Back to toppage このページでは彫刻家・田中等および宮崎の彫刻に関する最新情報をお届けします。 過去の日記 2024 1-2 3-4 5-6 7-8 9-10 11-12 2023 1-2 3-4 5-6 7-8 9-10 11-12 2022 1-2 3-4 5-6 7-8 9-10 11-12 2021 1-2 3-4 5-6 7-8 9-10 11-12 |
2024 | 8月31日(土) ☆快晴。 残暑の厳しい一日。 ☆朝の裡に、ライブの練習。 ☆朝10時から、南町公民館で午後のライブ会場の設営作業。 昨日の午後の雨で駐車場となる公園の地面が心配だったが、朝からのカンカン照りで、車の轍の心配はなくなった。 ☆12時からリハーサルの予定だったが、宮崎市内が竜巻と突風の影響で各所で信号機が使えなくなっており、交通渋滞でミュージシャンたちの到着が遅れた。 それでリハーサル中にお客さんが来られ始めたので、幾つかの曲はパスしてのリハとなった。 ☆午後2時からライブの開演。 やはり台風の影響でJRが全線で運休していたり、台風の後片付け等で来られなかった方たちが多かったようで、お客さんは20名であった。 ☆演奏はまずまずだった。 私は大きなミスも無く、アンプを通すとハーモニカの響きがとても気持ちよく延びてくれる。 妻との特訓ではなかなかうまくリズムに乗れなかった曲も、特訓のおかげでおおむねうまく行った。 特に”MOON DANCE”はこれまでになく豊かな表情で最高の演奏が出来た。 共演者の皆さんからも褒めていただいた。 妻の特訓に感謝である。 ☆午後5時から高鍋町内の居酒屋で打ち上げ。 今回初参加となったトニー・ガイとの会話が中心であった。 トニーはトリニダード・トバゴの出身で、彼らの祖先が受けた、コロンブスによる大略奪や大虐殺の話に聞き入る。 彼はずっと船の中でのミュージシャンとして活動していて、世界中を演奏して廻り、日本には約20年前に来たと言うこと。 日本に来てからの5年間は全く日本語が喋れなかったそうだが、今では私たち日本人でも旨く表現できないことをきちんと日本語で話すことが出来る。 また彼はお酒を飲まないし、豚肉を食べず、年に一定期間は断食をする。 イスラム教徒なのかと思ったが、そうでは無く、ある時の夢に神が現れて、神によって清く生きるように啓示を受けたのだそうだ。 だから若いころはミュージシャン特有の酒とギャンブル、麻薬、女浸りの日々だったが、神の啓示によって清く生きるように生き様を替えたと言うこと。 8月30日(金) ☆くもり。 午後半ばから一時的に雨。 ☆午前にアンジェラスの森へ上がる。 道筋の里山も大きな被害はなく、枝の折れた樹木を散見する程度。 アンジェラスの森は台風が来ることを全く失念していて、作業台などそのままだったのだが、作業台は微塵も動いていなかった。 作業場には小さい小枝が散乱しているのみ。 ☆午後から明日のライブの練習。 まだまだミスばかり。 ☆夕食の買い出しにスーパーへ行くと、見事に卵は1個たりとも無し。 レタス類も全く無く、お客さんは今夜のメニューが組み立てれず、みなさん頭を抱えておられた。 8月29日(木) ☆午前中まで雨。 昼前から曇り。 ☆心配された台風10号はあっけなく過ぎ去った。 夜中は雨風が強く、いったん目が覚めると音がうるさくてなかなか寝付けなかった。 しかし家が揺れることは殆ど無く、庭の木枝が折れたり物が飛ぶことも無かった。 軒下のガラス戸もまったく濡れていないので、吹き込みも無かったのだろう。 ☆お昼前には風雨は納まり、午後には雨も風もなく、吹き返しも全く無く、夕刻には青空が拡がった。 高鍋町は大きな被害は無かったのではないのだろうか。 ☆だが宮崎市では昨日から竜巻や突風が吹いてかなりの被害が出ている。 我が家にはテレビが無いので、知人たちからテレビを見て心配するラインが届いたが状況がわからない。 しかし夕刻にパソコンでネット配信の地元のニュースを見たら、宮崎市内の被害は想像以上だった。 人的被害が怪我程度で済んだのは幸いだったろう。 電信柱などが折れてしまっているので、宮崎市内の停電はほぼ夜更けまで続いたようだ。 ☆今日はとうとう新聞が配達されなかった。 ☆今日の様子では明後日のライブには影響は無いようだ。 8月28日(水) ☆雨。 台風10号が接近中だが、まだ日中には激しい風雨にはなっていない。 ☆しかし、高鍋町では朝から色んな警報や注意報が出ている。 朝には波浪警報が出たが、さらに午前10時に「高齢者等避難」が発令された。 そして夕刻5時には高鍋町全域に台風に関する「警戒レベル4避難指示」が出され、さらに平地地区には浸水害に関する「警戒レベル4避難指示」が出された。 この浸水害に関する「警戒レベル4避難指示」は町地区の全公民館に出されているが、発令時には唯一私たちの中町公民館だけは含まれていなかった。 中町公民館はこれまでに台風で浸水したことは無いし、我が家は特に隣まで床下浸水になっても浸水したことは無い。 今のところは、我が家は家に居るのが一番安全である。 ☆夕刻に少し風雨の納まった時に買い物に出た。 殆どの個人商店はシャッターを降ろしていた。 スーパーは空いていたが、野菜は殆ど消えていた。 ☆夜になってようやく台風らしい風雨になって来たが、2階の寝室が揺れることも無い。 九州接近・上陸は明日のようだ。 8月27日(火) ☆概ね晴れ。 台風10号接近の影響で時々雨になるが、まだ台風の直接的な影響と言うものでは無い。 影響が出るのは明日くらいなのだろうか。 ☆ところが午後3時前になって、フェイスブックで高鍋町美術館の青井学芸員から、高鍋町の全ての施設は明日28日から30日(金)まで休館という連絡が届いた。 私たちの南町公民館でのライブは31日(土)である。 例年は前日に高鍋町役場の担当課へ、ライブ会場の隣接公園を駐車場としての使用申請書を提出して、公園の鍵を借りている。 それで担当課には30日の金曜日に出かける予定だった。 役場も閉まるのかと案じたら、妻がパソコンで高鍋町役場のHPを開いて、役場の今日の窓口は3時10分で閉鎖と出ている、と言う。 もう3時前だったので、あわてて役場へ走る。 当然だが、役場は台風が来ても休まないと言うことだったが、折角出向いたので、公園使用申請書を提出して鍵も預かって来た。 ただし公園の使用条件として、雨等で地面がぬかるんで車の轍が残った場合は、必ず原状復帰させなければならない。 おそらく今の台風の速度では、台風は31日には去っているだろうが、公園の地面はぬかるんでいる可能性が大きい。 その場合は私の力では地面の原状復帰は不可能なので、公園には車を入れない対策を考えなければならない。 ☆私の親しい知人が児嶋塊太郎氏と高校時代の同級生だと聞いていたので、昨夜の宴の写真を知人に送った。 そうしたら、文化祭での児嶋塊太郎氏の女装写真が送られて来た。 てっきり麗しの女性だと思ってカメラを向けたら、同級生の児嶋塊太郎氏だったということ。 本人もびっくりの写真だった。 ☆ところで昨日の日記で書き忘れたが、昨夜の酒宴の話でいきなり伊東マンショの話が出て来た。 私は石井十次像も伊東マンショ像も制作しているので、何故?と思ったが、繋がりは石井十次も児嶋虎次郎のパトロンだった大原家もクリスチャンで、 その流れで児島虎次郎は大原家から5年間の留学でヨーロッパに派遣された時に、東欧少年使節団のリスボンからローマまでの道筋を辿って旅していると言うのである。 しかも児嶋塊太郎氏も、岡山の有力者たちを引き連れて同じ道筋を旅行していると言うのだ。 まさか石井十次、大原孫三郎、児嶋虎次郎そして児嶋塊太郎氏が一直線で伊東マンショと繋がっているとは大変な驚きであった。 8月26日(月) ☆晴れ。 日中は相変わらずの熱暑だが、台風の影響で夕刻からは降ったり晴れたりの不安定な天候となる。 ☆午前に、高鍋高校OB美術展の、OBと在校生との交流焼き肉会の打合せ。 OB美術展7回展の時に、OBと在校生との交流を深めようという意思確認を行ったのだが、具体的な動きが無かったので、あらためてみんなで確認して、 取り合えず今年は焼き肉会をやってみよう、ということになった。 実質的には高鍋町内に住んでいるメンバーで基本的な段取りをしてゆく。 ☆午後に、ライブの練習。 ☆夜は、昨日の石井十次セミナーで講演を行っていただいた児嶋塊太郎氏と、弟の石井記念友愛社理事長・児嶋草次郎氏、そして黒木・高鍋町長、 井上・高鍋町商工会議所会頭、私の三兄(元・高鍋町美術館長)と私との懇親の宴。 私は塊太郎氏の消息は昔から存じ上げているが、直接にお会いするのは今回が初めてである。 いまから27年前に、倉敷まちかど彫刻展の受賞式で倉敷市内のホテルに泊まった時に、朝のテレビを観ていたら大原美術館近くの児嶋虎次郎の館の一般開放 のセレモニーで話をされている塊太郎氏を観たことがあるだけである。 ☆主に石井十次の話で話が弾む。 当事者同志の話なので、興味深いお話ばかりであった。 また石井記念友愛社の「友愛の森」プロジェクトの中で、児嶋理事長の構想する”田中等彫刻公園”についても具体的な方向での協力依頼があった。 ☆一方、高鍋町が進めようとしている地域おこし協力隊制度によるアートプロジェクトは、11月に募集を開始する予定だと言うこと。 8月25日(日) ☆晴れ。 今日も炎熱地獄。 ☆午前はアンジェラスの森。 家を出る時にはそうでは無かったが、アンジェラスの森に着いた途端に黄疸時の症状が再発。 つらい苦しさで、作業は進める。 ☆お昼に、妻の通っているジムに併設されているレストランで、妻と一緒にランチをご馳走になる。 ジムのコンテナの壁の子供たちの手形に因るワークショップへのお礼。 窓からはお堀越しに高鍋町美術館の駐車場が見える。 なかなかに環境の良い処だ。 ☆午後はジムのレストランからホテル・四季亭へ直行。 四季亭では毎年恒例の石井十次セミナーが開催されており、今日は児嶋塊太郎氏が「石井十次の娘・友を妻に迎えた画家・児嶋虎次郎」という基調講演 をされた。 塊太郎氏は、石井記念友愛社理事長の草次郎氏の兄で、備前焼きの作家であり、現在は児嶋虎次郎の作品を納めた岡山県成羽町美術館の館長をされている。 祖父になる児島虎次郎についての資料研究を40年くらい続けておられて、その過程で最近になって分かった新事実などもあり、とても興味深いお話だった。 明日には児嶋兄弟と一献傾ける予定があり、それで今日の塊太郎氏の基調講演を是非聞いてほしいと言う草次郎理事長のお願いであった。 出かけて行って大正解だった。 私と石井記念友愛社とはとても深い因縁で繋がっている。 私の作業場のアンジェラスの森も、石井記念友愛社の敷地内にある。 8月24日(土) ☆晴れ。 今日も猛暑の残暑。 ☆午前10時から、我が家で31日のライブのリハーサル。 今回はドラム・フルート担当の照沼さんが所用で不在なので、トニー・ガイにパーカッションで参加してもらった。 ベースの中村さんは一度、トニーとセッションしているし、私たちもトニーの参加するセッションは何度か聞きに行っている。 リハーサルが始まると、やはりベースとパーカッションの参加でノリノリになる。 私の下手な演奏も大きなミスは少なくて済んだ。 ☆午後は高鍋町美術館で開催中の草間彌生展の関連イベント、美術評論家・秋元雄史氏の講演会「草間彌生のジャンルレス・アートの魅力」に妻と出かける。 美術館の駐車場は満杯状態で、役場の職員たちが暑い中を必死で駐車の案内をしていた。 県外ナンバーが多いかなと思ったが、意外や多くは宮崎ナンバーであった。 