契約があり、+メッセージを契約している人にはカメラのマークが表示されるようだ。 そして最近に契約更新した人たちは、自動的に+メッセージの契約になっているようだ。 11月5日(火) ☆午前は雲が多くほぼ曇天。 午後からはすっきり晴れる。 肌寒い一日。 ☆妻の個展の事後処理。 購入していただいた版画を宅急便で送り、決算をする。 ☆今夜からは、月末のライブの練習に這入る。 以前にライブで演奏した曲が、もうまったく演奏できない。 勘を取り戻すまでには時間がかかりそうだ。 ☆またもアメリカンエクスプレスから、廃棄したカードでの購入への認証コード案内が届いた。 今回も購入先は同じで、前回同様に4件の購入で総額197,830円という高額購入である。 カードはすでに廃棄されているし、私が認証コードを打ち込まない限り引き落とされることは無いが、何とも気持ちが悪い。 11月4日(月) ☆雲の多い一日。 陽射しがない分、冷え込んだ。 ☆妻の個展の最終日。 午前に詩人の南邦和氏が来て下さった。 南氏と妻が話をしていたら、南氏と義父は親しくされていたことがわかったり、南氏の従兄の子息を妻が初任校で教えていたことが分かったりと思いがけない 関係に南氏は驚かれていた。 私と南氏とは若いころにラジオの対談で何度かお世話になっている。 ☆昼に強烈な個性のお客。 滔々と彼女の個人的な話をとめどなくぶつけて来る。 しまいには若い独身の男性を紹介してくれという話にまでなって、可笑しかった。 ”宝箱”のオーナーも、時々変な客は来るが、今日の女性はその最強度だとびっくりしていた。 この日にスケッチに来ていた妻の知人の画家グループのメンバーらしいが、スケッチもせずメンバーの悪口や”愛人”の悪口ばかりのたまわっていて、その妻の 知人も手を焼いておられるようだ。 ☆まあ、普通のギャラリーでは出会わない方たちに”出会える”会場ではあった。 妻は教え子たちが訪ねて来てくれたり、それなりにこの”宝箱”での思いがけない雰囲気を楽しんでいたようだ。 マグネットと缶バッチが60個近く売れた。 ☆今夜は持ち帰りのお寿司で打ち上げ。 私は中国の食事が余りにも不味かったので、日本に帰ったらすぐに寿司を食べようと思っていたのだが、いきなり妻が伊勢海老で湿疹が出てしまい、 魚介類は食べられなくなってしまっていた。 11月3日(祝・日) ☆快晴。 ☆今日の午後は妻の個展会場でのライブ。 リハーサルではリラックスした気持ちで、落ち着いていたのだが・・・。 ☆個展会場はとても狭いので観客の定員は15名に絞った。 半数は常連の友人知人たち、半数は今回の個展でライブのことを知られた方たち。 狭い会場なので、観客のみなさんとはとても近い距離にある。 それに妻のボーカルと片貝さんのピアノと私のハーモニカと言う3人だけでの公開ライブは初めてである。 そのためか、いきなり1曲めで普段うまく吹けるところをミスしてしまった。 そうなるともう元に戻れない。 いつものドラムとベースの加わったスタイルだと、ベースとドラムのリズムが私の失敗を引き戻してくれるのだ。 ある曲など、途中で譜面が見えなくなり、どこを演奏しているのかまったくわからなくなった。 パニックの状態で記憶だけで吹き続けたので、どこで#の半音上がりなのかもわからないままであった。 ほぼ全曲がミスばかりで、相当に落ち込んでしまった。 ☆だが夜に片貝さんから送っていただいた録画を妻と見ていたら、確かに1曲目からのミスは聞きたくもない悲惨な感じだったが、録音を聴いていると、 私自身が落ち込んだほどの大きなミスは無い。 これなら観客の皆さんには、私のミスはそれほど気にならない感じであった。 それに先日までは唇が腫れてまったく吹けなかった口笛が、ほぼ音程も完璧に綺麗に吹けている。 細かなミスはあったが、全体的にはかなりいい雰囲気のライブであったことにほっと胸を撫でおろした。 片貝さんからも”落ち着いた、素敵なコンサートでした”とコメントをいただいた。 11月2日(土) ☆青空が拡がったり、かというと小雨の混じった曇天となったりの不安定な気候。 気温は上昇して、蒸し暑い一日。 宮崎市は31、6度の11月観測史上最高気温を記録したようだ。 朝に宮崎へ向かう途中に、西の大地の上にくっきりと虹。 ☆一日、妻の個展会場へ。 土曜日だったので、妻の教え子や元同僚、高鍋から来られた私と妻の知人など、それなりに来場者で賑わった。 ただ、やはり”宝箱”に来られるお客はギャラリーには全く興味はない。 ☆カナダの女性が2人ふらりとギャラリーに這入って来られた。 「月の雫」を開いて、カナダのセント・ジョンにも私の作品がありますよと伝えたら、なんと一人の女性のお父さんがセント・ジョンに住んでおられて、昨年に セント・ジョンへ行ったばかりだという。 またもう一人の女性は日本に来て30年になるが、現在は宮崎国際大学で教員をされているという。 えっつ、この本の短歌英訳は宮崎国際大学に勤務していたことのあるマイケルがやって呉れたんですよ。 ただ彼女が宮崎国際大学に勤務を始めた時にはマイケルはすでに沖縄国際大学院大学へ異動した後だったので直接の面識は無いが、マイケルのことは よくご存じだった。 ”世の中、狭いですね!” お二人は幼稚園からの仲よしだということだった。 ☆夕食後は明日のライブの練習。 今日もなかなか呼吸が整わず、ハーモニカがとぎれとぎれになる。 いよいよ、明日がライブ本番である。 お天気は好さそうだ。 ☆イスラエルからの攻撃を受けたイランが、イラクからのイスラエルへの反撃を考えているようだ。 なんだかイラン・イラク情勢がきな臭くなって来た。 11月1日(金) ☆時折、小雨の降る曇天。 気温の冷え込みはなし。 ☆とうとうあっという間に11月になってしまった。 これから正月までの間は、バグダッドへ行く前にやっておかなければならないことが沢山ある。 やはり来年3月の版画二人展の開催は出来なかった。 ☆今日はライブのリハーサルのため、妻の個展会場は留守にする。 午前は妻とライブの練習。 午後に講師の片貝さんを交えてのライブリハーサル。 昨日までよりはかなり良くはなった。 だが昨日からハーモニカのジョイント参加のタイミングがうまく行かない。 かなり何度も練習したが、本番ではどうなるやら。 先日まで稲垣えみ子さんの「老後とピアノ」を読んでいたが、楽器は違えど彼女の日々の戸惑いはまったくそのまま私のことであり、おかしくて面白かった。 でも彼女の場合は老後といっても、朝日新聞記者を50歳で早期退職してからの老後だから、私より25歳も若い。 私もそのうちアドリブなど出来るようになるのだろうか。 |
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