講演会の方は予約制でほぼ満員御礼であった。 秋元氏は直島のカボチャを草間彌生に制作させた直接の担当者だったと言うことで、面白い話が聞けるだろうと期待していたのだが、まるでまとまりのない内容で、 使用するプロジェクターのパソコン画面の操作も出来ず(そのたびに青井学芸員が壇上に上がってパソコンを操作)、まったく期待外れの講演会だった。 私は途中で眠ってしまったし、妻も先日観た映画以上の話も出て来ず、宮崎を馬鹿にしていると怒っていた。 よくぞ、これで東京芸大の名誉教授が勤まっているものだとあきれてしまった。 唯一面白かったのが、直島に最初のカボチャを設置した時の制作費と台風で流されて再制作した時の制作費が、今では信じられないような低予算だったが、 いまでは数億円になるだろうと言う裏話だけだった。 8月23日(金) ☆晴れ。 今日も蒸し暑い猛暑。 夕刻に雲が出て遠雷。 ☆一日、アンジェラスの森で作業。 朝の裡は無風で、とても蒸し暑かった。 そして起き抜けから体調が思わしくなく、作業場に上がってからは若い日の黄疸に倒れた時の症状が甦って来てしまった。 最近では5年前のルーマニア・シンポジウム期間中に症状が出て、皆を心配させてしまった。 体調のバランスが崩れて来ると、黄疸時の体調を体が覚えているので、一種の神経症のように思い出したように体がきつくて動けなくなる。 おそらくこの夏の酷さが堪えてきているのだろう。 インド旅行中、ほとんど死に体で炎熱のアジャンタ石窟を巡った時は、気温42度の岩陰を涼しいと感じながら夢遊病者のように旅を続けた。 そんなことを思い出す。 それでも作業はゆっくり進める。 午後は午睡を取って、少し楽になる。 8月22日(木) ☆晴れ。 例年、お盆を過ぎるといったん秋めくが、その後の8月末の残暑は暑中時季よりも堪える。 今日の暑さはその暑さに輪をかけた酷暑だった。 もう我が家の庭では蝉は鳴かない。 ☆今日の午後は妻のボーカルレッスン日で、そのために今日の午前と昼食後は私の不得意な曲を妻から徹底的に特訓された。 おかげで今日のレッスンでのライブリハーサルは、先週の時のような悲惨さは無く、大きなミスも無くハーモニカを演奏できた。 昨日はハーモニカを投げ出して仕舞いたいほどにストレスに圧し潰され、夕食後の練習では激しい片頭痛で練習を投げ出してしまった。 しかし妻からの特訓のお陰で今日はかなり気分が楽になり、夕刻には鼻水と共に再び片頭痛がしてきたので、昨日の片頭痛はストレスによるものではなく、 単にエアコンによる風邪気味だったことが分かり安心した。 ☆夜は南町ジャズナイトへ、ワインとおつまみ持参で妻と出かける。 今日のゲストは、私の制作した”MOON DANCE”へオリジナル曲を作っていただいたニューヨーク在住の山本恵理さん率いる”New York Connection TRIO”。 このメンバーでは、昨年にも高鍋でライブに来られている。 そして、いきなり2曲目の演奏が”MOON DANCE”であった。 昨年のこのトリオのライブでも”MOON DANCE”を初披露していただいたが、多分、昨年は山本さんのピアノだけによる演奏だった。 今夜、初めてドラムとギターの加わった演奏を耳にして、鳥肌が立った。 私の制作した”MOON DANCE”にこんな素晴らしい曲と演奏が奏でられるなんて、こんな幸せなことは無い。 ジャズナイトの常連客である高校同窓のH君は、今夜初めて”MOON DANCE”を聞いたので、”お前は幸せモンだな!”と仰天していた。 8月21日(水) ☆夜明け前まで雨。 日中は晴れ。 再びの猛暑日。 雨上がりで凄く蒸し暑い。 ☆午前はザナンの作品破損の件でデスクワーク。 ザナンからは破損した作品の写真が送って来たが、すでに接着剤で接合してあった。 また、自分の作品が壊れてしまったことはとても悲しいが、こういうことは起きることなので、私にこれ以上の迷惑はかけたくないとあった。 海外に作品を送るということは、こういうリスクを覚悟しなければならないので、作家も理解を示してくれるのは有難い。 宮崎空港ビルの担当者と空港展事務局の田村にも報告をする。 ☆今日はとても蒸し暑く、午睡をしても眠れなかった。 ☆午後はアンジェラスの森で作業。 下界よりは涼しいが、気温が下がると蚊が出てくる。 ☆今朝、起き抜けに3回続けてイギリスからスマホに電話。 3回目はずっと着信音が鳴りっぱなしで電話が切れないので、スマホの電源を切る。 イギリスには知人は居ないし、海外作家にはスマホの番号は誰にも教えていないので、例のフィッシングである。 ネットで調べると、最近はやはりアメリカとイギリスからの迷惑電話が多く、試しに電話を取ると中国語のアナウンスが流れると言う。 さらに今度はお昼にアメリカから電話がかかって来た。 8月20日(火) ☆晴れ。 雨上がりの猛烈に蒸し暑い一日。 夜になって雨。 ☆午前は今夜のハウスパーティーの買い出し。 午後に妻とライブの練習。 その後はハウスパーティーの仕込み。 ☆夜は帰省中の上の妹夫妻を招いてのハウスパーティー。 私たちの演奏と、春のヨーロッパ旅行のスライドショーを観ながら、私の手料理でもてなす。 妹夫妻は旅行好きで、私たちが回ったところも殆ど行っているので、妻と楽しそうにお喋りしていた。 今夜は私の手料理も好評で、最後に出したイカ墨パエリャは私自身がびっくりするくらい美味しく出来た。 ☆楽しい食事会も終って、妹夫妻もホテルへ戻り、妻も座を外したところで異変が起きた。 テーブルの上の片づけを始めたところで、摘まみ上げたカンビールのカンがワイングラスに当たり、ワイングラスが吹き飛んで粉々に割れてしまった。 カンビールの中身は空なので、なぜそんなにワイングラスが吹き飛んで粉々になってしまったのか。 それにワイングラスはよく割れるが、こんなに粉々になって飛び散ったのは初めてである。 何かとても厭な気持ちになった。 我が家でガラス類が割れる時は要注意なのである。 何か起きるのではないか・・・。 ☆一段落してパソコンを起動し、メールをチェックすると、やはり! トルコのザナンから、空港展の作品が今朝届いたが、作品が壊れていたという報告が届いていた。 それに、自分は木枠で送ったのに段ボール箱に這入って戻って来たと抗議している。 折り返しの返事で、何故段ボールで送ったのかの説明をした。 この日記にも書いたが、トルコへは木枠の荷物は送れないのだ。 保険はかけてあるので、手続きのために彫刻の壊れた状態の写真を送ってもらうようにお願いする。 8月19日(月) ☆夜中から激しい雷雨。 雨は午前中いっぱいは激しく降り、午後はいったん小康状態になったが、夕刻からはまた雨脚が強くなる。 雨は7月27日の夏祭り以来。 ようやく猛暑日も一段落した。 ☆今日も体調が芳しくない。 右脇腹に鈍い鈍痛がするので、やはり大腸憩室炎が再発しているのかも知れない。 天候も雨なので、一日デスクワークで過ごす。 ☆フェイスブックの投稿で、驚きの画像が上がっていた。 私が参加したウクライナのカネフ・シンポジウムの作家たちが展覧会をやっている。 しかもフランスに避難している筈のコチュマルも居る。 彫刻だけではなく絵画の作品も展示してあるので、女性作家も多く、実に華やかな雰囲気でとてもリラックスして楽しそうな写真が大量に投稿してある。 とても現在戦時中のウクライナの雰囲気ではない。 確かにカネフは戦禍に巻き込まれていないのは事実だ。 私たちが泊まったホテルは、戦争難民を受け入れているし、この戦時下でも彫刻シンポジウムを開催している。 あるいは戦争前の画像なのだろうか。 8月18日(日) ☆晴れ。 朝は雲が多く、何時もより気温は低めだった。 天気予報では午後からにわか雨だったが、午後は再びカランカランの猛暑となる。 ☆今朝は蝉の鳴き声が無かった。 その代わり、囀りの音色が高く美しい鳥が鳴いていた。 ☆起き抜けからどうにも体が重くて、なかなかベッドから出れなかった。 朝食を摂った後もなんだか体がきつい。 ここにきてやはりこの夏の暑さでバテて来たのだろうか。 若いころの黄疸に罹った時の辛さがときどき甦って来る。 アンジェラスの森へ上がる段取りをしていたが、やはりどうにも体がきつい。 そこへ妻が”今日は日曜だから、無理せずにゆっくり休んだら”と言ってくれたので、今日は休むことにして再び寝室へ戻った。 ベッドに横になると、そのまま正午までぐっすり寝入ってしまった。 ☆午後に妻とライブの練習。 体調が悪かったので練習どころではないと思っていたが、お昼を摂ったら幾分楽になった。 しかし、やはりハーモニカを吹いていると頭がクラクラして倒れそうになる。 ☆昨日、ポルトガルのアルリンドから空港展の作品がまだ届いていないと連絡があった。 海外作家には、作品が届いたら折り返しの連絡をお願いしてあるのだが、アルリンドとトルコのザナンからは何も言って来ないので気にはなっていた。 宮崎空港ビルの担当者がEMSの追跡番号で作品の追跡はしてくれていて、すでにポルトガルには7月9日にトルコには7月20日に届いている。 しかしそれから先の配達完了が表示されないので心配していた。 空港展は出品作品が無事に出品作家に戻るまで、さらに破損していた場合は補償問題が解決するまでは終了しないのである。 ザナンにも確認すると、やはりザナンの作品も届いていなかった。 それで今日の午後は、2人の作家と空港展担当者と連絡を取り合う。 空港の担当者に国際郵便のカスタマーと連絡を取って貰ったら、トルコのザナンの場合は、いったん所轄の郵便局から配達されて戻ってきている。 多分、配達したけれど不在だったのかもしれない。 日本の場合は不在通知があるが、海外の場合は郵便局の仕事ははなはだ雑である。 これまでにも本人が在宅していたのにもかかわらず、本人不在で私の元に返って来た事が2件あった。 それぞれの現地の所轄郵便局は日本の国際郵便では分からないので、EMSのインボイスコピーを送り、作家たちで調べてもらうことにした。 ☆夜は2年ぶりに田中ファミリーの酒宴。 妹たちが東京から帰省し、姪たちが沖縄から帰省しての久しぶりの楽しい宴であった。 8月17日(土) ☆晴れ。 今日も酷暑。 山手の方は午後から雲が湧いて雷雨の気配だったが、遠雷が轟くだけで、日中には雨は降らず。 暮れ方には下界でも雲が出て、お湿り程度のにわか雨。 ☆一日、アンジェラスの森で作業。 昨日の作業で欠けたエッジは、瞬間接着剤と大理石粉末で修正する。 一日、面出し作業。 アンジェラスの森は午前の前半は風も無く、じっとりと蒸し暑かったが、昼前からは涼風が吹く。 午後からは遠雷が轟いて夕暮れが早くなって来た感じだったが、同時に酷暑で影を潜めていたヤブ蚊が出て来た。 8月16日(金) ☆晴れ。 今日も激しい猛暑。 お昼にスーパーへ買い物に行ったら、出口のフロアーで動けなくなってしゃがみこんだままのご婦人がおられた。 この火あぶり刑のような陽射しの中を買い物に出て来られて、熱中症気味になられたのだろう。 ☆午前に妻と”ギャラリーしんとみ”へ。 開催中の公募写真展に、審査員の永友啓一郎氏が、私たちの3月のギャラリーコンサートの写真を賛助出品すると聞いていたので出かける。 また来年3月の版画二人展の申込書を出していなかったので、提出する。 ライブが終わったら、今度は版画展の作品に取り組まなければならない。 ☆そういえば、この連日の猛暑の中、今年はまだかき氷もソフトクリームも食べていないのに気付き、帰路に有名店に立ち寄ったら2件とも定休日だった。 ☆午睡の後、アンジェラスの森へ上がる。 先日カットした部分の面出しをしていたら、エッジが欠けてしまった。 この大理石は中国・青島の雲母結晶の多い大理石なので、エッジの部分に雲母が出てしまった。 それで別な部材で取り直したら、またもエッジが欠けてしまった。 ☆アンジェラスの森は夕刻近くからとても涼しくなった。 しかし下界へ降りて来ると、猛烈な熱風である。 今日の宮崎県内は各地で今年最高気温を記録したようだ。 例年は盆を過ぎると、一気に秋めくのだが。 8月15日(木) ☆晴れ。 今日も焦げ付くような猛暑。 新聞を見ると、まだまだ残暑が続くとあるので驚いて調べてみたら、立秋(8月7日あたり)以降を残暑と言うのだそうだ。 暦の上ではそうでも、体感的にはまだまだ本格的な”暑中”である。 ただ、確かに朝夕は少し気温が和らいでは来ている。 ☆今日は妻のボーカルレッスン日で、ライブ本番が2週間後(!)なので、アンジェラスの森には上がらず、デスクワークとライブの練習に費やす。 午前は私の苦手な曲目を妻に特訓される。 オリジナル曲を聞いたりして、なんとか曲の流れとリズムが掴めるようになった。 しかし午後の講師の片貝さんとのレッスンでは、1曲目で躓いてしまい、途端に極度に緊張してしまってガタガタになってしまった。 私の緊張が妻にも伝染してしまったと、妻がぼやいていた。 片貝さんからはミスした時の対処法など教示してもらう。 あと2週間で本番。 毎回、逃げ出したい気持ちだ。 ☆今夜は送り火。 月齢10.7の月を仰ぎながら、送り火を焚く。 8月14日(水) ☆晴れ。 今日も厳しい猛暑。 朝方は少し涼しくなったような気がする。 ☆一日、アンジェラスの森で小作品の制作。 本格的な制作復帰は3月以来。 午前のアンジェラスの森は、昼前から涼しい風が抜けるようになり、やっと秋が来たという感じで、気持ちよかった。 しかしお昼に帰宅すると、下界は燃え上がる炎熱地獄。 午睡を取って午後から再びアンジェラスの森へ上がると、午後は風も止まってしまっていた。 ☆今年の空港展の時に、ある出品者からフェイスブックで作品購入打診のメッセージが届き、期間中に空港に作品を見に行くので連絡先を教えてほしいという 内容だったという相談を受けた。 しかし明らかに文章がおかしかったので、それは中国人のフィッシングだから絶対に返事しては駄目、と伝えた。 そうしたら昨日の私のカナダ・Saint Johnのカタログ投稿に対して、同じ様に”あなたの作品が気に入ったので購入したい、連絡先を教えてほしい”というメッセージが 書き込まれたので、直ぐに削除した。 更に今朝のフェイスブックには、やはり昨日の投稿に対して”いいね”をして友達申請してきた人物がいた。 共通の友人が数名いたので、リストを見るとすべて私の友人の海外彫刻家たちだった。 それでつい気を許して友達申請を受け入れると、直ぐに返事が来て、”あなたの作品が気に入ったので、手に入れたいので連絡をしてほしい”という内容だった。 びっくりしてその人物のサイトを見ると、”村上隆”名の妖しいサイトだったので、直ぐに友だちから削除した。 フェイスブックの世界は危ないワナだらけ。 ☆夕刻に、アンジェラスの森からの帰路に、奥歯が疼き始めた。 以前から浮いている奥歯で、数日前から疼き始めていたが、帰宅する頃には痛みが酷くなり、頭痛もしてきて何も考えられない状態になってしまった。 痛みをこらえて夕食の買い物に出たが、帰宅しても夕食の準備どころではない。 痛み止めの”EVE”を用意して、小腹が空いていたので頂物のマスカットを数粒口にした。 ところがあら不思議。 マスカットを食べているうちに歯の痛みが無くなってしまい、その後も妻に”痛みはどう?”と聞かれても”えっ?”という有様。 マスカットには何か痛み止めの作用があるのか? でもやはりハーモニカの練習をしていたら右背中が痛くなり、同時に右肩から首筋が痛くなって来た。 歯の痛みはどうやら背中の張りから来ているようだ。 8月13日(火) ☆快晴。 今日も猛暑日が続く。 ☆午前に、日向市へ妻の実家の墓参。 お盆の入りで移動日だったのだろう、非常に車が多かった。 日向の海では多くのサーファーが波と戯れていたが、やはり南海トラフト臨時情報「巨大地震注意」の影響だろう、何時もは満杯の駐車場も空きが目立った。 むしろ私は波と戯れているサーファーたちに、彼らは津波で命を落すよりも今の享楽の方が大切なのだろうなと哀れみを抱いた。 ☆午後に高鍋交通安全協会で、更新した運転免許証を受け取る。 ☆日向から帰ってきたら、宅配ボックスにカナダ・Saint Johnの分厚いシンポジウム報告書が届いていた。 オルガナイザーのダイアナにお礼のメールを送ったら、折り返しの返事が届いた。 ”I love the photo of your sculpture on Harbour Passage. The children love to play on it.” 子供たちが私の作品と触れ合ってくれているのが嬉しい。 カタログにも、幼い子供が私の作品と戯れている写真が掲載されてあった。 それにしても私が参加したのは2014年だから、あれからもう10年も経ってしまったのかと驚く。 この先の10年後と言うと私は85歳だから、もう10年後のシンポジウム参加は無い。 ☆暮れて、迎え火を焚く。 妻は小さいころは、お盆になると祖先の霊が家の上に浮いているのが見えていたそうである。 墓地に行くと、火の玉も見たりしている。 だから余計に昨日の我が家の墓の不可思議な汚れが、怖くてたまらなかったようだ。 何か自然現象ではなく、意図的な人為工作に思えてならない。 8月12日(祝・月) ☆晴れ。 薄もやがかかったような一日だったが、暑さは変わらず。 もうお盆も近いし、そろそろ秋を感じる日も来て欲しい。 福岡の大宰府は35度以上の猛暑日が25日も続いていると言う。 もはや日本ではない。 ☆朝一に水道工事。 やはり水栓のパッキンだけでなく、配管も劣化で水漏れしていた。 思い切り新しい水栓に替えて正解だった。 ☆昼前に墓参。 最近は墓地の様子が大きく変化している。 我が家の墓の両隣が墓仕舞いしていて、空っぽになっていた。 しかもその作業が実に乱雑で、全く片づけていない。 昨日のヴァイブレーションの悪さがまだ尾を引いているのか、火を付けた線香を線香立てに立てようとして、右の人差し指を火傷してしまった。 落ちた線香を拾っていて、妙なことに気が付いた。 砂利が妙につやつやしている。 花を替えた時に水をこぼしたのかなと思ったが、周りを見渡すと墓地全体の砂利がまるでワックスを塗った様につやつやしている。 そして砂利だけではなく、墓石もべったりとワックス状のものがへばりついている。 樹脂が落ちて来たのかと思ったが、我が家の墓地の上には樹枝は延びていない。 ”なにこれっ!”と妻が悲鳴を上げたので妻の足元を見ると、墓地から真っ黒な液体が流れ出ている。 その黒い液体は誰かが故意に撒き散らしたかのように、ぼたぼたと地面に落ちた跡が続いている。 さらに我が家の墓地だけではなく、前の墓地はもっと酷い状態で、墓石からタラタラと樹脂のようなものが分厚く流れ落ちている。 一体何なんだ? ところが数軒先からの墓地には何の変化も無く、全く正常である。 いよいよ気持ちが悪くなり、妻は慌てて急いで墓地から出た。 ☆午後は午睡を取ってから、アンジェラスの森に上がる。 リフトのエンジンをかけると、無事に動いてくれた。 除草の続きをして、制作依頼のあった小作品の材を探す。 大理石なので、大材を割って調達しなければならないだろうと思っていたが、作品は組み合わせ作品なのでそれぞれのパーツは大きくない。 何んとか残りの材でまかなえそうで、小割りの作業をする。 久しぶりに石の作業をして、帰り道はなんだかとても気持ちよかった。 ☆夕食後にライブの練習をしていたら、右の背中がきつくてたまらず、途中でダウン。 床に延びて、妻に足裏で背中をマッサージしてもらうと、背中がバンバンに張っている。 ずっとデスクワークワークばかりしていたので、背中がすごく凝ってしまっているようだ。 8月11日(日) ☆晴れ。 太陽ギンギラギンの快晴。 ☆今朝の朝刊の読者投稿欄に、興味深い記事が投稿されていた。 或る方が部屋の片づけをしていたら72年前の昭和27年の「夏休みの友」が出て来て、その中に毎日の気温が書いてあった。 それでネットで72年前の実家周辺の気温を調べてみたら、7月に35度以上の猛暑日は無かったという。 それに比べて、今年の7月は35度以上の日数は7日となっていたという。 統計的にやはり夏が暑くなってきているのは確かなのだ。 ☆午前9時43分に震度3の余震。 新聞のデータを見ると、私たちが気付かないだけでかなりの余震が続いているようだ。 ☆今日は1階和室とリビング、2階寝室、2階階段踊り場の網戸の掃除。 これまでに網戸を掃除したことがあるのか全く記憶に無い。 かなりの汚れが流れ落ちて、すっきりした網戸に戻った。 ☆今日はヴァイブレーションが最悪の日となった。 起き抜けから精神が狂ってるとしか思えない同級生(これまでにも何度も縁切り宣言をしてきたが、今日で完全に縁を切る)からのラインや、連日私を悩ませている 某事務局からの理解困難なメールで、朝から最大限に不愉快な気分で始まった。 さらに夕刻には完全に縁切りをして一生顔も見たくない某の近況が、アップ写真付きでラインで送られてきた。 ライン仲間は私と某の絶縁関係の理由を知らないから致し方ないのだが、もう日本から脱出したい気分になった。 おかげで夕食も最低の料理しかできなかったし、ライブの練習も最悪の出来だった。 こんな不愉快な日を一刻も早く断ち切りたくて、早めに床に就く。 8月10日(土) ☆快晴。 今日も暑い暑い一日。 そろそろ一雨欲しい。 ☆朝9時から、先日にコンテナ壁に樹幹だけ描いていたフィットネスクラブの、夏休み子供企画によるハンドプリント(手形)作業。 今日は町内で他のイベントがあり、参加を希望していた子供たちの保護者の大半がそちらに出かけたので参加者は少なかった。 しかし参加してくれた子供たちは大喜びだった。 今日参加できなかった子供たちは、後日に機会を設けるということ。 ☆妻は午後に、高鍋町美術館で開催された草間彌生展の映画「草間彌生∞INFINITY」を観にゆく。 内容はかぼちゃシリーズの前までの、草間彌生の生い立ちからの記録だったようだ。 私は夕刻に水道業者が来ることになっていたので、出かけられず。 ☆夕刻に水道業者が来て、流しの水栓の水漏れの点検をしてくれた。 そうしたら、水漏れは水栓のパッキンだけではなく、配管の劣化にも原因がありそうだと言うこと。 その場合は、パッキンは在庫もしくは代替え部品があるが、配管はすでに廃版になっていて取り寄せが出来ないと言うこと。 それで今後の事を考えて、新しく取り替えることにした。 新聞では今回の地震による水道設備の破損が報じられていたが、一般家庭での破損の工事依頼は無いと言うこと。 8月9日(金) ☆晴れ。 今日も午後からは北西の空が雨雲に蔽われ、遠雷が轟く。 アンジェラスの森周辺では小雨がパラついたが、町場では雨はなし。 夕刻までには雨雲は去り、今日も猛暑の一日。 ☆昨日の地震の余震は夜中に2回。 最初は軽い揺れ。 2回目の午前4時半近くは、震度3のかなりの揺れ。 日中は体に感じる余震は無し。 ☆今朝の新聞を開いて、びっくり。 宮崎空港の3階レストランの厨房が凄まじい状態で、足の踏み場もない悲惨さ。 営業中だったので、とんでもない事態だったろう。 みんなが一応に感じたのは、これほどの揺れは過去に経験したことは無いということである。 その割に被害が少なかったのも驚きだが、情報では東日本の大地震の時にも直前に大きな地震は何度もあったが、本震では大きな揺れであったにも関わらず、 棚から物が落ちたりしなかったのだそうで、それで安心していた人たちが多かったと言う。 これから本震が来るやもしれない。 用心しなくては。 ☆妻は買っておいた防災バッグを開けて、中身を点検していた。 買ってから一度も中身を確認したことが無かった。 ☆昨日の地震では初めて南海トラフト臨時情報「巨大地震注意」が発令されたので、その対応で観光地は大変な状態になっているようだ。 海水浴場が閉鎖されたり、花火大会が中止されたり、そして何よりもこれからの連休とお盆のホテル宿泊が殆どキャンセルになってしまっていると言う。 コロナによるキャンセルのほぼ再来という情況だと言う。 ☆そして夜には神奈川で震度5弱の地震。 昨日は息子たちから宮崎の地震被害を案じるラインが届いたが、今夜は妻が息子たちに安否を尋ねるラインをやり取りしていた。 息子たちは東日本の時の教訓で防災バッグや水は常備していた。 地震列島日本では、何時どこで地震に遭うか分からない。 ☆そろそろ仕事に復帰しなければならないので、午後からアンジェラスの森に上がる。 今日は除草作業の環境整備。 蚊は居なかったが、ブヨとアブに悩まされた。 蝉はツクツクボウシのシャワーで雰囲気は秋の気配だが、とても蒸し暑かった。 とうとう背中をアブに刺されて、早めに帰宅する。 8月8日(木) ☆晴れ。 今日も猛暑。 午後には空の西半分は雨雲がかかって遠雷が轟いたが、雨には至らず。 ☆朝一にドコモショップへ。 dカードの今月分の引き落とし額が大きいので、確認に出かけた。 そうしたらスマホの料金と光ネットの料金が合算されて請求されていた。 また他に月々の料金がかかっているものがあるので調べて貰ったら、メールの広告ブロックとスマホの補償金が設定されていた。 私はそんなもの契約した覚えは無いし、スマホの補償はdカードにもついているというので解約してもらった。 今回のスマホの買い換えによる契約等はあまりにもこうしたトラブルが多過ぎる。 ☆午後4時43分に激しい揺れ。 日向灘が震源地の震度6の地震で、高鍋は震度5弱だった。 私と妻は丁度リビングでデスクワーク中だったので、慌ててテーブルの下にもぐりこんだ。 こんなに激しく長い揺れは滅多に無い。 家中が激しくきしむ音の中に、あちこちで何かが床に落下する音が続く。 だが、長い揺れが収まって、家の中を点検すると、被害は思った程のことは無かった。 棚の中のお土産類が数個ほど落ちただけであった。 2階も殆ど被害は見当たらなかった。 ☆先日も大きな地震があったばかりなので、余震に備えて、備蓄していたペットボトルの水を新しく入れ替える。 落ち着いてから買い物に出かけると、みなさん備えの水を大量に買い込まれていた。 ☆宮崎県内には津波注意報が出され、門川町と高鍋町に避難指示が出された。 しかし高鍋町の避難指示は海水浴客に向けての呼びかけであった。 大きな揺れの割には、不思議なくらい家の中で倒れたりしたものが無いという友人知人たちからの報告である。 ネットニュースでは、宮崎空港やJR宮崎駅は閉鎖されたようだ。 8月7日(水) ☆晴れ。 今日も猛暑日。 ☆一晩中、吐き気がして気分が悪かった。 昨日は間食もしていないし、吐き気を催すような物は食べていない。 しかし起きてから、ずっと脇腹に鈍痛がする。 ひょっとすると、昨年の1月と7月に発症した大腸憩室炎かもしれない。 しばらく様子を見てみよう。 ☆パリオリンピックのスケートボードで、高鍋町出身のスカイ・ブラウンが東京五輪に継いで銅メダルを取った。 スカイ・ブラウンが住んでいたのは高鍋駅のすぐ近くである。 一時期、高鍋駅前の”MOON DANCE”がスケボーラーたちの格好の遊び場になっていた。 モニュメント台座には、彼らが乗り上げたスケートボードの塗料があちこちに張り付いている。 地域住民たちが注意すると、彼らはむしろ逆上する。 その対策にみんなで頭を抱えていた時に、私はオリンピックメダリストのスカイ・ブラウンからスケボーラーたちにソフトなメッセージを出してもらうのが最も 効果的ではないのかと提案した。 オリンピックのスケートボード・メダリストを輩出した地元の高鍋町で、地元のスケーボーらーが地元のシンボルであるモニュメントを傷つけたとなれば、 世界中の恥である。 スカイ・ブラウンは名誉高鍋町民でもあり、高鍋町長も賛同してくれた。 しかしこのレベルのメダリストになると、町長との個人的なコンタクトは出来ないのだろう。 現在は高鍋警察署が巡回を強化してくれて対応していただいているようだ。 8月6日(火) ☆晴れ。 今日も猛暑日。 ☆キッチンの水漏れは、水仕事をしている時にしか漏水しないので、どうにも水栓のパッキンに問題があるようだ。 それで型番を調べて、LIXILのお客様相談センターへ問いあわせてみた。 症状の説明と、水漏れ箇所の写真を添付して問いあわせてみたら、すぐに折り返しの返事が戻って来た。 やはり症状からパッキンの取り替えで改善できるかどうか試して欲しいと、添付された分解図に交換すべきパッキン2箇所が示してあった。 ただ部品は在庫調達できるようだが、シンク下までかなりの量が漏水しているので、業者に確認してもらった方が良いとあった。 以前にレバー部分が壊れて、部品を送ってもらって私自身で取り替え作業ができたのだが、今回は業者に頼んだ方が良いようだ。 ☆今日は広島に原爆が落された原爆記念日。 8時15分に黙祷のサイレンが鳴り響いたが、こんな早朝だったのかと改めて驚いた。 そして若い日のインド旅行中、カルカッタの映画館で”The Bible”(1966年製作)を観て、映画館を出た時の衝撃をいつも思い出す。 この”The Bible”は旧約聖書の天地創造から始まる壮大な物語である。 ところが、映画の中の映像で出てくる天地創造の時代の人々の出で立ちと、映画館を出た時に目にしたインドの貧民の姿が殆ど同じだったのだ。 インドはまだ天地創造時代から殆ど変らない時代なのだというショックに、オーバーラップしてきたのが原爆投下だった。 インドではいまだ日常が紀元前の世界なのに、日本では原子爆弾が落された。 あまりにも凄まじい落差。 インドという渾沌とした世界で”The Bible”を見たからこそ感じた衝撃であった。 ☆夕食の後にライブの練習をしたら、何だか気分が悪くなり、ワインも進まず早々に床に就く。 8月5日(月) ☆晴れ。 今日も猛暑の一日。 ☆午後に妻のボーカルレッスン。 ライブまでもう一と月を切ってしまったので、私はレッスンの前にお昼を挟んで妻と特訓。 先天性リズム音痴の私は、特に三連符がまったく呑み込めない。 絶望的な気持ちになる。 しかし講師の片貝さんとのレッスンでは、細かいことは気にせずに指導していただいたので、何時もより楽しくレッスンが出来た。 8月4日(日) ☆晴れ。 今日も炎熱の猛暑。 ☆朝のうちは少し薄雲がかかっていたので、伸びて来た庭の草を刈る。 終わるころには庭全面が暑い陽射しに蔽われて、水風呂を浴びる。 今日は日曜日なので、昔ならカンビールでも呑んでいたところだが、今はそういうこともしなくなった。 ☆今日も一日、デスクワーク。 何時ものことだが、仕事のプランをまとめるまでには、なかなか集中できるエンジンがかからない。 ☆流しの下の扉を外してしまっているので、ゴキブリが這入って来るのではと心配していた。 しかし今年の夏はゴキブリも蚊もまったく出て来ない。 暑すぎる夏には、アンジェラスの森でもヤブ蚊が居なくなることがある。 そういえばキッチンの小バエも何時の間にか見なくなった。 そして我が家が毎朝のオムレツに重宝しているスーパーの卵が、先日の分から白身が水のようにサラサラで、ゆで卵にすると黄身しか固まらない。 これもこの夏の猛暑のせいなのだろうか。 8月3日(土) ☆晴れ。 今日も猛暑日。 ☆朝一に、台所の流しの点検。 ヨーロッパ旅行から帰って来てしばらくしてから、システムキッチンの下部から水漏れがするようになった。 システムキッチンの部材がおが屑を固めたMDF(中質繊維板)なので、その漏水した水を吸って膨れてしまい、扉等が開かなくなってしまった。 それで扉の金具を外して、流しの下をオープンにして水漏れ箇所を点検した。 そうしたらスポンジたわし等を入れる収納部から水漏れがしている。 しかしその嵌め込みの部分を外して補修しようと思うが、外れない。 とりあえずまず収納部を乾燥させてから接着剤で水止めをしようと思って、水滴の落ちる場所に水受けのボウルを置いた。 だが収納部にはもう水は溜まっていないのに、水滴は止まらず、ボウルの中にはかなりの水が溜まって来た。 これは原因は他に在りそうだ。 ☆一日、デスクワーク。 この夏中に片づけなければならない仕事があるのだが、プランが行き詰ったままもう何年も経ってしまっている。 集中して考えようとするのだが、先に進まない。 ☆伊藤先生の聞き書き「青の月光」は、今日の109回が最終回であった。 最終回の直前に「月の雫」を入れて下さったことになる。 有難い。 8月2日(金) ☆晴れ。 今日は薄雲のかかった一日だったので、陽射しは少し和らいだが、蒸し暑さは変らない。 ☆西日本新聞で連載中の伊藤一彦先生の聞き書き「青の月光」連載は、今日で108回目を迎えた。 そして神屋支局長から連絡があった様に、今日は私と伊藤先生による「月の雫」についての話題だった。 西日本新聞は現在は宮崎での販売が中止されているし、西日本新聞のネット版では最近では翌日にしか掲載されない。 それで昨日の裡に先日”MOON DANCE”を見に来てくださった福岡市のKさんに連絡していたら、わざわざ今朝の新聞記事コピーを送っていただいた。 午後にはネットでも掲載された。 しかし人生とは何かと悩み、インドを放浪したことから始まる記事の連載回が108回目なんて、あまりにも出来過ぎではないかと思っていたら、やはりこれは 神屋支局長が意識してインド=108の煩悩として掲載回を合わせていただいたようだ。 この伊藤先生の連載記事には、連載開始時での初任校・高鍋高校時代の教え子でも取り上げていただき、2度も登場させていただいた。 伊藤先生は”教師冥利に尽きる”と結ばれているが、こちらこそ”教え子冥利に尽きる”。 この記事で、また「月の雫」を手に取っていただく方が増えると嬉しい。 ☆元・共同通信宮崎支局長の上野敏彦さんも、フェイスブックで取り上げて下さった。 ” ◎ムーン・ドロップ 月光の歌人、伊藤一彦さんと年の近い教え子、田中等さんの感動のドラマ。 西日本新聞の聞き書き連載は108回目に入りました(^.^) ” 上野さんは現在、伊藤先生の本を執筆中である。 その本でも私たち高鍋高校時代の教え子の私たち(先日の安井君、児嶋君)が登場するようである。 ☆朝一に、O内科で血圧の定期健診。 夏バテも無く、いたって健康である。 保健証は初めてマイナンバーを使ってみた。 ☆午後に2024シルクロード国際芸術展のデータをまとめて、事務局へ送る。 折り返し、事務局からでデータ受領の返信が届く。 8月1日(木) ☆晴れ。 今日も猛暑日。 統計では今年の7月の平均気温は1898年からの統計史上、最も暑かったらしい。 皆さん、近年の夏は暑すぎると言われるが、私にはその実感が無い。 尤も、以前は日本の彫刻シンポジウムは真夏の酷暑の中で行われていたし、エアコン嫌いの私が我が家にエアコンを入れたのは家を新築してからである。 だから昔の方が遥かに体感的に夏は暑くてたまらなかった。 ☆午前は、注文をいただいた小作品の実施図面を描く。 図面を引く部屋にはエアコンは無いが、午前中はなんとかしのげる。 ☆午後は今年のシルクロード国際美術展のデータ整理。 届いたPDF用紙に書き込むにはWord変換しなければならない。 以前は簡単に変換できたのだが、最近はWordから開くしかない。 しかしWordで開くと、昨年と同じ経歴等の文書のコピーが乱れてうまく行かない。 そんなこんなで作業が全く進まない。 ☆私たち夫婦にはまったく体調の変化はなく、長男も今日から出勤した。 ところが午後になって、合唱仲間からコロナ陽性が出て、自分も病院へ行ったら陽性だったと言う近しい人からの報告。 2日前に締め切った部屋でエアコンをかけて合唱の練習をしていたそうで、2日目で発症したことになる。 この夏になって、周囲はコロナ感染者であふれている感じである。 ただこの夏の新しいタイプのコロナは、感染率は高いが重症化は無いと言うことなので、そう心配することも無いだろう。 7月31日(水) ☆晴れ。 今日も猛暑日。 宮崎県では美郷町が38,3度の全国2番目の暑さとなり、7月としての観測史上最高気温を記録。 ☆ライブが1か月後になったので、今日はフライヤーを送る作業。 先日準備したエクセルの住所録をワードの差し込み印刷でラベルへの印刷を試みる。 これがなかなか思うようにいかない。 ワードのラベル用紙選択の中に準備したエレコムが出てこない。 それでエレコムのソフトをダウンロードするが、今度はエクセルの住所録を読み込んでくれない。 結局はワードの用紙選択で、エレコムのラベル紙の寸法を打ち込んで印刷する。 だが昔のラベル印刷ソフトでは名前の敬称を選べば自動的に”様”が印刷されたのだが、ワードの差し込み印刷では住所録の名前に”様”を加えなければならない。 何度か印刷してレイアウトを修正したりして、ラベルに印刷できるまでにはかなりの時間を要した。 夕刻までに封に入れて投函。 ☆今日も私たち夫婦の体調には何の変化も無い。 妻が行きつけのパン屋に行くと、コロナによるキャンセルが多くて困っておられたと言うこと。 やはり先日の夏祭りで子供がコロナに感染し、それが親に拡大していると言うこと。 長男のコロナ感染も夏祭りだったのかもしれない。 祭りの間は、長男は殆ど家に居なかった。 帰郷する前に職場で感染していれば、長男と私たち夫婦がもっとも長い時間一緒に居たのは祭り前の夜だけだったので、その時に私たちも感染している はずである。 7月30日(火) ☆晴れ。 この夏で最も暑い一日。 宮崎市では38,2度の観測史上最高気温を記録。 ☆そして、またも今朝からキオビエダシャクが舞い始めた。 こんなに短期間に産卵を繰り返すのだろうか。 ☆午後から妻のボーカルレッスン。 私もハーモニカのジョイントで参加する。 しかしリズム音痴の私は、一向にリズムに乗れず、講師の片貝さんをイライラさせてしまう。 先天性音痴の私は戸惑うばかり。 ☆今日の段階では私も妻も健康状態には異常はない。 ヴォーカル講師の片貝さんには長男のコロナ陽性の事を伝えたが、大丈夫でしょうということで来られた。 一応、エアコンは掛けているが、部屋の換気はしっかり行っている。 ☆宮崎県文化年鑑の私の後継を、宮崎大学の大野さんに快諾していただいた。 立場上、最適だと思う。 7月29日(月) ☆晴れ。 炎熱の一日。 ☆帰京した長男から、コロナ感染のびっくり報告。 昨日、帰宅して38,5℃の高熱となり、今朝に病院で診てもらったら陽性だったと言うこと。 夏祭りでの感染かと思ったが、帰省する日は朝から鼻水が出ていたので職場で感染したのかもしれないという。 慌てて、長男が寝起きしていた和室の消毒や寝具の洗濯、長男が座っていたリビングや車の助手席を消毒する。 私たち夫婦への感染対策で、薬局でコロナ検査の簡易キットを購入し、籠城に備えて食料品を買い込む。 今日の段階では私たち夫婦には感染の気配はないが、長男も職場で感染していたら5日目の発症だから当分は様子を見なければならない。 ☆やはりフェイスブックでの”Hitoshi Tanak”を名乗ったコンタクトは、昨夜のうちに国内外の多くの友人知人に届いたようだ。 多くの方は情況を察知して無視していただいたようだ。 これまでにも私の知人の方たちが何人も乗っ取られているので、皆さんも無視するのが賢明と言う経験を積んでおられるようだ。 ☆夜中に気分が悪くなりトイレに行って寝室に戻ると、なんだか胸糞の悪い気配。 そしてベッドに横になった途端に、やはり来た! 震度4の激しい揺れ。 時刻は午前1時25分。 熟睡していた妻も悲鳴を上げて跳び起きた。 幸いそれ以上の揺れは無かったが、やはり地震の前には地鳴りのようなものを五感が感じるようだ。 7月28日(日) ☆晴れ。 雨の気配も去り、メラメラと炎熱の暑さとなる。 ☆朝のうちに、妻と一緒に長男を宮崎空港へ送る。 心配した混雑は無かった。 ☆一日、デスクワーク。 今年のシルクロード国際美術展の案内が届いていたので、要項を和訳する。 ☆今夜は妻が絵画サークルの懇親会に出ていて、2次会にも行くと言っていたので、夕食後に一人でハーモニカの練習をしていたら、妻が早々に帰って来た。 聞くと、関係者が昨日に発熱してコロナだと判明し、多くのメンバーがその人と濃厚接触していたので早めのお開きになったと言うこと。 高鍋町は11波のコロナが急拡大中である。 昨年も久々の夏祭りの後にコロナ感染が急拡大したので、今年も夏祭りでさらに拡大するのではないだろうか。 ☆今日のNHK”日曜美術館”の香月泰男特集に、私の高校同級生で美術史家の安井雄一郎君が出演。 我が家にはテレビが無いので観れなかったが、高校同級生にはラインで案内を送り、フェイスブックでも案内した。 そうしたら実に反響が大きかった。 内容は先年に安井君が出版して宮日出版文化賞を受賞した「香月泰男 凍土の断層」を主体にした内容だったようだ。 ☆西日本新聞の神屋・宮崎支局長から、西日本新聞に連載中の”伊藤一彦さん聞き書き「青の月光」”についての電話取材。 この連載は現在103回目のロングラン掲載となっている。 近々の連載で、昨年の春に高鍋町内の居酒屋で取材を受けた、上述の安井君と児嶋・石井友愛社理事長、そして私の3人と伊藤先生との関わりの記事が 掲載されるようだ。 私に関しては、私の印度放浪を詠まれた伊藤先生の短歌への返歌として出版した「月の雫」に関する内容になるようで、昨日から電話による補足取材を受けた。 ☆知人から気になるメッセンジャーが届いた。 何やら”Hitoshi Tanaka”なる人物からコンタクトが届いていて、私なのかと言う確認であった。 先日から私のフェイスブックに全く他人から電話番号やEメールアドレスを書き加える不正が起きていたので、気にはなっていた。 ただフェイスブックを確認すると、現在はそのような操作は起きていない。 7月27日(土) ☆夜中から朝まで激しい雨。 日中は快晴。 しかし雨の湿気でとても蒸し暑かった。 ☆火産霊神社夏祭り、2日目。 正午より出立て。 昨日に引続き、ずっとビールを飲み続ける。 流石、連チャンが体に堪えるようになった。 帰宅すると体がきつくて、夕刻まで寝室で休む。 ☆夕刻に子供神輿の接待。 祭り終わりの神社納めの前に、太鼓台と神輿の接待。 ☆長男は8年ぶりに太鼓台の鼓手を務めさせてもらって、大満足の夏祭り帰省となった。 ☆今日で夏の前半は終った。 7月26日(金) ☆晴れ。 夜明け前と夜に驟雨。 ☆早朝6時から火産霊神社夏祭りのハンヤ装飾。 夜明け前の驟雨には心配させられたが、作業を始めるころには無事に青空が広がる。 みんなの表情から、いよいよ祭りが来た!という昂奮が浮き立つ。 ☆10時過ぎに、福岡からKさん来訪。 Kさんは伊藤一彦先生に短歌を師事されていて、私と伊藤先生との本「月の雫」の大ファンだと言うこと。 またご主人が大のサーフィン好きで、Kさんも何度か高鍋町にはサーフィンで来られていると言うこと。 その高鍋町の駅前に大きな”MOON DANCE”が建ったと言うので、是非見たいということで来られた。 最後に高鍋町に来られたのは駅前ロータリーの工事前だったので、駅前に出現した”MOON DANCE”には感動ひとしおであった。 駅前から高鍋町美術館へ移動し、美術館にある私の作品を見てもらった後は、歩いて街中を案内する。 あかりプロジェクトの作品を見てもらったり、今井美樹の生まれ育った場所を教えてあげたり、石井記念友愛社が設立した「友愛の森」と「田中等彫刻公園」の 予定場所を案内したりする。 私の解説、裏話での散策だったので、サーフィンでしか来たことのなかった高鍋町の素晴らしさを満喫していただいた。 お昼に高鍋駅までお送りする。 ☆正午から、火産霊神社夏祭り、公民館単位での”出たて”。 要するに祭りの前のお神酒での会食である。 殆どはこの”出たて”で呑み過ぎてダウンしてしまう輩が多い。 ☆私は昨年から隠居の身になったので、祭りには参加せず、夕刻の太鼓台と神輿への公民館接待にのみ繰り出す。 帰省した長男は思い切り祭りを楽しんでいた。 ☆夜に激しい驟雨で、祭りのハンヤはほとんど濡れ落ちてしまったが、納めの前には雨も上がり、私も納めの前の神輿と太鼓台のせめぎ合いを見に出かける。 激しい攻め合いにもかかわらず、けが人は出なかったようだ。 7月25日(木) ☆晴れ。 午後からは度々の驟雨。 ☆今日は長男が帰省するので、午前中は和室の片づけ。 何かある度に、リビングの私の山積みの書類等を和室に移動させているので、その整理。 春の版画二人展の作品等もそのままであった。 ☆そうしたら、やっぱり出て来た。 妻が先日の夢で、私のマイナンバーが和室から見つかった夢を見たと言っていた。 確かにもう探す場所は和室に持ち運んだ書類等の中にしか無かった。 整骨院から帰って来てポイ置きした上に、次々に色んな書類を重ねてしまったようだ。 これでマイナンバーの停止届を出さずに済んだ。 ☆午後から妻と宮崎空港へ長男を迎えに行く。 妻は昨年までは平日は勤務中で動けなかったので、迎えに行くのは初めてだった。 7月24日(水) ☆晴れ。 天気予報では、今日から台風の影響で曇り一時雨だったが、雨の気配は全く無し。 ☆やはり昨日のあかりオブジェの軽トラへの荷積み作業で、腰を痛めてしまった。 起き抜けはとてもつらかったが、妻からシップを貰って貼ったら楽になった。 ☆明日の夜に、長男が夏祭りに参加するので帰省する。 それで、今日の午前は例年通りに長男のために”冷や汁”を作る。 お昼までには出来たので、まだ冷やす前の”冷や汁”を妻に試食してもらった。 やはり妻は私の”冷や汁”が一番美味しいと言う。 私もそう思う。 宮崎県内のホテルで出す”冷や汁”はとても不味くて、こんなものを県外からのお客さんに出してはイカンと常々思う。 宮崎の”冷や汁”は純粋な家庭料理で、家によって、地域によってまったく味が違う。 しかし妻の出身地の日向市は天領地だったので、宮崎県下ではどの家庭でも作る”冷や汁”と”カツオの漬け茶漬け”を作る風習が無い。 従って、妻が初めて食べた”冷や汁”は私の作る”冷や汁”であった。 ☆午後は、昨日設置したあかりオブジェの水平出しと、台座の固定作業。 まずタイル壁にタイマーを固定する。 それからオブジェの水平を出して、台座下に詰め物をして、目地をセメントで埋めて行く。 作業をしていると、近所のお店の方たちから声がかかる。 皆さんが設置を喜んでいただいていて、嬉しかった。 ☆夜は中町公民館の、夏祭りのハンヤ切り作業。 以前は公民館全員総出での楽しいひと時であったが、年々世帯が少なくなり、侘しい風景となって来た。 私はもう上から2番目の年齢の後期高齢者となり、ご隠居さんの身分になり果てた。 しかしこうした地区の人々との交わりは楽しいものだ。 7月23日(火) ☆晴れ。 ☆今朝はもうツクツクボウシが鳴き始めた。 近年はやはり気候変動のせいか、蝉の様子がおかしい。 以前は夏が近づいて来るとまずニイニイゼミが鳴き始めた。 7月に這入り、夏休み前になると一斉にクマゼミの大合唱が夜明けから始まった。 8月に入ってお盆が過ぎると蜩の大合唱に変り、秋の気配が感じられた。 そして8月末からはツクツクボウシが鳴き始めて、夏の終わりと秋の始まりで私たちを感傷的にさせた。 蝉の鳴き順ではっきりと季節の変化が感じられた。 しかし今はニイニイゼミは鳴かなくなったし、7月の半ばから蜩とツクツクボウシが鳴き始める。 ☆一日、妻の詩画集のデータ作成。 一応午後までには作業は終った。 これからは妻の方でページ順のチェックやレイアウトのチェック、そして作品タイトルを決めて貰う。 プリントアウトしたものを捲ると、なかなか良い。 ☆午後半ばから、設置店舗が閉店になり我が家で預かっていた林勝煌氏制作のあかりオブジェを軽トラックに積み込む。 次の引き取り先の店舗がようやく受け入れ態勢が整ったので、移設することになった。 しかし手作業での軽トラへの積み込みはなかなか大変な作業で、腰を痛めてしまった。 ☆あかりオブジェの積み込みを終えて、夕刻まで庭の除草作業。 今日は風もあって、とても涼しかった。 ☆夕刻からあかりオブジェの設置作業。 設置店舗の方も手伝って貰ったので、設置はとてもスムーズに行く。 私がタイマーへの接続作業をしていたら、”ご主人は何をされているんですか?”とびっくりされた。 彫刻家と電気工事作業との組み合わせが余りにもミスマッチだったのだろう。 ”彫刻家は何でもこなさなくてはならない職業なんですよ”。 今週末は高鍋町最大の火産霊神社夏祭りで、店舗前の通りは身動きできない人の波で埋まってしまう。 なんとか祭り前に設置できて良かった。 7月22日(月) ☆晴れ。 今日も猛暑日。 ☆朝のうちに、今年の版画二人展作品集のデータ整理。 途中までだった画像の埋め込み作業を終えて、ネットでデーターを送り、発注を済ませる。 ☆午後から、妻のヴォーカルレッスン。 ライブがもう1か月後になったので、今日から私もハーモニカで参加する。 先日から使い慣れているハーモニカ・SUPER64の高音が出なくなり、いくら掃除しても直らないので、毎晩の練習にはもう1本の"TOOTS"メロウトーンを使っている。 しかしメロウトーンは音が硬質でレバーも固くてやりにくい。 それでレッスンの始まる前にSUPER64を思い切って解体してみた。 ホーナーのハーモニカはリードが基盤に取り付けてあり、基盤ごとネジを外して取り外せるようになっている。 これまで怖くて基盤を外したことが無かったのだが、やってみると簡単に外れてリードの状態がはっきりわかる。 やはり音の出なくなった部分はリードにゴミが挟まっていた。 これで問題は解決して、SUPER64はもとの状態に戻り、レッスンはうまく行った。 講師の片貝さんの話では、ハーモニカはこのように基盤を外して、定期的に洗わなければいけないとのこと。 ☆夕刻からは、妻の詩画集のデータ編集作業。 これまでの版画二人展の会場で、妻が来場者に語る作品解説が面白くて、へーっと関心することが多い。 その解説を散文にして、詩画集にしたら面白いのではないかと提案した。 それで昨年からは、展示会場で幾つかの作品に散文を添えて展示している。 私としては手のひらサイズのA6の方形サイズで作ってみたいのだが、ネットでいくら探しても安い印刷業者にはそのサイズのテンプレートがない。 きちんとした本にすると手が出ない。 とりあえずA6のままで編集してみる。 7月21日(日) ☆晴れ。 朝のうちに雷雨。 ☆妻の通っているフィットネスジムから、夏休みの子どもたちへの企画で、コンテナの壁に描いた樹幹に子どもたちのハンドスタンプによる葉っぱを描かせたい という要望があり、妻に樹幹を描いてくれるように依頼があった。 それで日中の暑さを避けて、午前7時から作業にかかり、私もアシスタントとして手伝う。 下書きを始めたあたりから雷鳴が響き始め、厭な予感がしていたが、おおむねの塗りが終ったところで激しい雷雨となった。 速乾性のアクリルグァッシュだったが、見る間に絵の具は流れてしまった。 雷雨は30分ほどで去り、雑巾で拭くと流れた絵の具は簡単に取れたので、ダメージは恢復して2時間ほどで無事に作業は終った。 ☆雷雨が去った後は強烈な陽射しとなり、体中から汗があふれて来た。 帰宅すると直ぐに水風呂を浴びた。 妻は軽い熱中症状態になり、午前は横になって過ごした。 妻が”あなたは夏に強いね”と言うが、私は夏は大の苦手で以前のこの時季は夏バテで殆ど身動きできない死に体だった。 しかし数年前から、夏バテしない自分に気が付いた。 先年の”MOON DANCE”制作中も、炎熱のテントの中での制作だったが、体調は快調で夏バテはしなかった。 若いころは自己管理が出来ていなかったのだろう。 健康状態は、老人となった今の方が断然良い。 ☆午後からは、今年の版画二人展作品集のデータ整理。 今回も妻の指摘でレイアウトを大幅にやり替えて、夕刻までに文字のアウトライン化と画像埋め込み作業を進める。 7月20日(土) ☆晴れ。 今日も炎熱の一日。 宮崎県内では美郷町が7月の気温としては観測史上最高の37,8度を記録。 県内では今日から小中学校が夏休みとなり、クマゼミの大合唱と夏雲と共に真夏の季節となった。 ☆今日も今年の版画二人展作品集のデータ編集作業。 今日はレイアウト作業。 プリントアウトしながら確認してゆく。 ようやく3分の2まで進む。 ☆プリンターのインクが切れたのでヤマダデンキへ行くと、スマホのデジタル会員証が開かない。 以前にWi-Fi接続状態だと繋がらないと言われたことがあったのでWi-Fi接続を切ると、開いた。 帰宅すると、フェイスブックを開くためには再びWi-Fiに接続しなければならない。 みんな、こんな面倒くさいことをいちいちやっているのだろうか。 ☆昨日の世界的なシステム障害で、丁度フランスに向かっていたミュージシャンの照沼さんは、途中の乗り継ぎ空港で6時間も待たされ、フランスでの入国審査も ままならなかったようだ。 彼は世界中がとんでもないシステム障害に陥っていることを知らなかった。 今のネット社会、こんな事が起きるのは目に見えている。 私たちはとんでもない世の中に組み込まされている。 本当にこんなネット社会は、生きているうちには来て欲しくなかった。 7月19日(金) ☆晴れ。 強烈に焼け付く暑さ。 体感的には38度を越したのではないかと思うくらい。 実際は日向市が37、9度で全国最高気温。 高鍋町は35、5度。 ☆午前のうちに宮崎県文化年鑑の原稿を再校正して、事務局へ送付。 そして、執筆担当を今回限りで辞退させていただきたい旨を申し出て、快く受け入れていただいた。 1つ1つ、しがらみから抜けていこう。 ☆そして、昨日に引続き今年の版画二人展作品集のデータ編集作業。 今日は作品データを打ち込んでゆく。 ☆午後に妻とドコモショップへ。 スマホを買い換えてから、以前にも増して直ぐにデータ量が契約量に達して通信速度が落ちてしまう。 今月はすでに10日で契約量に達して速度が落ち、動画は全く見れなくなったし、昨日からはフェイスブックの画像が殆ど表示されなくなってきた。 契約内容がおかしいのではないかと確認に行ったのだが、担当者の説明では契約容量とスマホ自体の通信は別物で、私の場合はフェイスブックを 開くことによってスマホのデータ使用量が上がっていると言うこと。 老化した頭ではよく理解できなかったが、要するにフェイスブックの閲覧にはWi-Fiを使えばデータ使用料はかからないと言うこと。 つまり自宅のWi-Fiに接続してネット接続をすれば、容量の消費はないと言うこと。 そんなこと、初めて聞いた。 担当者の話では、自宅にWi-Fiのモデムを設置するときに必ずその説明をすることになっていると言うが、インターネットをドコモに切り替えた時にそういう説明は 一切なかった。 説明が無かったどころか、設定は全部自分でやらなければならなかった。 帰宅して自宅のWi-Fiに接続したら、確かにフェイスブックやラインの画像・動画の閲覧が正常に戻った。 若い人たちにとっては、こういう操作は常識なのだろうな。 7月18日(木) ☆午前は雨。 午後からは晴れ間が戻る。 ☆一日、昨年の版画二人展作品集のイラストレーター入稿データーの最終整理。 文字のアウトライン化と画像の埋め込み作業を完了して、午後にネット業者にデータを送付。 データは無事に受理されて、発注作業は終了した。 ☆引続き、今年の版画二人展の作品集の編集にかかる。 とりあえず、全ての作品画像をイラストレーターに貼り付ける。 昨年の作品集の入稿データ作業で、画像の埋め込み作業の手順が分からなくなってしまっていて、ネットで調べるのにかなり時間を取られてしまった。 それで作業に慣れた今のうちに、今年の作品集も入稿データ作成まで一気に進めたい。 ☆夕刻に、明日が締め切りの宮崎県文化年鑑の校正作業。 私は何時から文化年鑑の原稿を担当しているのだろうと本棚を見たら、1991年からのようだ。 つまり33年間、記事を書いてきた。 1991年の記事を読み直してみたら、なかなかきっちりした文章を書いている。 当時は空港展が始まったばかりで、同時に日向現代彫刻展も始まり、九州内の他県との交流展も活発で、宮崎の彫刻界が非常に盛り上がって来た時期である。 今は県内公募展も統合されてしまい、見るべき活動は空港展しかないので、記事にする内容も非常に乏しくなってきてしまっている。 先日に既述したように、私の記事執筆は今回限りにしたいと思っている。 ☆スーパーに行くと、殆どの方がマスクをしている。 ここにきてコロナ感染が急激に広まって来た。 高鍋管内の児湯区域でも急激な拡大を見せてきている。 夏祭りも始まったので、これからさらに一気に感染が拡大してゆくだろう。 昨年春にコロナ感染した私は、今は後遺症は全く無いが、私と同じ時期にコロナ感染した方たちが今なお後遺症に苦しんでおられるようだ。 7月17日(水) ☆晴れ。 今朝はクマゼミの初鳴き。 そして南九州の梅雨が明けた。 ☆今日も一日、昨年の版画二人展作品集のデータ編集。 何度も妻からのレイアウト修正指示があり、ようやく夕刻までにほぼ完了。 ☆夕刻は涼しくなってきたので、また伸びて来た庭の草を刈る。 7月16日(火) ☆ようやくの晴れの戻り。 夕刻ににわか雨。 ☆一日、昨年の版画二人展作品集のデータ編集。 夕刻までに入稿直前まで整ったので、アウトライン化をする前に妻にチェックしてもらった。 しかし妻からレイアウト的に大幅な修正指示が出た。 急いで印刷する物でもないので、また明日にレイアウトをし直そう。 ☆私の昨日の”終活”宣言に対して、どうやら”終活”に大きなマイナスイメージを持っておられる方が多いのに驚かされる。 私がこの世に見切りをつけ、明日にでも棺桶に入ってしまうような受け取り方をされて、もっと新しい展開の作品を制作して欲しいと懇願される方までおられる。 私の本意は真逆で、これからは余分なしがらみからは離れて、もっと自分を大切に前向きに生きて行きたいということである。 彫刻制作を止めるとか、人生に終止符を打つなどとは一言も述べていない。 ”やっと、人生のスターラインに立てますね! 人生今からですよ。今までと違ってじっくり、人生を楽しんでください!”という熱いエールを送っていただいた 先輩の気持ちそのままである。 7月15日(祝・月) ☆夜中から夜明け前までは遠雷と強い雨。 日中は雨混じりの不安定な天気。 気温は上がらず。 ☆昨年の版画二人展の作品集のデータを整理する。 イラストレーターにおおよその打ち込みは済ませていたのだが、画像と文字の配置の修正まで手が回って居なかった。 この作品集は単なる記録集として作成したものだが、なかなかに好評で、作品集を見た方が過去の作品を買っていただくこともあった。 夕刻までに編集が終わり、プリントアウトしてみたが、まだレイアウトのバランスに手直しが必要である。 昨年の作品集を発注したら、今のうちに今年の春の版画二人展の作品集のデータ作成に取り掛かろうと思う。 ☆今日は私の75歳の誕生日。 これまでに何度も書いているが、今日から後期高齢者となり、日本の社会制度の中では完全な老人に分別される。 私個人はまだまだ精神状態も体力的にも充実していて、”老人”とはほど遠い。 しかし私の同窓生たちが次々に病に倒れていくのは避けられない現実である。 それで先日から記述しているように、私が倒れてしまった場合のことを今のうちに考えて、対応をしておかなければならない”終活”に入らざるを得ない。 先ずは空港展の運営を、来年からは後続の若手作家たちが全ての運営を担って行けるように申し渡しをした。 また私が担当している宮崎県の文化年鑑の原稿執筆も、今年でリタイアするつもりである。 ☆私はこれまでの人生も好きなことばかりやってきたが、これから先の”余生”はこれまで以上に自分自身の生き方の充実に力点を置きたい。 いつ死んでも、誰の迷惑にもならない状態にしておきたい。 ☆先日から、フェイスブックに気になる記事があった。 フランス(ルーマニア出身)のNicolaeの写真がアップされていて、気になっていたが、やはりNicolaeが亡くなって作家たちが彼を偲んでいる記事だった。 17日が葬儀だと言う。 Nicolaeとはエジプトのシンポジウムで一緒だった。 彼は私よりも1歳年長で、最近は私がシンポジウム参加作家の最年長であることが多いが、この時は彼が最年長だった。 また私の誕生日お祝いのメッセージを送ってくれた某作家が、先年に恢復したガンが再発したようで、9月からまた治療に専念すると言う哀しい 近況が添えられてあった。 この年齢になると、精神的にも体力的にも充実していても、病魔がいつ襲ってくるか分からない。 いよいよ、今日からは”終活”が大切な方向となって来た。 ☆誕生祝は、我が家でテイクアウトのお寿司で、妻とささやかに乾杯する。 妻からは”また一緒に旅行できるように”との言葉。 7月14日(日) ☆おおむね曇り。 時々の雨。 ☆午前に我が家の樹枝で、ようやくか弱い油蝉の初鳴き。 ☆午前はハウスパーティーの片づけ。 一段落して、何だか疲れが出て来たのと集中力の途切れで、一日ぼんやり過ぎる。 ☆夜は妻が木城町のピムリコのジャムセッションに出かけたので、独りでぼんやり夕食を摂る。 ☆74歳最後の日はかくして何事も無く過ぎる。 7月13日(土) ☆一日、雨。 夕刻からは雨脚も止まり、小康状態。 ☆午前は夜のハウスパーティーの準備でリビングを片づけたり、食材の買い出し。 ☆午後もハウスパーティーの準備と料理の仕込み。 ☆午後7時から、この春のヨーロッパ周遊旅行報告のハウスパーティー。 参加者は、まずヨーロッパへ発つ直前までモニュメントの制作を手伝ってくれた彫刻グループの山田。 彼の手伝いが無かったら旅立てなかったので、お礼を込めての宴が今回のハウスパーティーの第一の目的であった。 そして何時もライブのジョイントメンバーとして私たちをサポートしてもらっている、ミュージシャンの照沼氏。 彼は近日中にヨーロッパ滞在へ旅立つので、旅の情報交換のために来ていただいた。 さらに妻の元同僚で、我が家のハウスパーティーには何度も来ていただき、なおかつ旅好きの女性お2人。 この4人を交えての宴は初めてであるが、山田も妻の元同僚の方たちも私たちのライブには来ていただいているので、照沼氏のことはよくご存じである。。 ハウスパーティー自体も、コロナ禍以降、5年ぶりなのだろうか。 料理は全て私の手料理である。 ☆先ずは私の料理2品で乾杯。 しばらく歓談した後、何時ものように妻と私のミニライブ。 そして照沼氏のフルート演奏による素晴らしいミニライブ。 ☆その後に、プロジェクター画像での旅行報告。 プロジェクターの使い方は妻に指示してあったので、進行は妻に任せる。 妻は何度もスライドショーを繰り返し流しながら色んなエピソードを語っていた。 ☆私はスライドショーの間に、ピザとイカ墨パエリャの仕込みと料理。 スライドショーが終るのを待ってピザを焼き、最後にイカ墨パエリャを提供する。 イカ墨パエリャは今日で3度目の挑戦なので、今日はとても美味しくできた。 ☆今日は料理も美味しくできたし、ミニライブも旅のスライドショーも上出来だった。 とても楽しい宴で、気が付いたらもう午前様であった。 7月12日(金) ☆夜中から夜明け前まで激しい雷雨。 日中は薄日の射す小康状態。 午後半ばからは再び雨となる。 ☆午前にヨーロッパ周遊旅行写真のプロジェクター画像の最終編集。 一度スライドショーで流してみたら、24分かかった。 以前はスライドショーの画像転換の長さや展開のパターンが簡単に設定できたのだが、何故か最近はこうしたことがほぼ出来なくなっている。 パワーポイントでは転換時間の設定等が出来るらしいが、パワーポイントはここ数年使っていないのでどうやっていいか皆目分からず。 ☆ヨーロッパ周遊の旅程地図を拡大コピーしてパネル貼りした。 それに妻が旅程をマジックで繋いでいった。 妻は旅行計画を建てる段階で何度も地図を見ながら、移動時間を算出してプランを構築していたので、すらすらと旅程のラインを描くことができた。 私は妻の工程表に従って電車とホテルの予約をしただけなので、一体どこをどうやって訪れたのか全く理解できていない。 妻の描くラインの入った地図を見て、初めて大変な距離を旅行したものだと実感出来た。 ☆明日から高鍋町美術館で待望の”草間彌生展”が始まる。 今日は午後から開会式と内覧会が開催された。 内覧会は、今回の草間彌生展の実現のためにあらゆる可能性を探りながら開催に至った青井学芸員の解説で行われた。 今回の草間彌生作品は、草間彌生の極初期の時代から交流がある秋田県の医師・森父子の作品コレクションで、その森氏が「芸術と医療福祉」のために 設立したフォーエバー現代美術館のコレクションの協力によって実現できた。 フォーエバー現代美術館は草間彌生の制作発表した全作版画作品の95%をコレクションしている。 従って今回の草間彌生展は、草間彌生の極めて初期の作品から現代にいたるまでの作品30点で構成展示してあり、草間彌生の魂の展開を見渡せる。 青井学芸員は、そうした経緯を明晰な言葉で解説してくれた。 また作品理解の一助になるような草間彌生の発した文章をコレクトして、美術館回廊にパネル張りしてくれている。 草間彌生展を開催できたのは、九州では高鍋町美術館が初めてだと言う。 青井学芸員の渾身の企画である。 会期は明日7月13日から9月23日までのロングランである。 この夏休みの期間中に九州内外のみならず、台湾・韓国からの鑑賞者も見込まれる。 ☆ただ草間彌生の著作権保護が極めて厳しく、作品、特に平面作品の写真撮影はマスコミにも一切禁じられている。 昨今のカメラと印刷技術の著しい機能発展で、今の時代はカメラで撮った写真が作品のタッチまで正確に写し取って、いとも簡単に作品の複製=偽物作品が 世に出回ってしまうのだそうだ。 したがってマスコミも私たちも、文章のみで草間彌生展を宣伝しなければならない。 ☆草間彌生展は多くの高鍋町来訪者が見込まれるので、高鍋町の商店街で企画を考えようと盛り上がっていたが、今のところ何の動きも無い。 おそらくこの著作権の問題で何も出来なかったのだろう。 ☆兎に角、九州の片田舎の小さな美術館で開催する大迫力の草間彌生展である。 多くの方たちの来訪を期待したい。 ☆空港展出品のオマーンの作品が無事に作家の元に届いた。 空港展は、全ての作品が無事に返却完了するまで終らない。 海外作品が破損するとその補償問題で、場合によっては何年もその遣り取りが続くことがある。 7月11日(木) ☆雨。 ☆今日もいちにち、ヨーロッパ周遊旅行写真のプロジェクター用画像編集。 結局、訪れた処はすべて収録した。 美味しかった料理については最後にまとめて紹介する予定だったが、結局はそれも含めてのトータルな流れにした。 各画像について各々を解説していたのでは数時間に及ぶので、スライドショーで流すことにした。 その中で気になった処について、歓談しながらまた見直せば好い。 ☆午後は妻のヴォーカルレッスン。 私も明後日のハウスパーティーで演奏する曲と、8月末のライブのために練習を始めた新曲をハーモニカでジョイントする。 妻は最近の練習の中では今日が一番出来が良かったと言ってくれたが、”MOON DANCE”は何度練習してもとても難しい曲だ。 7月10日(水) ☆朝のうちは雲の多い晴れ。 しかし洗濯物を干してしばらくしてからにわか雨。 雨は午後初めまで続く。 おかげで気温は幾分和らいだ。 明日からはずっと雨の予報である。 ☆妻も今年の夏は蝉が鳴かないこと、我が家に鳩が立ち寄らなくなったことを不思議に思っているようだ。 今年の梅雨時の宮崎の大きな話題は、突然大量に現れたマキ科の害虫であるキオビエダシャクであった。 どうやら温暖化で南方のシャクトリムシが侵入してきたようだ。 最近はようやく落ち着いてきたが、このシャクトリムシは年に3,4回は産卵するらしい。 人体には影響のある毒はないという情報だが、義姉は肌がかぶれたと言っていた。 ☆今日もいちにち、旅行写真のプロジェクター使用の画像編集。 妻に追加して欲しい地点を加えてもらって、画像を追加してゆく。 夜に、新しく買った安物のプロジェクターでリビングの漆喰壁に投影してみたら、映像的には充分だった。 ただ画像的には私の好みが偏っていたり、妻の選んでほしかった画像が抜けて居たりで、明日にもう一度編集したい。 7月9日(火) ☆晴れ。 今日も猛暑日。 日向市では全国最高気温の38,5度を記録。 ☆今週の土曜日に、ヨーロッパ周遊旅行報告のホームパーティーをする。 その時に必然的に画像をプロジェクターで流しながら、旅話をすることになる。 今日は、一日中、その下準備。 回った全ての地点を説明して画像を流していたのでは何時間あっても終らない。 それで妻に特に印象的だった10地点を選んでもらう。 その傍らで、私は私と妻のスマホで撮った画像をすべてパソコンにコピーして、写真を選んでいく。 これがなかなかに根気の要る作業で、昼前には肩と首が凝ってしまって、とうとう床に伸びてしまい、そのまま寝入ってしまった。 選んだ画像を夕刻に一通り流してみたら、あっという間に終ってしまった。 明日はもっと画像を増やして編集し直そう。 ☆ヤフーニュースでスペイン・バルセロナの厭なニュース映像が流れて来た。 今、ヨーロッパではコロナ明けで観光客が殺到し過ぎて、地元の住民との軋轢が生じている。 すでにイタリアではベニスなどが一日の観光客の受入数を制限しているが、バルセロナもこの春から実施すると言うニュースを旅行中にも耳にしていた。 そしてとうとう、観光客の異常流入に怒った人々が、レストランで食事中の観光客めがけて”観光客は出て行け!”と水鉄砲で追い出し始めた。 実際、私たちが滞在していた時も観光客が多すぎて、殆どの美術館は入れなかった。 地元の人たちが怒っているのは、観光客用の短期滞在施設の賃貸が増えて、市民の住宅が不足してきた上に、市民の家賃も高騰しまっているのだと言う。 それで市長が、あと5年以内に観光客用の短期滞在施設の賃貸を廃止すると宣言した。 私たちがヨーロッパで滞在したのは、ほぼこうした短期滞在賃貸のアパートだった。 地域によっては、民家のほとんどの玄関に例の暗証番号キーパッドが取り付けられていて、全てがアパートだと分かる。 バルセロナは私たちの最も大好きだった街で、次は1週間以上は滞在したいと思っている街である。 それが不可能となってしまうのだ。 7月8日(月) ☆晴れ。 今日も炎熱の猛暑日。 高鍋町は今年最高気温の36,8度。 しかし、以前に最初のあかりプロジェクトを開催した時は38度を記録したし、昨年のカンボジア・アンコールワットも38度の中での観光だった。 むしろ雲の陰影がくっきりとして、暑さの中に爽やかさを感じる真夏である。 ☆午前に、旅行から帰って来て以来、書類が山積みだったリビングのデスクの上を片づける。 そして、行方不明になっているマイナンバーを探す。 しかし、いくら心当たりの場所を徹底して捜しても見つからない。 ネットで調べると、マイナンバーを外で失くしたら直ぐに警察へ届け、直ちにカードの一時停止をするようにとある。 そういえばマイナンバーとはそういうものだった。 だから国民の多くがマイナンバー使用を躊躇しているのだ。 ただ、私の場合は自宅で行方不明になったと思う。 いつも通っていた整骨院の受診票と一緒に巾着袋に入れていた。 その巾着袋が見つからないのである。 病院は、まだマイナンバーに対応していないところが多かったので、病院では一度もマイナンバーは使っていない。 ☆午後に高鍋警察署で運転免許証の更新手続き。 手続きはあっという間に終るが、新しい免許証の交付は一か月後である。 その2度手間を考えると、やはり宮崎の免許センターへ出かけて更新した方が楽な気がする。 ☆警察署を出て、高鍋町役場へ。 マイナンバー行方不明の件を相談する。 外で失くしたのなら、すぐに警察へ届けなければならないが、自宅で失くしたのであればとりあえずマイナンバー総合センターに電話して一時停止の 手続きを行ってくださいと言うこと。 新しいカードの申請も出来るが、発行までに一カ月かかるし、もし家の中で見つかれば役場で一時停止の解除が出来るので、もう一度捜してみてください と言うこと。 妻はマイナンバーを入れた巾着袋をリビングのあちこちで見たと言うので、我が家の何処かにポイ置きしたままなのだとは思うが。 ☆空港展の搬入の時に徳島の居上氏からいただいた”すだち”を、今夜の夕食で使ってみる。 確か妻と徳島の阿波踊りを見に行った時の居酒屋で”すだち”の美味しさを知った。 香川・高松のシンポジウムに参加した時に居上氏が訪ねてくれた折り、その話をしたことがあるので、居上氏は私が”すだち”大好きであることを知っている。 今夜は手羽の山椒焼きの塩味が強かったので、”すだち”をたっぷり過剰なほど絞って掛けたら、なんという美味しさに激変。 塩味がまろやかな甘み・旨味に変じて、美味しいこと! 7月7日(日) ☆晴れ。 今日も炎熱の猛暑日。 ☆今日も一日、版画二人展来訪者とライブ来訪者のエクセル・アドレス帳打ち込み。 ☆妻はお昼から高校同級の仲よしグループと会食に出かけたが、街中は暑くて全くの無人状態だったという。 7月6日(土) ☆晴れ。 今日も猛暑日の暑さ。 高鍋町は36,4度。 そういえば今年はまだ蝉の鳴き声を聞いていない。 ☆一日、版画二人展来訪者のエクセル住所録打ち込み作業。 中々に根の要る作業で、ようやく昨年までの3年分の打ち込みが終った。 ☆今日は商店街の夕焼け市。 高鍋町では7月毎週末は町内各神社の夏祭りで、子どもたちにとっては最も楽しい月である。 私は帰国してから無収入なので屋台を廻るポケットマネーも無く、周囲の祭りの喧騒を聞いて過ごすのみ。 7月5日(金) ☆晴れ。 今日も宮崎県内は各地で猛暑日。 高鍋町も今年最高気温を記録。 ☆先だってのヨーロッパ周遊経費のカード引き落としの最終額が出てきたので、総経費を算出してみた。 そうしたらあれほどの円安、ユーロ物価高だったにも関わらず、全体経費は予算組していた経費を少しオーバーした程度で済んでいる。 宮崎を出る前は、ヨーロッパ滞在2カ月なら200万円の経費は下らないのではと周囲に言われていてぞっとなったが、そうはならずホッとする。 ☆昼前から、版画二人展来訪者のアドレスをエクセルに打ち込む。 以前は住所録と連動してラベル印刷ができるソフトでラベル印刷をしていたが、そのソフト会社が更新版を発売しなくなったのでWindowsが変ると使えなくなり、 今ではDMの宛名はすべて手書きである。 これがなかなかの労力だし、毎回、展覧会の記帳の読めない漢字に苦労する。 先日調べてみたら、今ではエクセルとワードが連動して簡単にラベル印刷できることがわかった。 高齢化してくると、こういうことがさっぱりわからない。 それで時間のある今のうちに、版画展とライブの来訪者の住所録をエクセルに打ち込んでおこうと思う。 7月4日(木) ☆晴れ。 今日も気温が上昇し、3日連続の猛暑日となった。 とにかく暑い。 宮崎市で36,6度を記録。 ☆午前に妻と宮崎市へ。 まず妻が水墨画の表装をお願いしていた書道専門店へ。 表装した水墨画を持参した額に納めて貰う。 その作業の間に店舗内の習字紙を見ていたら、実に多くの種類があり、版画に使えそうなものも散見されて興味深かった。 ☆次に宮交シティーへ。 来週末にハウスパーティーをするので、スペインで美味しかったイカ墨のパエリャをメニューで出したくて、調味料を物色。 しかしパスタ用のイカスミしか見つからず。 ☆お昼前に宮崎空港へ。 実は空港展に出品してくれていたトルコのザナンの作品が、福岡の郵便局から返って来た。 トルコは木枠の輸入が禁止されていると言うことである。 韓国も燻蒸証明付きの木材梱包でないと、作品を韓国に輸入できない。 それで、段ボールに入れ替えて梱包し直す。 作品は午後に宮崎郵便局が無事に受理していただいた。 ☆午後は平和台の”ひむかの宝箱”へ。 妻が時季の好い時に版画展を開催したいのだが、どこのギャラリーも常連の開催者が同じ時期を毎年先抑えてしまっているので、これまでのように真夏や12月の師走時、 そして3月末の年度末の時期にしか空きがない。 それで好い時期に開催できそうな場所を捜していた。 ”ひむかの宝箱”は自然食品関係の雑貨店で、ギャラリー設備は専門のギャラリーとしての環境には無いが、色んな人が多く来ていただける空間である。 それで妻も気に入って、ちょうど好い10月末から11月初めの時期が開いていたので、予定に入れて貰った。 ☆帰路にパエリャの材料を買いにイオンに立ち寄ったら、リニュアル工事で今日までお休みだった。 結局、高鍋の生協で材料を調達して、夕食は初めてのイカ墨パエリャに挑戦。 イカ墨ソースの量の加減が解らなかったのでかなり濃い味になってしまったが、お焦げも美味しかった。 7月3日(水) ☆今日も炎熱の猛暑日。 妻が午後に買い物に出たら、街には誰も歩いていなかったそうだ。 したがって、お店にも誰も来ないと言うこと。 宮崎も夏時間、シエスタ(昼寝)を取り入れるべきだろう。 ☆今朝もまた私のフェイスブックのアカウントに、メールアドレスを書き加えた輩が居る。 先日と全く同じ名古屋の人物。 今回は直ぐに削除措置を取るが、それでアカウントが一時的にブロックされてしまって、しばらくはフェイスブックが開けなかった。 一体何がしたいのだろう。 ネットで調べると、やはり乗っ取り行為のようだ。 ☆午前に、昨日のライブフライヤーの修正作業。 ☆そして一日中、我が家の新築家祝いに建築家のD君からいただいたイサム・ノグチの和紙灯の修復作業。 もう和紙の経年劣化と共に、酔っぱらって何度か倒したことがあるので灯がボロボロの状態になってしまっている。 来週の終末に、久しぶりにヨーロッパ旅行報告のホームパーティーを開くので、それまでに修復して欲しいという妻の命令。 しかし骨組みのひごや紐がばらばらになっているうえに、和紙自体が劣化しているのでいくら新しい和紙を貼っても、直ぐに元々の和紙がボロボロに崩れてしまう。 私はもう補修は不可能と匙を投げたが、妻はそれならあなたのオブジェを作りなさいと指示。 しかし骨組み自体が解体しているので、それも絶対に無理・・・。 クタクタに疲れただけだった。 7月2日(火) ☆晴れ。 気温は急上昇。 宮崎市赤江では全国トップの36,1度を記録。 宮崎県内はどこも今年初めての猛暑日。 高鍋町はネット表示では35度、体感気温40度だった。 ☆昨日の枝落としで、今朝から体中のあちらこちらが赤く腫れて、痒くてたまらない。 毛虫がいないことを確認して作業したのだが、何処かに毛虫の毛が残っていたり、樹液でかぶれたのかもしれない。 ☆午前に、今日から新しく就任された島埜内・高鍋町美術館長が挨拶に来られる。 ☆一日、8月31日に開催が決まったライブのフライヤーを作成。 最初、フォトショップで作業していたら全く作業できない。 毎年フライヤーを作っていたのにと茫然となる。 妻もいよいよ私がぼけて来たのかと真顔で心配する。 そのうち、イラストレーターで作成していたことを想い出す。 しかしやはり何時ものように順調に進まない。 確実に老化が進んでいるようだ。 或る程度のレイアウトが出来たところで、今日の作業は終了。 ☆夕暮れ落ちて、風が涼しくなってきたので、庭の草刈り作業。 帰宅してきた妻が、あまり無理しないようにと声を掛けてくれた。 今日の猛暑で、宮崎県内各地で熱中症で倒れた人が続出していると言う。 7月1日(月) ☆夜中から雨。 朝に一時的に青空が拡がったが、直に雨となる。 午後からは雨はあがるが、とても蒸し暑く成る。 夕刻に驟雨。 そして幹の太い虹が立つ。 ☆午前はデスクワークと片づけ物。 ☆午後からは庭の枝落としと側溝の除草作業。 落した枝はアンジェラスの森へ運ぶ。 ☆夜に地区公民館の夏祭り予算審議。 あっという間に7月になり、夏祭りの季節となった。 ☆今朝は昨日の空港展の件でどっと疲れが出て、なかなか起きれなかった。 日中もあれこれと対応を考え続けるが、私は本来は能天気である。 次第に楽天的になって、成るようにしか成らないのではないかと思うようになった。 先日までのヨーロッパ旅行では毎日がトラブル続きであったが、私の74年の人生経験値から、必ず解決の糸口はあると信じて来た。 そして実際に、毎日が奇蹟的な出会い等によって野宿はせずに済んだ。 だから空港展の問題も本気で考えて行けば(これまでは誰も本気で解決策を考えようとせず、安易に私と奥村が受付を引き受けて来たのだ)、 空港展の継続開催が必要なものなら、かならず解決策が見つかる。 継続開催が不要なものなら、空港展は終了する。 それだけのことだ。 出来ないことは考えない。 出来ることだけを考えて行く。 |
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